夏の終わりと寂しさの始まり
暑さはまだまだ続いているけれど、気づけば夏休みも残り2日。
今日は弓道部の1・2年生みんなで遊ぶことになっていて、川辺で花火をする予定だ。
昼ごはんを食べて、ヤマトの家へ向かう。
「早いですね。今ちょうどご飯食べてました。とりあえず中入ってください。」
ヤマトの向かいに座り、彼がご飯を食べている様子をじっと見てしまう。
「…先輩、そんなに見られると食べづらいですよ。」
「あっ、ごめん。」
食べ終えたヤマトが、俺の隣に座ってくる。
「お前、そんなに俺の近くにいたいのか?」
「先輩の隣、落ち着くんですよ。いい匂いするし。」
ヤマトの頬に米粒がついていたので、指で取ってそのまま食べる。
(こいつが前に俺にやってきたから、つい真似してしまった)
ヤマトはニヤッと笑って席を立ち、飲み物を持ってきてくれた。
2人でテレビを見ながら飲んでいると、ヤマトが俺の右手を取り、自分の手のひらと合わせてきた。
「先輩、手大きいですね。」
ヤマトの手は俺より小さくて、きれいで、すべすべしていた。
そのまま手を握りながら、視線をテレビに戻す。
「夏休みももうすぐ終わりですね。先輩は何が一番楽しかったですか?」
「んー、やっぱ海に行ったことかな。ヤマトは?」
「僕は…先輩との思い出、全部楽しかったんで、一番は選べません。」
「なんだそれ、嬉しいけどずるいな。」
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「そろそろ行くか」と集合場所の川に向かうと、すでにみんな集まっていた。
「てかさ、最近ずっとヤマトと一緒にいるのに、誰も突っ込んでくれなくなったよな。」
軽く振ってみると、ジュンヤが笑って答える。
「当たり前すぎて、もう何も感じないですよ。
2人の間には入り込めませんし。」
「…そっか。」
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打ち上げ花火、手持ち花火、ロケット花火…たくさんの花火が用意されていた。
ロケット花火を投げたり、手持ち花火を振り回したり、みんなテンションが上がってはしゃぎはじめる。
ヤマトも楽しそうに花火を振り回している。
「先輩!」
声のした方を振り向くと、ヤマトがネズミ花火を投げてきた。
さっと避けて、「おい」と軽く頭を小突くと、ヤマトはいたずらっぽく笑った。
俺は少し疲れて、地面に座りながら、ヤマトが他のみんなと楽しそうに笑っている姿を見つめる。
(…俺以外とも、こんなふうに笑えるようになったんだな)
そんなことを思いながら、少し嬉しくて、少し寂しくなる。
「せんぱーい! 一緒に水切りしましょ!」
ヤマトが笑顔で手を振る。
「どっちが多く跳ねるか、勝負です!」
「いや、暗くて見えなくね?」
「いいから!」
ヤマトが石を構えて投げる。――ポチャン。
「0回だな。俺の見てろよ。」
――パンッ。ポチャン。
「1回ですね。」
「でも俺の勝ちだな。」
悔しがるヤマトは、そこからしばらく夢中で石を投げ続けていた。
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残っていた線香花火をみんなで一斉に持ち、火をつける。
ヤマトは線香花火の火を見つめながら、少し寂しそうな表情を浮かべた。
「今年の夏も、もう終わっちゃいますね…。
でも、すごく楽しかったです。先輩がいたから。」
「来年の夏も一緒に過ごすって、約束しただろ。
俺も、ヤマトがいたから楽しかったよ。」
ヤマトの線香花火の火が、ぽつんと落ちた。
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後片付けをして解散した帰り道。
「先輩…話したいことがあるんですけど。」
「ん?どうした?」
ヤマトが少し言いづらそうに口を開く。
「明日、先輩の家に泊まりに行ってもいいですか?
話したいことがあって…。明日、ちゃんと話します。」
「いいけど…なんだよ、今さら改まって。」
「…明日話します。」
それ以上何も言わず、ヤマトは静かに歩き出す。
虫の声が響く夏の夜道を、俺たちは並んでゆっくり歩いていった。




