02 聖女と王太子と悪辣婚約者劇場
そこからのヘルガの王太子の婚約者としての日々は苦難の連続だった。
ロバートに会おうとすれば、必ずラナも同席しており、毎回いつの間にかヘルガが非難される流れになってしまう。
ラナと仲良くしようとすれば、「私が聖女だから利用できると思ってるんですね!」と言われ、たまには同席を遠慮して欲しいと頼めば「私嫌われてるんだ…」と泣かれる。
そのくせ、ロバートとラナが接近するのを黙って見ていると、「婚約者なのに全然関心がないなんて、ロバートが可哀想」と責められるのだ。
そして、「私、間違ったこと言ってないよね?」「ヘルガと仲良くなりたいだけなのに」と落ち込むラナをロバートが慰めるまでが1セットとなっていた。
元来、ヘルガはおっとりしていて争いを好まない性格であるが、この毎回繰り広げられる「聖女と王太子と悪辣婚約者劇場」にはほとほと手を焼いた。
誰かに相談しようにも、ラナは救世の乙女と崇められている上、気さくで明るく皆から愛されていて、ヘルガの感じる違和感や気苦労は誰にも分かってもらえそうもない。
王宮付きの侍女にそれとなく愚痴を零してみたが、「考えすぎじゃないですか?きっとお嬢様と仲良くなりたくて、敢えて皆が言いづらいことを言ってくださっているんですよ」と逆に諭されてしまった。
もしかしてわたくしの方がおかしいのかしら…といい加減自分に自信がなくなってきた頃、ヘルガは王宮の廊下で極めて見覚えのある光景に出くわした。
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「ナイジェルと私の仲がいいからって、そんな風に人を睨みつけるのはよくないと思います!」
ヘルガが物陰からこっそり覗くと、宰相の息子ナイジェル・エマーソン侯爵令息と腕を組んだラナが、ナイジェルの婚約者マージョリー・ウォルコット侯爵令嬢に向かって声を張り上げていた。今日も声がデカい。
ラナの一方的な糾弾をマージョリーはどう思っているのか、彼女は無の表情で微動だにしないので伺い知ることはできない。
やがてラナとナイジェルは仲睦まじげに腕を組んだまま立ち去り、ヘルガが棒立ちのマージョリーに声をかけようと背後から近づいたところ、マージョリーがすう、と息を吸い込んだ。
「……ぬあぁぁんじゃ、ありゃああぁ〜!」
令嬢の口から飛び出した思いがけない重低音の雄叫びにヘルガは思わず仰け反ったが、勇気をふるって肩で息をしているマージョリーに話しかけた。
そして、淑女らしからぬ振る舞いを見られて慌てふためく彼女を落ち着かせ、自らの事情を打ち明けたのだった。
こうして、密かに「誰も分かってくれないけどここが変だよ聖女ラナの会」が発足した。
2人は折に触れて情報を交換し、愚痴をこぼしたり対策を話し合ったりしたが、聖女との関係は相変わらずで、婚約者とも険悪になるばかりであった。
それでも、たった一人でも理解者がいてくれることは、お互いに大きな救いとなった。