13. 家族会議
日ごとに陽が落ちるのが早くなり、朝の吐息が白く煙るようになった。指先にかすかな冷えを覚えるたびに、季節がひとつ進んだことを感じる。学院のある帝都では初雪も降った。期末テストを終え、長期休暇を迎えると、私と兄は自領に戻った。
そして父の号令の下、早速家族会議は開かれた。リビングルームの暖炉で薪がパチパチと音を立てながら燃える。兄からはライラ嬢と殿下の様子、あとソル組の一部生徒が彼らを支持して私たちに嫌がらせをしていることが報告された。私からはライラ嬢の素性調査と、最近視た未来について報告した。
「お前の未来視のことが無ければ、殿下に直接ライラ嬢と手を切るよう伝えるが……これは難しいな。」
父が手であごひげをいじりながら言った。あごひげをいじるのは何かを考えている時の父の癖だ。
「殿下は既にライラ嬢を皇宮にも連れ込んでいると聞きます。おそらく、機密情報についても、いくつかは既に漏らしてしまっていると考えた方がいいでしょう。」
兄が蔑むように言った。
「で、エディットお前はどう思う?」
試すように、父が私を見る。
「私は未来視で戦火に燃え落ちる要塞と殿下を視ました。一年間ともに学院で学びましたが、殿下は皇帝の器ではないと思います。」
「私も同じ意見だ。なーに、心配するな。お前が皇妃にならずとも、うちは上手くやれる。あの坊主が気に入ったと言ったから、皇妃教育を受けさせただけだ。お前はこれ以上心配しないでいい。」
「それで、父上どうなさるおつもりですか?」
私は恐る恐る聞いた。
「ボンデ伯爵にこの情報を売る。彼の裏家業は知っての通り、情報屋だ。ある意味、一番中立な立場の人間ってことだ。きっと面白がって裏を取り、第二皇子派のベルナドッテ公爵に話を持っていくだろう。――第二皇子のフレデリク様は、聡明で勇敢だと聞く。きっと良き皇帝になるよ。」
ボンデ伯爵――やはりその名が出たか。貴族社会きっての情報屋。その情報網は広く、扱う情報の正確さにも定評がある。もっとも、学院内の噂までは届いていないだろう。だからこそ、喜んで食いつくに違いない。
「……分かりました。」
「しばらくは今まで通り、貞淑な婚約者を演じ続けるんだよ。」
「はい。」
自室に戻ると殿下からもらったプレゼントが、手紙が、目に入った。殿下が学院に入る前の、当たり前だった日常が走馬灯のように蘇る。
――どこから、おかしくなったのだろう。
机の上に飾られたテディベアのマシューに尋ねる。殿下からの誕生日プレゼントだ。思えば、殿下はいつも私の意見に耳を傾けてくれた。優しい笑顔で同意してくれた。でも、私がリアスやステラ組のクラスメイトと議論する時のように、建設的な話し合いはできていなかった。ただ聞くだけ。ただうなずいて笑うだけ。ガラスの瞳のマシューと同じ。もともと私の話なんて興味がなかったのかもしれない。
この先、どうなるのだろう?マティアス殿下が皇太子として指名されなかったら、ここで婚約が解消されたら、私の今までの努力は水の泡だ。でも、それは仕方ないと思った。多分今の立場を捨て去ることが、あの断罪を避けるのに一番好都合だ。でも、大事な家族も守りたい。フィーラが滅亡する未来は絶対に避けないといけない。不安で胸が締め上げられる。何でもいいから"ヒント"が欲しくて、未来視を使った。自分に集中して、その目を"開く"。
気づくと前にも視た豪奢な部屋。目の前にリアスが立っている。胸に勲章がたくさんついた騎士服を着て、はにかむように微笑んでいる。今度ははっきりと声も聞こえた。
「――愛しているよ、エディット。」
リアスがあんな顔する?しかも愛しているなんて。それにあの騎士服、ただの騎士服ではない。あれはトヴォー王国の……。もっと視たいと思ったけど、夢はそこで終わった。




