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「…に、んげん、良かった」
現れたのは、私の国では見ないような服を着た男性だった。
やはり違う国に飛ばされてしまったのだろう。
それより、守るべき人間であった事に身体中を張り詰めていた糸がプツリと切れ、私の世界はまたぐるりと回った。
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薄らと瞼が開いていく。
そこには豪華な天井、いや天蓋が見えた。
「起きましたか。」
声のする方に目をやると、ギョッとして目が覚めてしまう。
世にも麗しい男性がそこには居た。
穏やかな茶色の瞳、長いまつ毛は幻想的で、そして白金に輝く繊細で豊かな長い髪を三つに編み横に流している。
メガネを掛け、一見穏やかそうに見えるが座りながらも私を見下ろす目はとても冷たく感じた。
隣を見るとぐっすりと眠る、イリスが居た。
紫色のいつものもっちりとした猫の姿を見て、その頭をつるりと撫でて心を落ち着かせる。
「助けて下さったのですか?…ありがとうございます。」
上半身だけ起き上がると、彼にお礼を言う。
「…ええ。貴女が何者か分からなかったので寝ている間に"鑑定"で調べさせて頂きました。
貴女は【神の落としもの】と呼ばれる存在のようです。」
まず、ここが【ミーチェス王国】という国であるという事。
そして、ごく稀に違う世界から【神の落としもの】と言われる異世界人がやってくる事があると彼は言う。
「何百年ぶりか…。伝記に乗るようなお話の世界の事だと思っていたので、信じられないですがね。それで、貴女名前は?」
「魔法少女No.332 本庄 菖蒲です。」
「マホ、ウショウ…、長い名前ですね。」
「…?もしかして、魔法少女は居ないですか?」
彼は怪訝な顔をして頭に?を浮かべている。
異世界、という事も私だって信じられないのだがどうやら魔法少女自体が存在しないらしい。
「…名前は本庄 菖蒲です。アヤメと呼んでください。」
疑問を抱えながら彼はこくりと頷くと、淡々と事の経緯を話してくれた。
ある日彼が部屋で仕事をしていると、西の森に突如見た事もない光の柱が出現した為向かった。
光の発生源に到着すると、こちらを見た私がいきなり倒れ、光が止み、変身が解けたせいで先程とは服も色味も違う女性と、何故かもっちりとした紫色の猫のぬいぐるみがそこに居たという訳だ。
確かに変身の事を知らなければ髪が伸び色が変化したり、服が一式変わる事もそれがもっちりとしたお供妖精による事も知らなくて当然だ。
彼は自らの名をセネシオ=カスクウェルと名乗った。
伯爵家の跡継ぎで、両親と一緒に住んでいるらしいが私が何者か分からなかった為に、魔力封じの腕輪を付けて別邸で隔離していたとの事。
言われてから腕を見ると、確かに両腕に腕輪が付けられていた。
そして、気付く。魔力を封じられているからイリスは眠ってしまっているのだと。
そこから三日、私は寝続けていたらしい。
この国にも魔法があり、私の怪我もある程度酷い部分は治癒魔法で治してくれたのだという。全体的に倦怠感やズキズキとした地味な筋肉痛は有るが、表面上はとても綺麗に治っていた。
「それじゃあ…、私はもう帰れないんですね。」
「その前例は記載が有りませんでした。ですので無いとも言えないし、有るとも言えません。なにせ、前例自体も何百年も前の事ですし。」
聞くと、セネシオは私が元の世界へ帰る方法を知らないという。
なんの感情も無い言葉に少し傷付いてしまう。
私は自分の事をギュッと抱き締め、現状を把握した。
「そう、ですか…。分かりました。」
「悲しくないんですか?」
彼は不思議そうに片眉を上げてこちらを見た。
泣きもしない私が不思議なのだろう。
「悲しくないか、と言えば分からない…としか答えられないんです。そういう事に疎くて。
ずっと一人で…いや、イリスと生きてきたので。
元々魔法少女は今の歳で辞めなきゃいけなかったんです。
強い子達も沢山居るので、私が居なくてもあちらの世界は大丈夫でしょうから。」
「そうでしたか。」
よく分からない話だからか興味を失ってしまったようで、彼は何かをスラスラと紙に書きメイドさんに渡して立ち上がる。
どうやら、私のような訳の分からない者は王国に報告義務が発生するらしい。それを私が起きるまでセネシオは三日待っていたのだ。
彼は大きな溜息を付いた。
面倒な事が嫌いなのかな。
王に謁見すると共に、この国での私の行く末を決めると彼は言う。
【神の落としもの】はこれまで国にとって大いなる発展を遂げる節目の時に現れると言われているので酷い事にはならないだろう、という言葉で私はやっと少し深く息をした。
だが、今までド庶民だった私が王への謁見である。
自分の国のトップにだって会ったこと無いのに。
という事で、絶賛着替えの真っ最中だ。
と言っても先程まで女性用の寝間着を着ていたのだが、どうやらそれはこちらのメイドさんが着替えさせてくれていたらしく、元々着ていた服に着替えるという簡単なお仕事である。
こんな格好で良いのかと尋ねたが、元の世界の服を着ていた方が現実味が有るだろうとの事で納得した。
着替えるのを手伝うと言われたのだが、丁重にお断りをした。
後ろがチャックとはいえ、ただのワンピースだ。一瞬で着替えられるし、人の手がある方が時間が掛かってしまう。それより、なにより、人に手伝って貰う事が恥ずかしい。
私は平民も平民なのだから。
着替え終わると、ドアがノックされた。
「セネシオです。着替え終わりましたか?」
「はい、お待たせしました。」
なんてタイミングが良いのか、セネシオが迎えに来た。
こちらです、と彼は前を歩き道案内をしてくれる。
ベッドで寝ていたイリスを抱き上げ、その背中を追った。
邸の中の広く荘厳な廊下を歩く。毛の長い絨毯がフワフワで少し歩きにくくて、モタモタと付いていった。
扉を開けると、外はまだ明るい。勝手な妄想で、貴族のお家には素敵な庭園が有るだろうと勝手に思っていたのだか、どうやらそうではないらしい。
外には大きな魔法陣の様なものが玄関を出て直ぐに有るだなんて思わないだろう。
「先触れは出していますので、こちらの魔法陣で王城へ向かいます。」
丁寧な言葉だが、有無を言わせない笑顔で彼は私に手を差し伸べた。
「ここに手を置いてください。掴んでないと落ちちゃいますから。」
陣の真ん中で彼は言う。
とりあえず言われた通り彼の手にそっと自分の手を重ねた。
すると周りの陣が光出したので、眩しくて咄嗟に目を閉じた。
足元が浮いた様な感覚になり、内蔵がモゾりと動いた。