03 4人の令嬢の対策会議
「……他の側近候補の婚約者の方たちは、大丈夫なんですかね?」
会話の合間にボソリと呟いたマージョリーの一言にヘルガはハッとなった。
そういえば、ラナと仲良くしている王太子の側近候補はナイジェルだけではない。
騎士団長の息子リチャード・アーバスノット伯爵令息、魔術師団長の息子クリストファー・ボーン侯爵令息、彼らにも婚約者がいたはずだ。
もしかしたら、その令嬢たちも人知れず辛い思いをしているかもしれない。
根っから人の良いヘルガと、根っからお節介なマージョリーは、この日からラナと側近候補の動きに目を配ることにした。
幸か不幸か、ラナの「よくないと思います!」は凄まじくよく通る。
数日と経たないうちに、2人はリチャードの婚約者ダイアナ・グレイソン伯爵令嬢が、リチャードと腕を組んだラナに詰られている場に遭遇した。
この時ダイアナは、ラナの立て板に水の口上に対し、果敢にも「いえ」「私は」「決して」「そのような」と4単語も挟むことに成功していた。
ヘルガとマージョリーは大いに感心し、ラナ達が去った後、こめかみをグリグリしているダイアナに駆け寄って惜しみない賛辞を送った。
別の日、クリストファーとラナに責められ立ちすくむアラベラ・フィンチ子爵令嬢を見つけたのはダイアナだった。
ラナの後姿を見送りながら倒れそうな顔で「……と、通り魔……?」と呟くアラベラを素早く回収し、ダイアナは仲間たちと合流すべく王宮の廊下を急いだ。
※※※※※※※
同じ境遇を通じて親しくなった4人の令嬢は、額を集めて話し合った。
ここまで来れば、流石に自分だけの「考え過ぎ」「気の所為」とは思えない。
何故かはわからないが、ラナの目には彼女達がラナと婚約者達の友情を邪魔する、嫉妬深く意地悪な人間に見えているらしい。
自分の婚約者と異様に距離が近いラナに思うところがないではないが、彼女の言う「睨みつけられた」「無視された」「舌打ちされた」云々は全く身に覚えのない行為である。
にも関わらず、あの大声で「悲しいです」「傷つきました」「でも赦してあげます」と続けられてしまうと、周囲には彼女達が意地悪をしたことが既成事実として捉えられ、悪い噂となって広まってしまうのだ。
実際、婚約者はもとより、最近は他の友人や王宮勤めの人間からも冷たい目を向けられるようになっている。
「…そろそろ本気で洒落にならなくなってきましたね」
「うちも王宮の噂が父の耳に入ったようで、頭ごなしに叱責されてしまいましたわ」
「昨日、どうにかクリストファー様と2人で話す機会があったのですけど、こちらの言うことなど少しも聞いてくださいませんでした…」
「毎日至近距離で聖女様の大声聞いてるから難聴になっちゃったんですよ、きっと」
「またマージョリーはそういうことを…」
「とにかくここまで拗れてしまっては、私達だけで解決するのは困難ですわ。
家の評判にも関わることですし、たとえ信じて貰えなくても家族に一度きちんと説明しておくべきではないかしら」
「それでしたら皆様、公爵邸にいらして、わたくしと一緒に父に話していただけませんこと?
父を説得できたら、皆様のご家族にお話するときに父を同席させることができますわ。
そうすれば、ご家族の方々にわたくし達の話を軽く扱われることもないと思いますの」
「まあ素敵。公爵様にお力添えいただければオーガにバトルアックスですわ!」
令嬢達から話を聞いたマッキンタイア公爵は、事態を軽く見はしなかった。
公平な人物である一方、娘のヘルガを大切に思い、過酷な王太子妃教育に心を痛めてもいた公爵は、聖女よりも寧ろ不誠実な婚約者ロバートの態度に腹を立てた。
そして、王室側に政略といえど婚約者を粗略に扱うことは決して赦されないと奏上するとともに、他家への事情説明役も快く買って出てくれた。
ただ聖女に対しては、直接敵対するような行為をされたわけではない以上、魔獣から公爵領を救って貰った経緯も考えると、あまり強く出ることは憚られた。
結局、お互い何か誤解があるのではないか、こちらとしては聖女への悪意は微塵もないことをご理解いただきたいと意向を伝えるに留まった。
これがどのように解釈されたのか、その後4人の令嬢が王宮で聖女と行き合うと、ラナは怯えた様子で王太子達の背に隠れ、ロバートらはこちらを無言で睨みつけてくるようになった。
そんな姿を見てヘルガ達は余程「そんな風に人を睨みつけるのはよくないと思います!」と言ってやろうかと思ったが、あちらと同じ土俵に乗るのも癪なので、できるだけ礼を尽くしつつ、彼等に変に絡まれないよう、王宮では常に2人以上で行動するように心がけた。
しかし、それでも破局は避けられなかった。
オーガにバトルアックス=鬼に金棒的な意味合いです。