偏見は自分
少しだけ時間が流れて——
夏が終わり、秋風が吹きはじめ、少しずつ涼しくなってきた頃。
「秋服が欲しい」とヤマトが言うので、電車に乗って少し遠出し、海の近くのアウトレットパークへやってきた。
ここは店舗数が120を超え、高さ100m以上の観覧車が目印になっている。
「観覧車、大きい! すごいなぁ」
到着するやいなや、テンションが上がったヤマトはあちこちを走り回っていた。
「ちょっと落ち着けって。時間はたっぷりあるんだから、ゆっくり見よう」
いくつかの店を回り、ヤマトは試着を繰り返して、気に入った服をいくつか購入した。
「先輩、これどっちがいいと思います?」
ワインレッドとブルーのニットで悩んでいる。
「青の方が爽やかに見えていいんじゃない?」
「ん~、たしかに! じゃあこっちにします! 買ってきますね!」
ヤマトに「隣の店、ちょっと見てくる」と言い、俺は時計屋に入った。
目を引いたのは、かっこいいけれど高校生には到底手が出ない価格の時計だった。
「先輩! 終わりましたよ~!」
「次、何見る?」
「先輩、時計欲しいんですか?」
「欲しいけど、今は買えない値段だな」
ヤマトが値段を見て「そーですね」と笑う。
「お昼食べません? お腹すきました」
フードコートはどこも混雑していたので、比較的空いていたハンバーガー店でセットを注文し、外のテラス席に移動した。
周囲はカップルばかりで、男二人でいるのが少し気恥ずかしい。
「なんか、デートみたいですね!」
「そうだね、デートみたいだ」
“みたい”という言葉をわざと強調して言った。
もしヤマトが女の子だったら、迷わず付き合っているかもしれない。
「ヤマトが女だったら、付き合ってるな」
「先輩は嫌ですか? こうやって二人で遊ぶの」
「嫌じゃないよ。でも……周りの目が気になるかな」
ヤマトは人前でも平気で俺にくっついてくるから、どうしても周囲の視線が気になってしまう。
「そうですか……」
「ヤマトは周りの目、気にしないの?」
「先輩と一緒なら、知らない人にどう思われても平気ですよ。どうせ、もう会わないんですから」
その言葉に、素直に感心した。
「じゃあ、手繋いで歩く?」
「えっ、いいんですか!? 先輩、そういうの苦手でしょ?」
「ここには知ってる人もいないし。……繋ぎたそうにしてたじゃん」
「し、してないですって!」
付き合ってもいない、男同士。
おかしいのは分かってる。
でもヤマトを喜ばせたい。それは偽らざる本心だった。
ハンバーガーを食べ終え、まだ見ていないエリアへ向かう。
「ヤマト……」
名前を呼びながら手を差し出すと、ヤマトはニコッと笑って手を繋いできた。
しばらく歩いていると、やはり周囲の視線を強く感じるようになってきた。
〔キモい〕〔ホモカップルだ〕……そんな陰口が聞こえてくるような気がして、心がざわついた。
「先輩? 大丈夫ですよ。周りになんて思われても、嫌なこと言われても、ぼくが先輩のこと守りますから」
「ははっ、ヤマトが俺を守るのか……頼もしいな」
「なんか、バカにしてません?」
「してないって」
俺の不安を感じ取ったのか、ヤマトは励まそうとしてくれる。
店内でも手を繋いだまま歩き回っていたが、店員も客も、まるで奇妙なものを見るような目を向けてくる。ひそひそと声が聞こえ、俺たちのことを話しているのが分かる。
気のせいじゃない。
「ヤマト?」
顔を見ると、ヤマトはこわばった表情をしていた。
「……行こうか」
手を離して店を出て、しばらく無言で歩いた。
強がっていたけれど、じろじろ見られたり、悪口が聞こえてきたりして、やっぱり辛かったんだろう。
(本当は、誰よりも人の目を気にするのに……)
「ぼくは昔から男の子が好きだから、変だと思ったことはないけど……普通の人からしたら、ぼくは変なんですね……」
今にも泣きそうな顔で、ヤマトは言った。
「変じゃないよ、ヤマトは。
みんな、自分と違うものが怖いんだ。
理解できないから、拒絶して、自分の世界から無いことにする」
しばらく無言で歩いていると、大きな観覧車の前に出た。
「乗る?」
「……いいです」
「じゃあ、俺が乗りたいから付き合って」
そう言って手を引き、チケットを買って乗り込む。
向かい合って座り、観覧車が四分の一ほど回ったころ、景色がゆっくりと変わっていく。
ヤマトはうつむいたままだ。
「景色、綺麗だぞ。ヤマト、見ないの?」
「……」
「ここなら誰もいないし、隣に座っていい?」
ヤマトの隣に移って、そっと手を握る。
「先輩……?」
「ん?」
「ぼくって、おかしいんですかね? 男の子が好きって。
人と違うって、すごく怖いんですよ……」
「人と違わない人なんていないよ。
ただ、みんな“同じ”になりたがるだけだ」
——俺は今、自分のことが一番わからない。
俺はヤマトのことが好き……かもしれない。
でも、男を好きになるって感覚が、正直まだ理解できていない。
好きだと認めたくない自分がいる。
偏見を持っている自分がいる。
ヤマトの気持ちを完全に理解できない自分がいる。
でも——
ヤマトを好きな自分が、確かにいる。
観覧車が頂点に差しかかり、海が見渡せた。
「綺麗ですね。先輩と見る景色は、いつも綺麗に見えます」
「俺、魔法使いだからな」
雰囲気を変えようと冗談を言うと、
ヤマトは少しだけ、クスッと笑った。
「……そうですね」




