これは恋?
翌朝
蝉の声と蒸し暑さで目が覚めた。
隣では、ヤマトが俺に腕を回して抱きついて寝ている。
そっとその腕をどかすと、ヤマトも目を覚ました。
「よくこんな暑いのにくっついてられるな」
そう言って寝ぼけ顔のヤマトの頬をつねると、なぜか笑顔を見せた。
午前6時。
一階に降りると、朝ごはんのいい匂いが漂ってきた。
「まあ、二人ともずいぶん早起きね」
ヤマトの母さんとおばあちゃんが台所で朝食の準備をしていて、おじいちゃんは居間で新聞を読んでいる。
(なんだか昭和の風景みたいだな……昭和、知らないけど)
「いただきます!」
炊き立てのご飯、昨日の残りの肉、卵焼き、味噌汁、漬物――完璧な朝食だ。
「ご飯、おかわりいいですか?」
「遠慮しないで、たくさんあるわよ」
「先輩、朝からよくそんなに食べられますね…」
「ヤマトもちゃんと食べなさい!」
賑やかな食卓で、お腹いっぱいになるまで食べた。
*
朝食後、さっそく水着に着替えた。
浮き輪や麦わら帽子、ビーチグッズを持って、ヤマトの母さんの車で出発。
目的地は車で10分ほどのところにある海水浴場だ。
「じゃあ、あとで迎えに来るから楽しんでね」
「はーい」
「ありがとうございました」
砂浜はそこそこにぎわっていた。
シートを広げて荷物を置くと、ヤマトが浮き輪を差し出してきた。
「先輩、膨らましてください!」
(ポンプ持ってきてないのかよ…)
そう思いつつ、素直に膨らまし始める。
途中で疲れて休んでいると、ヤマトが浮き輪を受け取りながらぽつり。
「間接キスですね……」
頬を少し赤らめながら言うので、思わず頭を軽くはたいた。
「やめなさい」
*
浮き輪が完成すると、すぐに浅瀬へ向かう。
「ヤマトー!」
後ろから飛びついて、水の中へ一緒に倒れ込む。
「やったな!」
ヤマトが水をかけてくる。
思いっきり遊んだあとは、シートに戻って身体を拭いた。
「お腹すきましたね」
「海の家、行ってみようか」
焼きそばやトウモロコシの匂いが漂ってくる。
「いい匂いですね~」
焼きそば2つと、かき氷2つを注文して席に座る。
「こうやって、誰かと楽しい夏を過ごせるなんて思ってませんでした。
いつもこの海には母と2人で来てて……つまらなくはないけど、友だちと来たいなって思ってました」
「そんなにしんみりすること言うなよ。来年も、その次も、また一緒に来ようぜ」
「先輩……」
泣きそうな顔になったヤマトは、どうにかこらえて
「約束ですよ! また来ましょうね!」と笑った。
「でも……再来年は卒業していないですよね」
「車の免許取って、俺の運転で連れてきてやる。
先のことばかり考えず、今の海を楽しもうぜ」
「……はい!」
*
遊びつくして、夕方。シートに並んで座り、夕日を眺める。
沈みかけたオレンジ色の光が、夏の終わりを告げているようだった。
「きれいですね……」
「ああ」
「もう暗くなっちゃいますね。お母さん呼びます」
「ヤマト? 夜は肝試しだぞ」
「えぇ~、怖いですよ~」
そう言いながらも、どこか楽しそうだった。
*
夜ごはんをお腹いっぱい食べ、お風呂に入った。
「いてて……日焼け止め、塗るんだったな」
ヤマトがニヤニヤしながら見てくる。
「どうした?」
「叩いたら痛いかなって思って」
「絶対やめろよ」
バチッ。
「痛ッッッ……!」
ヤマトに反撃して、しばらくもみ合いになった。
「つかれました……湯船入りましょう」
湯船につかると、日焼けした肌がじんじんとしみた。
「はぁ~」
「先輩、おっさんみたいですよ」
「どうせ俺はおっさんですよ」
「冗談ですって。かっこいいです」
調子に乗って決め顔を見せると、ツボに入ったらしく、ヤマトは大笑いしていた。
*
風呂上がり、外に出ようとすると、ヤマトが少し嫌そうな顔をする。
「怖いのか?」
「べ、別に怖くなんかないですよ」
コースは墓場までの往復。街灯のない田舎道は、想像以上に真っ暗だった。
「先輩こそ怖そうですよ。やめてもいいんですよ?」
「こ、怖いわけないだろ……」
内心びびりながらも、懐中電灯をつけて歩き出す。
ヤマトは俺の服の裾をつかんでついてくる。
(いやこれ、普通に怖いな……)
調子に乗って懐中電灯を消してダッシュしてみた。
追いかけてくるかと思ったが、気配がない。
慌てて戻ってライトをつけると、ヤマトがその場で膝を抱えて泣いていた。
「先輩のいじわる……やめてくださいよ。怖いんですから」
鼻水を垂らしながら泣いている姿に、申し訳なさでいっぱいになる。
「ご、ごめん……ちょっと驚かせようと」
近くのコンビニでアイスを買って謝ると、ヤマトはケロッと泣き止んで美味しそうに食べ始めた。
(単純なやつだな……)
帰り道、前方に人影が見えた。ライトも点けずに歩いている。
「こんばんは」と声をかけると、軽く会釈して通り過ぎた。
振り返ると、その人影はふわぁ~っと消えていた。
顔を見合わせた俺たちは、手をつないで一目散に家まで走った。
「どうしたの?そんなに慌てて」
「ゆ、幽霊……本物いました」
ヤマトはまた泣きそうな顔になる。
「それはこの辺の守り神、ご先祖様よ。みんなを見守ってくれてるの」
おばあちゃんの言葉に少し安心したけど、怖いものは怖い。
*
その夜も、2人で同じ布団に入り、手をつないで眠った。
翌朝――
「お世話になりました。すごく楽しかったです!」
「また来年も来てね。サトシ君なら大歓迎だよ」
「はい!」
車に乗り込み、ヤマトはぐっすり眠っていた。
「ん~、せんぱい……ゆうれいがぁ……」
寝言でうなされるヤマトの手をそっと握ると、安心したように表情が和らぎ、また眠りに落ちた。
「この子、まだまだ未熟だからよろしくね。
サトシ君のこと、大好きなのよ。付き合っちゃえばいいのに」
「えっ……ヤマトの、そういうこと知ってるんですか?」
「男の子が好きってこと?もちろん知ってるわよ。本人は隠してるつもりだけど、母親だもの」
(やっぱり、親ってすごいな……)
「サトシ君は知ってたの?」
「はい。ヤマトから直接聞きました」
「それなら、相当信頼されてるのね」
バックミラー越しに、ヤマトの母さんと目が合う。
「で、サトシ君は……そういう感じなの?」
「俺は……正直まだよくわかりません。
でも、ヤマトのことを傷つけたくはないです」
「そう。そこは2人の問題だから任せるわ。
でも、もし付き合うことになったら教えてね。ヤマト、絶対自分から言わなそうだから」
その言葉に笑って頷き、眠気に任せて少し眠った。
家に着くと、ヤマトはまだ寝ていた。
母さんにお礼を言って車を降りる。
部屋に戻り、ヤマトのことを考える。
(あいつ、本気で俺のこと好きなのかな?
先輩として?それとも恋愛対象として? 俺は、あいつのこと……)
答えはまだ出ない。
でも、眠って起きると、ヤマトからメールが届いていた。
【海、楽しかったですね!】
添付された写真には、海で撮った水着姿の俺とヤマトの2ショットが写っていた。
その写真を壁紙に設定し、
【また行こうな】
と返信した。




