大事な話
ピンポーン。
「お邪魔しまーす!」
「よっ!」
部屋に入るなり、ヤマトが鞄から大量の夏休みの宿題を取り出して見せてきた。
「手伝ってもらえると助かります。答え丸写しでいいんで。」
困ったような顔をしてるけど、多分これは演技だ。
「お前、明日から学校だろ。話したいことって…これのことか? …はぁ、よし、わかったよ。」
「さっすが先輩!頼りになります!」
「お前が終わるまで、俺も一緒にいるから。…でも、ちゃんと自分でやれよ? 宿題は自分でやるもんだ。」
「そんな…正論言われたら、ぐぅの音も出ません…」
「さっさと始めろ。終わらなくなるぞ。」
机の上を片付けて、ヤマトに宿題を広げさせる。
「真面目にやるんで、ちゃんと一緒にいてくださいね。」
「ここ俺の部屋なんだけどな、それ。」
見た感じ、2時間ほど本気でやれば終わりそうな量だった。
俺は隣で漫画を読みながら、真面目に答えを写すヤマトを見守る。
しばらくして、ヤマトの集中が切れてきたのか、チラチラとこっちを見てくる。
「ずるいですよ先輩。僕、頑張ってるのに…漫画なんて読んで。面白いですか、それ?」
「ずるいもなにも、俺は遊びながらも宿題ちゃんと終わらせてたんだから、自業自得だろ~?」
意地悪っぽく返すと、ヤマトは不貞腐れた顔でまたノートに向かう。
「…じゃあ、ちゃんと全部終わらせたら、願いごと一つ叶えてやるよ。頑張れ。」
「なんでも?」
「なんでもって言っても金はないぞ。」
「そんなのいりませんよ! えーっと……
先輩と、キスしたいです。」
冗談っぽい言い方だったけど、目はわりと本気に見えた。
「え、いや……」
「冗談ですよ! 手つないで、夜の散歩とかしたいなって。」
「…ん、まぁ、それくらいなら。」
最初に無理難題を言われたせいか、手をつなぐくらいはたいしたことない気がしてきた。
……でも、よく考えたら付き合ってないのにおかしいよな。しかも男同士だし。
(まあ、夜だし人いないし…いいか)
ヤマトはその後、信じられないくらいのハイペースで宿題を進めていった。
俺は気づけば隣でウトウトして、そのまま眠ってしまっていた。
•
ヤマトに起こされ、ふと見ると宿題がすべて終わっていた。
(2時間くらい寝てたか…)
「頑張ったな」と頭を撫でると、ヤマトは子供みたいに嬉しそうに笑った。
外はすっかり暗くなっていて、小腹も空いたので近くのファミレスまで歩いて行くことに。
2人並んで、夜の静かな道をゆっくり歩く。
さっきの「願い事」の約束を思い出しながら歩いていると、ヤマトからは何も言ってこない。
(…しょうがないな)
俺のほうから、ヤマトの手をギュッと握ると、驚いたようにこっちを見て、
そのあとニコッとしてまた前を向いた。
外はひんやりとした空気。
ヤマトの手は、やわらかくて、あたたかかった。
「…意外に、恥ずかしいですね。」
「なんだよ、お前から言ったくせに。やめとく?」
「やです! このままがいいです。」
ファミレスで晩ごはんを食べて、帰り道も手をつないだまま、ゆっくり帰った。
•
風呂に入ってさっぱりしたあと、布団を1枚敷いて2人並んで寝転がる。
すると、ヤマトがまた手を握ってきた。
「先輩、ぼく、今すごく幸せですよ。」
そんなこと言われて、思わずニヤける。
「…いいから寝るぞ。」
ニヤけ顔を見られたくなくて、そっぽを向いたが、ヤマトにはしっかりバレていた。
「せんぱーい!」と抱きつかれて、腕を回される。
「このまま寝ていいですか!?」
「ダメって言っても、どうせするんだろ?……電気消すぞ。」
電気を消すと、ヤマトがぽつりと話し出す。
「先輩? 実は、話したいことって、ほんとは別にあるんですけど……」
「そーなの? なに?」
「んー……今は、やめときます。」
「……そっか。」
そのあとも、布団の中でずっと話が盛り上がって、なかなか寝付けなかった。
•
そして翌朝――。
始業式の日、2人でそろって寝坊し、しっかり怒られた。




