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04 断罪の夜

「王太子ロバート・ランカスターは、公爵令嬢ヘルガ・マッキンタイアとの婚約をここに破棄する」


 彼の19歳の誕生日を祝う夜会の席上、ヘルガではなくラナを伴って入場したロバートは、衆目の前でそう宣言した。


 これが国王夫妻も了承済みであることは、玉座の2人がこの一幕を黙って見ていることから伺い知れる。  

 結局のところ、評判を落とし続けている公爵令嬢よりも、皆から愛される聖女をとったほうが国益にかなうと考えたのだろう。


「これなるヘルガ・マッキンタイアは、醜い嫉妬心から取り巻きの貴族令嬢と結託し、国を救った聖女を虐げた忘恩の徒である。

 本来であれば修道院送り、あるいは国外追放が妥当であろうが、救世の乙女はこのような悪女の心をも救いたいと申しておる。

 その優しい心情を汲み、私はこの大罪に対し、公爵令嬢とその取り巻き共の婚約の破棄のみを求めるものとする。

 聖女の深い慈悲に感謝し、即刻この場を立ち去るがよい」


 あー、こりゃもうダメだ。


 いい加減心が折れてしまったヘルガが無抵抗で頭を下げると、王太子の後ろからナイジェル、リチャード、クリストファーが進み出て、同じようにマージョリー、ダイアナ、アラベラを呼び出し、婚約破棄を言い渡した。


 国王が黙認している以上、今ここで事を荒立てても事態は好転しないと見た4人は、敢えて異議を唱えることなく一礼し、周囲の軽蔑や嘲笑の目に耐えながら会場を後にする。


 ヘルガとダイアナはどうにか平静を保っていたが、アラベラは目に涙を浮かべていたし、マージョリーに至っては俯いて激しく肩を震わせており、その姿は「悪辣な令嬢が当然の報いを受けた」とその場にいた人々の嗜虐趣味を満足させた。


 実際のところは、マージョリーはこういう厳粛な場で何故か笑いがこみ上げる面倒な体質だったため、必死で爆笑を堪えていたに過ぎないのだが。



※※※※※※※



 見送りの1人もいない王宮の馬車溜まりには公爵家の大きな4頭立て馬車が待っていて、中にいた公爵が自ら扉を開けて令嬢たちを迎えた。


「皆大変だったな。

 王太子殿下からドレスの用意もエスコートの申し出も無かった時点で、もしかしたら、と思ってここに控えていたのだが、皆の顔をみる限り悪いほうの予想が当たってしまったようだ。

 さあ皆乗って。夜分に申し訳ないが、このまま公爵邸に向かう。ご両親もお呼びして、これからのことについて相談しよう。

 とりあえず夜会で何があったか聞きたい。簡単にで構わないよ。うちの傍系の伯爵に夜会の終わりまで残って情報を集めるよう頼んであるから」


 公爵邸には着替えとお茶が用意されており、ヘルガ達がひと息ついている間に、各家門には迎えの馬車が差し向けられた。


 こうして公爵邸に集められた令嬢達の両親に、公爵は今夜の出来事を説明し、青ざめ拳を握りしめる父親達や娘を抱きしめて涙を流す母親達を前に己の考えを述べた。


「この度の仕打ちについて、公爵家及び各家門から抗議を入れるのは当然であるが、これだけハッキリ公の場で宣言されては、婚約破棄自体を覆すのは難しいと言わざるを得ないだろう。

 破棄の理由としてあげられたあのふざけた罪状は、結局のところ聖女の心情に基づくもので、こちらとしてはとても受け入れられるようなものではないが、さりとて反証をあげることもまた難しい。

 まして、王室が聖女側につくとなればことは尚更厄介だ。

 聞けば、娘達もこれ以上この件で辛い思いはしたくないと言っている。

 ここは、かけられた罪状はキッパリと否定した上で、婚約破棄については争わず受け入れることにしてはどうだろうか」


 フィンチ子爵家の当主がおずおず手をあげた。


「婚約がなくなることは仕方ないとして…破棄ではなく、解消としていただくことはできないのでしょうか。

 若い娘にとって婚約を破棄されるというのは大変な瑕疵ですし、アラベラの将来を考えると、やってもいないことで汚点をつけられるのはあまりにも…」


「それなのだが」

 公爵が苦虫を噛み潰したような顔になる。


「これは、今しがた戻った傍系の伯爵からの情報だが、最初は婚約解消を考えていた殿下達に、聖女が異を唱えたという経緯があったらしい。


『彼女達には、何が悪かったかきちんと考えてほしい。

 本当に彼女達のためを思うなら、婚約破棄という厳しい措置をとることで心からの反省を促すべきだと思う。

 それで彼女達が正しい心を取り戻してくれるなら、私はいくら恨まれてもかまわない』


 夜会の席で聖女はそう言ってハラハラと涙を流し、周りはなんと気高く慈悲深いことか、と涙したとか」


「ッ…ふざけたことを」


 グレイソン伯爵が、ギリ、と歯を食いしばる。


「しかしこれでは何を言ってもこちらが悪者にされるのは目に見えていますな。下手に聖女を刺激すれば婚約破棄だけでは済まないかもしれない」


 ウォルコット侯爵が思慮深げに呟いた。


「ご理解いただけてありがたい。

 大切な娘の汚名を今すぐ雪ぐ術がないことは慚愧に堪えないが、今はこの子達の心身を守ることが第一だ。

 この後控えているであろう、ひたすら不愉快な話し合いや事務処理は我々親世代に任せ、娘達には聖女の影響力が強い王都をしばらく離れてもらおうと思うのだが、どうだろうか。

 もしお嬢さん方を預けてくださるなら、当面ヘルガと一緒に公爵領の領主館に滞在できるよう手配しよう。対外的には、娘の転地療養に親しい友人が付き添うということにして」


 この提案に各家も否やは無く、どうせなら騒ぎが大きくなる前にさっさと移動してしまった方が良かろうということで、各自帰宅して旅支度を整えることになった。


 そして明くる日、4人の令嬢は家紋のない馬車でひっそりと公爵領へ発った。


 後日、令嬢達が王都を離れたことを知った聖女は、逃げずにちゃんと罪と向き合って謝ってほしかった、そしたらきっと仲直りできたのにと嘆いてみせ、周囲の同情を誘ったという。

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