05 恐怖の失恋酒場
舞台は移ってマッキンタイア公爵領。
王都から離れたこの地は公爵家のお膝元ということもあり、魔獣を退治してくれた聖女への感謝はあれど、昔から知る心優しい領主の娘ヘルガの悪評を鵜呑みにする者はほとんどおらず、穏やかな時間が流れていた。
しかし、その穏やかさとは裏腹に、このひと月というもの、4人の令嬢が滞在する領主館はちょっとした失恋酒場の様相を呈していた。
というのも、政略とは言え幼い頃に婚約を結び、何だかんだ長い時を共に過ごし、この先も手を取り合って歩んでゆくものと信じていた相手に、ろくに弁明すらさせてもらえず捨てられたのだ。うら若い乙女心が傷つかないはずがない。
王都にいた頃は、心配する家族や物見高い周囲の目もあり、多少のやせ我慢をしてでも平静を装わざるを得なかったが、ここにいるのは同じ痛みを抱える友ばかりである。
巻き込まれる領主館の使用人には少々申し訳なかったが、そこは臨時特別手当をたっぷり支給して目を瞑ってもらい、ここまで我慢に我慢を重ねてきた4人は人目を気にすることなく思う存分荒れ狂うことにした。
曰く、
「階段下の収納スペースから夜な夜なすすり泣く女の声が聞こえる」だの、
「ボコボコにされた枕が2階の窓から吹っ飛んで行くのを見た」だの、
「青い顔で幽鬼のように彷徨う二日酔いの女の姿を目撃した」だの、
「よくわからん五芒星らしきものが描かれた羊皮紙が庭木に五寸釘でトッピングしてあった」だの、
その間の領主館の使用人や出入りの商人たちの恐怖体験は枚挙にいとまがない。
とは言え、どれだけ悲しみに暮れ奇行に走っても傷はやがて癒える。
幸い、4人とも命までもと思い詰めるほど相手に入れあげていたわけでもない。
なんなら何を考えているのかサッパリわからないポッと出の聖女よりも、長年の付き合いにも関わらず簡単に聖女側に転がった婚約者への怒りや失望の方が強いかもしれない。
荒れはしても本来聡明な彼女達は、いわゆる「日にち薬」をらっぱ飲みしながらそれぞれ自分の気持ちに整理をつけるよう努め、ひと月も経つ頃にはどうにか揃って真っ当なティータイムを過ごせるまでに回復していったのだった。
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そして話は現在に戻る。
「それで、これからのことですけれど。」
ヘルガが切り出した。
「わたくしとしましては、皆様とずっとここで過ごすのも楽しいと思うのですけれど、お望みであれば、できるだけ早く次の縁談をご紹介したり、国外への遊学などを斡旋することも可能ですわ。
大事なお嬢様をお預かりする以上、公爵家は皆様の今後のバックアップを惜しまないとお家の方々に約束しておりますし」
その申し出に、ダイアナがうーんと唸って腕を組む。
「とてもありがたいお申し出ですわ。
でも、新しい婚約となると難しいでしょうね。聖女様の人気は相変わらずだし、私達の評判は最悪ですもの。
たとえそれでも構わないというお相手がみつかっても、私達と関わることで間違いなくその家門の印象は悪くなるでしょうし、婚家にそんな迷惑はかけられませんわ」
「そうでしょうね。よしんば国外に出て、そこで仕事を見つけるなり結婚するとしても、身元を隠してはおけませんし、少し調べれば婚約破棄のことなどすぐわかってしまうでしょう。
結局、どこへ行っても悪評はついて回りますわ」
ポツンと呟いてアラベラも項垂れた。
これにはヘルガも言葉が継げず、再びお茶の席は暗い空気に包まれた。
「それなんですけどね?」
『暗い空気クラッシャー』ことマージョリーが目を光らせる。
「私達の悪評をどうにか逆手に取る方法はないかと、ここ数日考えに考えていたんです。
それで、ひとつ思いついたことがあるんですけど」
彼女はテーブルにグイッと身を乗り出した。
「皆様、もし婚約していなかったら、或いは家名を背負う立場でなかったら、やりたかったことはありませんか?特に、人に言えないタイプのやつ」