18 熊祭りの夜
令嬢熊より頭一つ大きい公爵熊は、堂々たる体躯に見事な毛皮を蓄え、ひしめく熊たちの中にあってもひときわ目を引くグリズリーっぷりを見せている。
もはや今日の夜会が荒れる予感しかしないナイジェルだが、ここで回れ右をして逃げ出すわけにもいかず、泣く泣く公爵熊に挨拶に向かった。
「ご、ご無沙汰いたしております、公爵閣下……」
「ゴアッ!!」
「ぎゃあっ!」
「おや間違えた。『話す』と『吠える』の操作がちょっと紛らわしくてねハッハッハ。
久しぶりだな、エマーソン侯爵令息。それにマージョリー、今夜は一段と美しい毛並みだね」
「まあ、ありがとうございます公爵様!
でも、公爵様の素晴らしさには敵いませんわ……やはり雄の成獣の迫力と艶のある豊かな毛並みは別格ですわね……
あの、差し支えなければハグをお願いしても宜しいでしょうか?」
「いいとも」
「えっ、ズルいですマージョリー!私だって公爵様の毛ヅヤにときめいておりましたのに、はしたないかと思って我慢してましたのよ!公爵様、私もハグしてくださいませ!」
「わ、私もハグして欲しいです!」
「お父さまったら、そんなに鼻ヅラの下を伸ばして……ハグなら娘のわたくしが一番最初に決まっているでしょう?」
「いやあ参ったな。この歳でこんなに若い娘さん達に迫られる日がくるとは。どうかねエマーソン侯爵令息。君たちにもしてあげようか?マッキンタイア公爵謹製ベアハグ」
「……いえ…………私達はダイジョウブデス…………」
両腕を広げた公爵熊の笑顔?に命の危険を感じた元婚約者達は、後退りしながら蚊の鳴くような声で固辞するしかなかった。
※※※※※
3人の王太子側近と5頭の熊が揃って王宮のホールに姿を現すと、会場は軽い恐慌状態に陥った。
倒れそうになる御婦人、逃げ出そうとする紳士方に混じって、目を輝かせて熊たちに走り寄る令嬢・令息達もいる。
それらの令嬢・令息の多くが、同じ「熊の足跡に鎖をあしらったエンブレム」を身につけていた。
「本当に着ていらっしゃったんですね!」
「これが噂に聞いていた『まんま熊・マークII』ですか……凄い技術だ」
「こちらのご立派な熊様は……まあ、公爵閣下ですの?!なんという見事な毛並みでしょう」
「あの、後学のためにほんの少しだけ触らせていただいても宜しいでしょうか?」
モフモフモフモフ。
その様子を見て、どうやら安全そうだと判断した貴族達がこわごわ近づいてくる。
その間にコソコソと熊の群れから離れ、王太子夫妻のもとに戻った側近達は、熊より凄い形相のラナに迎えられて縮み上がった。
※※※※※※※
会の初っ端から、プログラムは混乱した。
「久しぶりに夜会に姿を現した(姿は現れていないが)、マッキンタイア公爵への挨拶」という名目の、ベアハグ待ちの列が途切れないのだ。
ついに、「夜会の終了後、希望者には公爵とのふれあいタイムを設ける」とし、整理券を配ることで、どうにか聖女を讃える歌のお披露目まで漕ぎ着けることができた。
次々と壇上に登場しては天使のような歌声を披露する「聖女の声を持つ乙女」たちが、客席後方に陣取る熊の一団を見て肝を潰したとしても、日頃の鍛錬の賜物か、声が裏返ったり音を外すようなことはなかった。
可憐な乙女達が会場に漂う「熊感」を拭い去りながら、美しい歌でひたすら聖女を讃美するにつれて、王太子妃のご機嫌もどうにか持ち直し、王太子と側近達は胸を撫で下ろす。
歌の発表が終わり、音楽院関係者からの聖女の支援への感謝の言葉が続き、最後に聖女が乙女達に労いの言葉をかけて、会は終わりになるはずだった。
しかし、最後の挨拶に入る前、ラナはいかにも今思いついた、というように手を打ち合わせてみせた。
「今日はとっても素敵な歌をたっくさん聴けて楽しかったわ!みんなも私のために集まってくれてありがとう。
そうだわ!折角だから、今日来てくださったお客様の中から、余興でどなたかにここで歌ってもらおうかしら?
ええっと誰に頼もうかな……あ、マージョリー!聞いたわよ、貴女、歌が大好きらしいじゃない!是非ここに上がって、自慢の喉を聴かせてくれない?」
会場の視線が集中して、マージョリー熊は面食らった。
お前バラしやがったのか、とナイジェルの方を見れば、青ざめた顔で目を逸らされる。
恐らくラナがナイジェルから聞き出したのは、マージョリーが歌好きだという情報だけではないだろう。
今日披露されたような美しく清純なタイプの歌は得意ではないこと、そもそも幼い頃に歌うこと自体禁じられて、今もずっと歌から離れている(とナイジェルは思っている)ことも聞き出しているはずだ。
大方、歌好きと言いながらまるっきり歌えないであろうマージョリーを無理に引っ張り出して品のない歌を歌わせ、聖女の声を持つ乙女達との差をあげつらって、アンチェインド・ベアに恥をかかせてやろうというラナのたくらみであろうが、さて。
ほんの一時黙ってラナの顔を眺めていたマージョリー熊だったが、他の熊達と顔を見合わせておもむろに頷くと、ひょいと立ち上がった。
ニヤニヤしながら壇を降りるラナと入れ違いに登壇し、後ろの楽団と一言二言交わしたマージョリー熊は、銅鑼の奏者から撥を引ったくり、ドジャアーーーンと一つ打ち鳴らす。
〽エンヤーーーーアアアヨオーーーーー
マージョリー熊の鍛え上げられた喉から力強いアルトの掛け声がほとばしり、会場全体に響き渡った。
その勇壮な響きと圧倒的な声量に、観客は思わず息を呑む。
熊が歌うは、ウォルコットの森の狩猟民に古くから伝わる「熊狩りの歌」。
熊への畏怖と狩人達の鼓舞、そして森の恵みへの感謝を、マージョリー熊は朗々と歌い上げる。
その声は高く低く王宮を揺るがし、あまねく人々の心を強く強く打った。
まさに、後の世に「熊祭りの夜」と言い伝えられることになる夜の締めくくりに相応しい、堂々たる歌声であった ――――




