12. 隠し部屋
「え、どうなっているの?術者じゃないと、あの結界開かないんじゃなかったの?」
「――俺にもさっぱり、分からない。」
この部屋は何もない。先ほどの部屋にあった壁画すらない。あるのは真ん中に石板が一枚。
「待て。動くな。確認する。」
リアスの眼が、金色に輝く。
「大丈夫そうだ。鑑定上、この部屋に罠はない。真ん中のこれは、古代魔道具……。」
早速、この部屋唯一の構造物、石板を覗き込む。
「――これって古代トヴォー文字かしら?」
「ああ、そうだ。」
私はその文字を、複写魔法で調査ノートに写した。
「ねえリアスは、この文字読めるの?」
「一応。古代トヴォー文字は王宮で習ったからな。」
そう言うと、リアスは石板を凝視した。
「――すべての愛を、エヴェリーナに捧ぐ。次の生にて巡り逢えたならば、今度こそ、共に在らんことを願う。」
「エヴェリーナ?エーヴェルトじゃなくて?」
「ああ、ここに確かに"エヴェリーナ"とある。」
リアスが石板の上の文字を指さす。リアスの指先が軽く、石板に軽く触れた瞬間だった。文字がまばゆく輝きだして、その光が部屋全体に覆った。あまりのまぶしさに目をつぶった。再び目を開けると私たちは白い花が咲く花畑の真ん中にいた。
「こ、これって、転移魔法ですか?」
「いや、同じ部屋の中だ。魔道具が作動したんだろう。幻影の類だ。」
甘い花の香と、頬を撫でるそよ風が心地よい。すると私の元の髪色に近い銀髪に、赤い瞳の女の子がこちらに駆け寄ってきた。見たことない民族衣装を着ている。聞き慣れない歌を歌って、くるくると回った。かわいらしい子だと思った。
「イリス、これ!」
少女がこちらに駆け寄って、無邪気な笑顔でポンとリアスの頭の上に花冠をのっけた。
その瞬間が、まばゆい光がまた私たちを包み込み、場面が切り替わった。今度は、銀髪の女性が氷龍と共に、武器を持った民衆を率いている。先ほどの少女が成長した姿だろうか?多分、私と同い年くらいだ。先程の無邪気さが打って変わって、勇ましい。
「フリグス・アブソルートゥム!!――絶対零度。」
辺りが氷の世界に変わっていく。幻影の中なのに冷気がちゃんと伝わってくる。氷龍が解き放たれ、敵軍は殲滅していった。――私と同じ戦い方だ。そう思っていると、また場面が切り変わった。
ここは寝室、ベッドの上だろうか。私たちの目の前にはまたあの女性がいた。彼女は妊娠しているのか、お腹が大きい。でも体調が悪いのか、ぐったりしている。彼女が咳き込むと、その白い手のひらに血が付いた。
「イリス。私は、もう長くない。この世界を守りたくて、あなたと一緒に戦いたくて、こんなやり方しかできなかった。ごめんなさい。――この子を、そしてこの国をよろしくね。」
これは本当に、魔法による幻影なのだろうか。女性の泣き声や、肌にかかる吐息が妙にリアルだ。こんな魔法を聞いたことがない。リアスに確認しようと思って隣を見ると、リアスがボロボロと泣いていた。あのいつも冷静沈着で嫌味っぽいリアスが。嫌な予感がした。
「リアス!大丈夫?しっかりして。」
「分からない。分からない。でも涙が止まらないんだ。」
「早くこの部屋を出ましょう。――これって精神汚染の類の呪いじゃないかしら?」
「いや鑑定で視たが、そんな仕掛けはこの部屋にない。あの石板は……。」
「でも、とにかく早く出ないと。」
私はリアスの手を掴んで、幻影の中で手探りで自分たちが入ってきた壁にもう一度触れさせた。すると、ぱっと光が溢れて、元いた部屋に戻された。




