大会終わり、そして海へ
夏休みはもっと遊べると思っていたが、部活でほとんど時間が取られ、なんだかんだで忙しい日々が続いていた。
今日は県大会のため、マイクロバスで1時間半ほどかけて移動。夜は宿に一泊する予定だ。
1年生たちは、会場準備や雑務に追われていて忙しそうだ。
そろそろ試技の時間が近づき、俺も会場へ向かう。
そんな中、雑務で手が離せないはずのヤマトが小走りでやってきた。
「先輩、頑張ってください!」
「おう、サボりか?」
「合間見つけて応援に来たんですよ!」
少し不満そうに口をとがらせている。
「ありがとな、頑張るよ」
笑って返すと、ヤマトも嬉しそうに笑った。
その顔を見て、緊張していた気持ちが少しだけ和らぎ、落ち着いて競技に挑むことができた。
結果は今までで一番良かったが、全国大会には届かなかった。
3年生の先輩たちはこの大会で引退。みんなでお礼を言って送り出した。
試合後、1年生たちは一日中走り回っていてヘトヘトだ。
自販機で飲み物を買って、ジュンヤとヤマトに渡す。
「ありがとうございます!」
(そういえば、この二人って仲いいんだな…)
「二人はクラスでも仲いいの?」
「まあ、普通に部活の話とかしますけどね。ヤマトは先輩の話ばっかしてますけど」
「んっ!」
ヤマトがジュンヤを肘で軽く突く。
(ちゃんとクラスでも馴染んでるんだな。ちょっと安心した)
夜は宿でゆっくり過ごすことになった。
布団が9人分敷かれた和室の大部屋。先生たちは別室で飲み会らしく、夜更かししても何も言われない。
ヤマトはちゃっかり俺の隣に布団を敷いていた。
深夜、みんなが寝静まった頃、ヤマトがそっと俺の布団に潜り込んできた。
「先輩、起きてます?」
耳元で囁かれたが、眠気に勝てず寝たふりをした。
すると、ヤマトが布団の中で俺の体を優しく撫でてくる。直接的なことはしてこないが、なぜか体が反応してしまい、慌てて寝返りを打って背を向けると、ヤマトはそのまま俺の背中に寄り添ってきた。
嫌な感じはしない。むしろ、どこか安心してしまい、そのまま眠りに落ちた。
朝、部長たちは早く起きていて「どんだけ仲いいんだよ」と茶化され、ヤマトを起こすと何事もなかったように「おはようございます」と挨拶してきた。
帰りのバスでも、ヤマトは当然のように俺にもたれて寝ていた。
もう部内でも、そういう姿を見ても誰も驚かなくなっている。
3年生の引退後、俺は副部長に任命された。
大会も一段落し、顧問の方針で勉強に専念する期間として、部活は1週間の休みに入った。
「先輩!明日から海に行きませんか?
親戚の家が海の近くなんで、お墓参りも兼ねてなんですけど…」
「いいね。なんだかんだ忙しかったしな」
「やった!お母さんに言っときます!」
こうして、ヤマトと夏休みの終わりに2泊3日の海旅行に行くことになった。
翌日――
「よろしくお願いします」
「サトシ君が来てくれるって聞いて、ヤマトすごく楽しみにしてたのよ。毎年二人で行ってたから」
ヤマトは少し恥ずかしそうに照れている。
(そういえば、ヤマトのお父さんって見たことないな…)
長時間高速を走り、ようやく親戚の家に到着。
もともと民宿をやっていたというだけあって、大きな二階建ての木造建築。広い庭に、美味しい空気、蝉の声、潮の匂い――
「夏休み感満載で最高だな!」
ついテンションが上がる。
「満喫できますよ!」
優しそうな祖父母に挨拶を済ませたあと、ヤマトに手を引かれ、蝉の声が響く道を歩いていく。
たどり着いたのは墓地。ヤマトが水を汲みに行き、俺は墓石の前で手を合わせる。
「お父さん、なかなか来れなくてごめんね。
いつも仲良くしてくれてる先輩と遊びに来たよ。優しくて頼りになるんだ」
――ヤマトのお父さんは、もうこの世にいないのだ。
親戚の家に戻り、二階の一室をヤマトと二人で使わせてもらう。
「お父さん、3年前に病気で亡くなっちゃったんです…
たまに思い出して悲しくなるけど、今は先輩のおかげで楽しいです」
そう言って、ヤマトの目に涙が浮かび、やがて溢れ出した。
自分にはまだ、そういう経験がない。だから何も言葉が出てこなくて、俺はそっと背中を撫でることしかできなかった。
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しばらくしてヤマトも落ち着き、部屋でまったりしていると――
「先輩!今日はBBQだそうですよ!」
元気を取り戻したヤマトが手を引き、庭へ連れていかれる。
「すごいでしょ!」
「準備したのはヤマトじゃないだろ」
庭には信じられないほどの量の肉と新鮮な野菜が並んでいた。
「ヤマトの先輩が来るって聞いたから、張り切って買っちゃったよ。
遠慮せずにたくさん食べてね」
おじいちゃんが炭を起こしながら笑っている。
「いただきます!」
次から次へと肉が焼かれ、どんどん皿に乗せられる。限界まで食べたところで、今度はおばあちゃんがスイカを持ってくる。
種飛ばし勝負をしたり、笑い合ったり、夏を全力で楽しんだ。
夕方の涼しい風が吹く頃、お風呂に入って部屋に戻ると、布団が敷かれていた。
「今日は本当に楽しかったな~。夏って感じだった」
「明日もありますよ。まだ海に行ってませんし!」
「だな~。楽しみだ」
満腹と疲れで布団に倒れ込む。
「先輩、一緒の布団で寝てもいいですか?」
「ちゃんとヤマトの分もあるだろ」
ちらりと見ると、少し寂しそうな顔をしていた。
「しょうがないな~、いいよ」
布団の端を開けてやると、ヤマトは嬉しそうに隣に寝転んでくる。
ここはヤマトの父親の実家――
きっと、いろいろと思い出して寂しくなるのだろう。




