14. 別荘
長期休暇とは名ばかりでやることはたくさん。私は早期卒業を目指しているから、他の生徒の1.5倍の宿題が課された。分からないところは兄にも聞きながら、課題やレポートを完成させていく。兄は優しい。こんなにも仲がいい兄弟は珍しいとステラ組のクラスメイトにも笑われたっけ。
サンルームには、冬でもやわらかな陽射しが差し込み、心地よい温もりが満ちていた。自室に籠ってばかりでは息が詰まるから、昼の明るい時間はここで宿題を片づけるのが習慣になっている。
「やっと古代歴史学のレポート終わったー。」
テーマは自由だったので、私はトヴォー王国の建国史を選んだ。普段から少しずつ資料を集めていたおかげで、思いのほか充実した内容に仕上がったと思う。最後の一文を書き終えると、ふっと肩の力が抜ける。窓の外では庭の木々がすっかり葉を落とし、冬の光を受けて静かに並んでいた。
「こらこらエディット。根詰めすぎ。たまには息抜きをしないと!」
後ろから兄が声をかけてきた。
「兄上、私体力には自信がありますのよ。」
「でも、明日からは湖畔の別荘に連れて行くって決めたからね。用意しておいて。」
「ふふ。兄上ったら。」
なんでこんな優しくて、気が利く兄にまだ婚約者がいないのか。釣書はたくさん来ているけど、中身も見ないで断っているって母がぼやいていた。自室に戻ると、兄に言われていたのか、専属侍女のリナが荷物を整えて待っていた。リナの用意した荷物の確認をしていると、彼女が声をかけてきた。
「エディット様、この前、お仕立てになられた新しいコートです。」
「あら、素敵ね。」
リナがクローゼットから取り出したブルーグレーのコートに袖を通す。丸襟が愛らしい。新しい服をまとうと、不思議と心まで軽やかになる。――よし、準備は整った。
出発の朝は、少し早めに起きて身支度をする。
「兄上、お待たせしました!」
「よし、行くぞ!」
兄の掛け声とともに馬車が走り出した。ガタガタと馬車に揺られ、二時間程度で湖畔の別荘に辿り着いた。外に出ると息が白くなる。帝都と違ってうちの領は平地では雪は降らないが、山間部にある別荘周辺は十分寒かった。
別荘では、先に来ていた使用人たちが暖炉に火を入れ、部屋を整えて待っていてくれた。
「うわあ、あったかい!」
暖炉の火がぱちぱちと弾け、リビングルームをやわらかく照らしていた。私たちは暖炉脇のソファでホットココアを飲みながら、昔話や最近の出来事を取り留めもなく語り合った。
「そういえば兄上。未来視について古代歴史学のレポートを調べていて、一つ興味深い記述を見つけたんです。」
古の賢者エーヴェルトは、まれに未来を二通りの“夢”として視たという。初め視た"夢"の内容を強く変えたいと願うとき、もう一つの"夢"が現れるという。どちらの夢が現実となるかは、エーヴェルト自身の選択に大きく左右される――そう記されていた。もしかして、私が視た“殿下に断罪され命を落とす夢”と、"リアスに『愛している』と告げられる未来"は、対をなす夢なのだろうか。
「二通りの未来ね。そういえば、リアス殿は本当に信用していい人物なのか?お前はその"夢"を視て、気を許しているようだが。」
「分からないわ。だけど、今のところは協力的ね。ライラ嬢の調査書は彼が調べあげたものよ。」
「でも彼はトヴォーの人間だ。機密事項は漏らさないように、それと殿下や皇宮の関係者に変な疑いをかけられないように気を付けるんだぞ。」
「もちろん。分かっているわ。」
マティアス殿下じゃあるまいし、私はそんな浮ついた行動はしない。大きくうなずいた。




