13 熊は股間を蹴り上げる
夜の帳が下り、王宮のホールには優雅なダンス曲が流れ続けている。
ファーストダンスにベアのペアで見事なステップを披露した4人の令嬢は、今は壁の花になっている令嬢達を見つけては積極的にダンスを申し込み、フロアに誘い出していた。
ドレス姿のヘルガとアラベラまでが男性パートにまわり、物慣れない令嬢を優しくリードして踊っている。
特に男装のダイアナは令嬢方に大人気で、ダンスの順番待ちの列ができていた。
「あの、お伺いしたいことがあるんです」
ダンスの終わり際、マージョリーはひとりの令嬢におずおずと声をかけられた。
「ええと、ミラーズ伯爵家のフェリシア様でしたわね。どうなさいました?」
マージョリーが問いかけると、フェリシアは赤くなった。
「不躾に声をかけてしまってすみません。実は、皆様の領地の復興が素晴らしいと旅商人などから聞き及んでおりまして。
ミラーズ領も魔獣の被害が酷かったものですから、皆様にお会いする機会があれば是非お話を聞かせていただきたいとずっと思っていて…」
「そうでしたか。ご令嬢が領地に心を寄せていらっしゃるのは素晴らしいことですわ。
よかったらあちらで座ってゆっくりお話しましょう。
ヘルガは席を外していますね……ダイアナは……あれは来年までかかりそうだわ。アラベラ、ご一緒くださる?こちらのご令嬢がお話したいんですって」
フロアの隅の応接スペースに腰を落ち着けて話を聞いてみれば、フェリシアが領地の状況に心を痛め、自分も何かしたいと強く願っていることがよく分かった。
自然と話に熱が入り、領地の立て直し案について活発に意見を交わしていると、同様に自領の状態に関心の高い令嬢・令息が周囲に集まってきて、いつしか議論に加わり始めた。
マージョリーとアラベラは、皆の熱心さに驚いた。そして、王都ではこんな贅沢な成婚祝賀会が開かれているというのに、王国全体は未だ魔獣の被害から立ち直っていないのかと憂慮の気持ちを強くした。
そこへ、例の大声が響いた。
「ねえ、みんなで何の話をしているの?」
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振り返ると王太子夫妻が腕を組んで立っていた。
令嬢・令息達は慌てて立ち上がり礼をとる。
「魔獣被害が大きかった領地を持つ者同士で、領地の立て直しに関する情報交換をしておりました、王太子妃殿下」
その場を代表して侯爵令嬢のマージョリーが申し述べる。
「なーんだ。そんなことならマージョリーやアラベラなんかに聞くより私達に相談してくれればいいのに!ロバートならきっと力になれますよ!何と言っても王太子なんですから!」
「えっ、ラナ何を…」
焦るロバートに、すかさずマージョリーが言葉を被せる。
「まあ!それは王家から助成がいただけるということですか?良かったですわね皆さん。これで復興の目処が立ちますわ!」
「あ、いや、ハハハ………ラナ、ちょっとこっちへ……」
慌ててラナを引きずっていく王太子を尻目に、マージョリーが声を潜めて言う。
「……あの様子だと、王家から助成があったとしても一時的なものでしょう。
皆様が中長期的な対策をお考えでしたら、今夜のように一緒に案を練ることはできると思いますので、後ほどお手紙をいただけませんか?
ただ、私共の評判が評判ですから、王太子ご夫妻の手前あまり表立って親しげにはせず、お会いする際は直接領地にお招きいただければと思いますの」
その場にいた令嬢・令息は、ラナの後ろ姿を見ながらコックリと頷いた。
そこへダイアナが汗を拭きながら戻って来た。
「やれやれ、踊っても踊ってもご令嬢方が次々と供給されてくる…これほどハードな鍛錬は初めてですわ。
ところで、ヘルガの姿を見ていないんですけれど、何処へ行ったのかどなたかご存知ないですか?」
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その少し前、ヘルガは手を洗いに席を外して会場に戻る途中、見知らぬ令息に声をかけられていた。
「庭園に出ていたら、急に連れ合いの具合が悪くなってしまって…男の私ではわからないこともあるので、申し訳ないのですがご令嬢にご助力願えませんでしょうか?」
「まあそれは大変。すぐに参りましょう」
人のいいヘルガは掃き出し窓から外に飛び出したが、その令息が歪んだ笑みを浮かべたことには気づかなかった。
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「ヘルガ、どこへ行っちゃったんでしょう」
「何だか嫌な予感がします。探しましょう」
ダイアナ達がヘルガを探していると、ある令嬢が、「ヘルガ様がどなたかと庭園を急ぎ足で歩いているところを見かけました」と教えてくれた。
慌てて庭園に出たが、広くて見当がつかない。
キョロキョロしていると、彼方から絹を裂くような悲鳴が聞こえてきた。
声を頼りにたどり着いた先は、背の高い植え込みに囲まれた人目につかない一角だった。
見れば、そこでヘルガとどこぞの令息が2人揃ってピョンピョン跳ねている。
これは一体……?とダイアナ達は困惑したが、ヘルガが頬を上気させ満面の笑みを浮かべているのに対し、令息の方は真っ青で脂汗を浮かべているようだ。
どうやら同じ跳ねているのでも、方向性は大分違っているらしい。
と、ヘルガが嬉しそうに声を上げた。
「騎士団で教えていただいたとおりに上手に出来ましたわ!
こちらのご令息が突然不埒な行為に及ぼうとなさったので、折角の機会ですからご令息のご令息に膝蹴りをお見舞い致しましたの!
いかがでしたかしらご令息、わたくしの蹴り、ちゃんと出来ておりまして?」
「ヘルガ、やられた側に効果を確認するのはやめて差し上げて。
マージョリーも笑うのは大概にして、ご令息に宮廷治療師を呼んできてあげてくださいな。
皆様、こちらは大丈夫ですのでどうか会場にお戻りください」
状況を理解したダイアナが事態の収拾を図り、何ごとかと集まってきた貴族達にも声をかける。
だが、ヘルガはまだ興奮冷めやらぬ様子でウキウキとファイティングポーズをとっている。
「今回は、お相手との距離が近かったから已む無く膝蹴りになってしまいましたけれど、どうせなら得意の左後ろ回し蹴りを披露したかったですわ。そう、こんなふうに……チェストぉ!」
ビュン!とハイキックが空を切り裂いた。
ギャラリーからは「おおおおお!」と感嘆の声があがる。
かくしてこの夜の主役だったはずの「王太子と聖女の結婚」の話題は、「公爵令嬢のカミソリキック」に一瞬で吹き飛ばされ、ヘルガの勇姿は後々まで王国の貴族の間で語り草となったのであった。




