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私とイリスの声に応じて、耳の雫型のピアスがキラリと光るとイリスはピアスの中に吸い込まれていき、全身が紫色の卵の膜に包まれた様になる。
胸まであった黒い髪はふわりと伸びて下から薄紫に変化、白いニーハイブーツに光沢のあるリボンが纏い、花弁のようなスカートは後ろ側が少し長く美しく揺れる。
細やかなフリルが付いたボレロが表れ胸元の大きなリボンが結ばれると、瞼が開かれ菖蒲色が輝き、膜は弾ける。
「魔法少女No.332【アヤメ】行きます!
…と、この言葉までがセットです。」
たった数秒の出来事だ。足の先から頭のてっぺんまで変わった私を見てジョセフとセネシオの2人はポカンと口を開けたり、目を見開いたりしている。
敵と対峙している時にしか変身をした事が無かったので、お決まりの台詞を言うのが少し恥ずかしかった。
恥ずかしいだなんて思った事無かったのにな。
居たたまれなくて顔を真っ赤にしてモジモジしていると、パチパチと拍手が鳴る。
「す、素晴らしい!これが変身!魔法少女、なんと美しく愛らしいのだ…。」
「いえ、あ、ありがとうございます。私の国にはもっと愛らしい魔法少女が沢山いますよ。」
「君のような少女が沢山居たのか、いやはや驚きだな。」
興奮で高揚した様子でジョセフは額に手を当てる。
そして、書類の山から何枚か抜き出しそれに目を通すと決心したように立ち上がりこちらに歩いてきた。
「アヤメ嬢、君にお願いがある。」
「は、はい。何でしょう?」
「是非とも、この国に居て貰えないだろうか。そして、協力をして欲しい。」
「陛下!」
私に向かって深く頭を下げるジョセフに、セネシオが焦った様に叫ぶ。
王自ら頭を下げているのだ。私にもそれがおかしい事だと分かる。
ジョセフは首を振り、セネシオを手で制した。
「分かっている。だが、アヤメ嬢。君は本来自由なのだ。
アヤメ嬢、ここには人が少ないとは思わないか。」
「…確かに。ここに来るまでに騎士の方には会いましたが、数人でした。」
言われて考えてみれば、転移魔法陣でこちらに着いてからこの部屋に来るまで余り人には出会わなかった。
こちらの世界の事は何も知らないので何とも思っていなかったのだが、王城に人が居ないというのは普通有り得ない事なのだろう。
「端的に話そう。この国は今、【瘴気】と呼ばれる黒い霧が大量発生し、生き物が凶暴化してしまっている。
それは動物だけではなく、人間でさえ…。
王都近くでも瘴気が発生している箇所が有り、戦える者のみがここに残っている。
住民や非戦闘員には比較的安全な場所に仮の住居を建て、随時避難して貰っている状態だ。
魔力の無い人間が瘴気を吸い続けると自我を失い、暴れ回る。自らが動けなくなるその時まで。」
私は両手で口元を覆ってしまう。
自分の世界でも、怪人が自分の手足とする為に人間を狂化してしまう事があった。
だが、特定の魔法少女の【浄化魔法】によって元に戻すことが出来ると聞いた事がある。
それは、残念ながら私には出来ない。
「そう、なんですか…。私が何か力になれれば良いんですが…。」
「いや、やっと瘴気の発生源への対処法が確立されてな。戦力も、我が国の騎士団、そして彼の居る魔術師団は強い。」
ジョセフはセネシオに目線をやる。
セネシオに魔力がある事は知っていたが、もしや彼は凄い人なのか。そりゃ、怖いはずだ。
「では、私は何をすれば良いのですか?」
単純に疑問が浮かんだ。
原因が分かり、戦力を求めている訳でも無い。
では、私に何を協力して欲しいのだろう。
「我々の旗印になって欲しい。」
「はた、じるし?」
よく分からずオウム返しをすると、頭でガンガンと声が響く。
「解除」
とりあえず言う通りに変身を解くと、イリスが物凄い形相でジョセフに詰め寄った。
『ふざけないで!菖蒲をこんな知らない世界の最前線になんてやれないわ!』
イリスがあと少しでジョセフに届くというところで、セネシオの魔法が発動しイリスは壁の様なものに弾かれ、彼はジョセフの前に立ちはだかった。
私は飛んできたイリスを受け止める。
「君達に拒否権が有ると思わない事ですね。」
瞬く間に、物凄い魔力のオーラがセネシオから噴き出した。
"勝てない"
今まで何度もそう思った事は有るが、ここまで圧倒的な実力差を見せられたのは初めてだ。
背中に気持ちの悪い汗が流れた。
「セネシオ!」
ジョセフが叫ぶと、彼は苦々しい表情で魔力の放出を止めた。
「…本当に甘いんですから。」
そう言ってジョセフの後ろに控える事にしたらしく、私達にくるりと背を向ける。
背を向けられる程に、私達は脅威では無いという事だ。
本当に戦闘面では問題は無いのだろう。
「聞いて欲しい。これは、"お願い"だ。強制では無い。
もし自由を望むなら、それなりの自由を与えよう。
そして我々に協力してくれるのであれば、勿論、安全は確保する。衣食住の保証もしよう。
君達の魔法がどれだけ通用するのかも試して貰って構わない。
君達のその神秘的な力が必要なんだ。民の希望として。」
『…私の菖蒲を利用する事には変わりないわ。』
「あぁ、そうなってしまうな…。」
「イリス。」
ギュッとイリスを抱き締める腕に力を込める。イリスは不安そうに瞳を揺らし、こちらを見た。
大丈夫。私は、大丈夫だから。
「そのお話、お受けします。何の力にもなれないかもしれませんが、宜しくお願いします。」
真っ直ぐジョセフを見つめると、彼は大きく手を広げた。
「おお!受けてくれるか!」
「はい。ですが、条件が有ります。」
「聞こう。」
「私の世界では魔法を使える期間が18歳までと決められているので、19歳になるその日までとさせて下さい。後、約半年程になります。それ以降は、何処かで働かせて下さい。」
「半年か、承った。」
ジョセフが差し出した手をグッと握り、熱い握手を交わす。
半年、最後の魔法少女の時間をこの異世界で捧げよう。
例え、何が出来なくとも私が誰かの生きる希望になるなら。
『……私からも条件が有るわ。』
私から離れ、様子を見ていたイリスがポツリと言った。
『そこのセネシオという人間。菖蒲に魔力循環とやらを教えなさい。』