16. 武力蜂起
そういえば、サリーン男爵の出張は長引いている。彼の任務も遺跡調査だったのか。言ってくれれば、私も行きたかったのに。
私は、エーヴェルトの墓所とクノプ集落近くの洞窟の調査結果を、所内で発表して、各研究班に情報の引継ぎを行った。ロビンの言う通り、私の報告に魔道具班は歓喜の雄叫びをあげた。
「記憶記録装置が、現存するなんて。しかも、もし本当にイリスの記憶なら、歴史的にも大発見ですよ。」
それはそうかもしれない。この国の国母たるイリスの妃の話が、後世にほとんど伝わっていないのだから。
これらの発見を機に、すっかり所内でも顔を覚えてもらって、色々な仕事を頼まれるようになった。中には私の魔力回路を調べたいなんて依頼もあった。
仕事に打ち込んでいると、たまにふらっと王都にやってくる義父から「若い間なんてあっという間なのに、あなたも養子をとる気?」と揶揄われた。それでも「あんたがそれがいいなら、全然いいんだけどね。」と言ってくれる義父は、やっぱり優しい。
リアスも徐々に様子が落ち着いて、おかしなことを言うこともなくなった。私は、リアスの"子守り"と研究を両立しながら、所内で楽しく、そして充実した時間を過ごしていた。
ある日、届いた書簡を見ながら、リアスは眉間にしわを寄せた。
「――またニオ共和国が休戦を破って侵攻してきた。場所はボルタだ。」
「え、戦争ですか?」
「しかもフィーラ帝国も皇帝の意向を無視して、ボルタの騎士隊がニオ共和国側についたって話だ。お前の元婚約者が指揮している。これはある種、反乱だな。」
「え、マティアス殿下が!?」
あまりに信じがたくて、手に持っていたカップを危うく落としそうになった。三つ巴の国境線でフィーラがニオ側についたら、軍事力に劣るトヴォーは圧倒的に不利だ。フィーラ帝国とトヴォー王国は古くからの友好的な関係を続けてきた。新興のニオ共和国につくなんて。
「今後マティアス殿下の動きをフィーラ帝国がどう処理するか明らかにしていない。反乱軍として粛清するか、それとも勝ち馬に乗ろうと、そのままニオ共和国につくか。」
「そ、そんな……。」
祖国とトヴォー王国が戦争なんて。考えたこともなかった。しばらくリアスが悩んだ後、言った。
「……お前は、マティアス殿下のことをどう思っている?」
「どうもこうも、小さい頃はお慕いしていましたけど。クソ皇子、バカ皇子です。」
「じゃあ、俺のことはどう思っている?」
「えっ、どうしたのいきなり?」
「だから、どう思っている?本当のことを教えて欲しい。」
リアスの赤い瞳がこちらを見つめる。いつになく真剣な眼差しだった。
「うーんと、兎さんみたいでかわいいですね。」
「……いや、そういうんじゃなくて。」
「時々、態度が不遜ね。」
「お、俺はお前のこと……。」
声は震え、唇がかすかに開いたのに、結局飲み込まれてしまった。
「よく聞き取れなかったんだけど……、もしかしてまた戦闘狂令嬢とでも言いたいの?」
「……いや、何でもない。ごめん。」
リアスは小さな手で顔を覆い、深いため息をついた。
「ちょっとどうしちゃったの?さっきからリアス、らしくないわよ。」
「それよりこの前、お前が行きたがっていた遺跡に行くぞ。」
「え、あのボルタ近くの遺跡?」
ボルタ遺跡!?リアスに行きたいって言って却下された古代文明の遺跡。そう、ロマンの塊。
「ニオ共和国の侵攻の目的はあの遺跡だ。あそこには古代文明を滅ぼした最終兵器"死の太陽"の動力源が眠っている。今、テオドルを中心とした研究所のメンバーが急ピッチで発掘調査をしているが、どうやら最終層の魔獣に手こずっているらしい。」
「えっ!?サリーン男爵、出張に出たきり帰ってこないなって思っていたら、そんなことになっていたんですね。」
「あの遺跡だけは絶対にニオに渡してはならない。陛下は既にボルタに兵を集中させている。だが2対1だ。時間稼ぎにしかならんだろう。なんとか短時間で発掘を完了させて、遺跡を爆破する。」
いつも冷静で悪態をついてるリアスが、少し焦っているように見えた。
「あ、あの出張はいつから。」
「明朝には出る。ここから三日はかかるからな。」
「え!?いきなりは困ります。レディーは準備に時間がかかるんです!」
「……ごめん、俺はお前を守るって決めているのに、今は頼るしかなくて。本当に情けない。ただ無理をするつもりはない。危なくなったら一緒に逃げよう。」
見るとリアスの唇が震え、小さなこぶしを握りしめた。
「ふふ、急いで準備するから大丈夫ですよ。私は戦闘狂令嬢ですから。」
こんな弱気なリアスは初めて見た。事態は私に話した以上に深刻なんだろうと思う。一つの運命を避けたはずなのに、また大きな運命の渦に巻き込まれていく。でも私は絶対生き延びる。そして大切なものを守る。それだけだ。
第三幕 エーヴェルトの墓所、ここまでです。
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