10. 複写魔法
兄・アードルフに、ライラ嬢がニオ共和国のスパイかもしれないこと、そして下手に動けば私たちの命が危ういことを打ち明けた。兄は一瞬険しい顔をしたが、やがて「国も大事だが、お前の方がもっと大事だ」と言ってくれた。その言葉に胸が熱くなった。彼は両親にも遠回しに伝えてくれたようで、私を守る態勢を整えてくれた。
早期卒業を目指す私は、妃教育を前倒しで修了し、皇宮に通う必要がなくなった代わりに、一つ上の学年の授業を一部受けることになった。その際には、いつも兄が付き添ってくれた。
「兄上、私とばかり一緒にいては、婚期が遅れてしまいますよ?」
「俺はね、こんなかわいい妹がそばにいて、他の女に目が向くような薄情者じゃないんだ。」
「……もう、兄上ったら。」
この日の午後は兄と一緒に薬草学の授業を受ける。兄も私もステラ組だ。この学年もステラ組は、真面目な人が多い。余計な詮索をされることはなく、集中して勉強ができた。
先生が黒板に薬草の絵を描き始めた。チョークで描いたとは思えないほど精緻なイラストに見惚れながら、私は複写魔法でノートにそのまま写し取った。兄が驚いたように目を見開く。
「エディット、それ……便利すぎないか?」
「あら、兄上。これ、まだ教えてませんでした?『生活魔法入門 II』にあった文字や絵を移す魔法を応用して、よりたくさんの情報を一度に写せるよう改良した、私のオリジナル術式ですのよ。」
生活魔法入門は、戦闘魔法を学ばない下位クラス、ルーナ組の教科書にも指定されている。以前、何気なく手に取ったが、思いのほか便利な魔法が多く、つい夢中になってしまった。ちなみにこの複写魔法のおかげで、私の文献収集もとてもはかどっている。
「へぇ、知らなかった!授業が終わったらぜひ教えてくれ。」
「ええ、もちろん。」
授業後、私たちの周りに生徒数人が集まってきた。
「よろしければ、私たちにも教えていただけませんか?」
振り返ると、黒髪に黒い瞳を持つ、落ち着いた気配の少女が立っていた。ヴァーサ伯爵令嬢、シーラ様だ。学院の生徒会副会長で、誰もが一目置く存在である。
「もちろん、構いませんよ。大した魔法ではないですけど。これよくある生活魔法を応用した術式でして……。」
私の説明に、皆「目から鱗」という表情で熱心に耳を傾けた。
「ありがとうございます、エディット様。これで勉強が捗りそうです!」
「なるほど、この魔法陣、発動する際の魔力も節約しているんですね。」
「ノートに取るくらいなら、これくらいの解像度で十分ですわ。」
思わぬところで複写魔法が評判になり、教室が小さなざわめきに包まれた。そんな時だった。
「エディット様はいらっしゃるかしら?」
先頭の気の強そうな金髪縦ロールの少女がこちらをにらんだ。




