12 熊は夜会を食い荒らす
眩しいシャンデリアの灯りと唖然とする貴族達の中を、アンチェインド・ベアは胸を張って進んだ。
男装したダイアナがヘルガを、同じく男装のマージョリーがアラベラをエスコートしている。
美貌のダイアナが淑女の鑑と呼ばれたヘルガを伴う様は一幅の絵のように美しく、会場のそこかしこから感嘆の溜息が漏れる。
メリハリのきいたボディラインが不思議と男装に合うマージョリーと、手も顔も小作りなアラベラの組み合わせも可愛らしい。
令嬢達が身に纏うのは、シンプルなデザインながら、その場の貴族達がこれまでに見たことのない色合いの紫を基調とした、美しい礼装とドレスである。
これは例の少数民族の技術を使い、森に生息するカイガラムシの一種を✕✕✕して✕✕✕にしたものを更に✕✕✕して抽出した液で染めた布で仕立てたものだが、そのことは今回絶対口にしないよう4人は固く誓い合っている。流石に虫話で夜会失神者数記録を更新するのは願い下げだった。
4人とも宝石らしい宝石も付けず、装飾は白金細工のベルトと、マントやドレスの襞を留める大ぶりの『アンチェインド・ベア』エンブレムのみである。
いっそ質素と言っていいほどの装いだったが、それが逆に虫染め生地の美しさと白金細工の見事さを引き立て、周囲の目を引いた。
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注目の中、アンチェインド・ベアは王太子夫妻のもとに歩を進める。
呆然と立ち尽くす元婚約者達の隙間から、豪華なドレスを覗かせてこちらを見下ろすラナは、心なしか顔色が悪い。
ドレスのピンクに顔色が負けているなあなどと不敬なことを思いながら、ヘルガ達は最敬礼をとった。
「王太子殿下並びに王太子妃殿下、ご成婚誠におめでとうございます。心よりお慶び申し上げます」
ヘルガが代表して祝辞を述べる。
「あ、ああ。久しいな、マッキンタイア公爵令嬢」
幾分きまり悪そうにロバートが応える。
「お久しぶりです皆さん!過去のことは水に流してあげますから、これからは仲良くしましょうね!
でもビックリです!女の子同士でパートナーになるなんて!皆さん素敵で家柄もいいのに、男の方からのエスコートの申し込みは一つもなかったんですか?」
被せるようにラナの大きな声が響いた。
会場の注目がアンチェインド・ベアに集まる。
「王太子妃殿下のご厚情を受けて、場違いにも私共のようなものがこのようなおめでたい場に参じる名誉に浴しましたけれども、流石に私共をエスコートしたいなんていう奇矯な殿方はこの王都にはいらっしゃいませんわ」
「家族に迷惑をかけるのも心苦しいですし、それならいっそのこと嫌われ者の余りもの同士、ペアを組むのが面倒がなくて宜しいかと思いましたの」
ダイアナとマージョリーがあっけらかんと笑う。
思わぬ反応にラナは戸惑った様子で黙り込んだ。
そこへヘルガが内緒話でもするように声をひそめる。
「正直に申し上げて、これほど完璧なエスコートは生まれて初めてですわ。繊細で優しくて、乱暴なところなど一つもなくて。やっぱり女同士だとお互い心配りが行き届きますのね。何だか癖になりそうです」
暗に過去のエスコートを貶された形の元婚約者ロバートの頬が引きつる。
「私も、こんなに美しく着飾ったヘルガを一番近くで観られるなんて凄い役得だと思いますわ。こうして腕を組んでいると、柔らかいし、何だかいい匂いもするし…」
「もう、ダイアナったら」
2人が微笑み合って顔を寄せると、後ろの貴族令嬢達から黄色い悲鳴があがった。
「着飾るといいますけど、その割に随分シンプルな格好ですよね!その紫色はちょっときれいだけど、アクセサリーも無くて金属の襞止めだけとか…最近は領地の方もお金がなくて大変なんでしょうけど!」
ラナが勢いを取り戻して攻勢に出たが、その指摘にむしろ目を輝かせたのはアラベラだった。
「まあ!お目に留まったようで嬉しいです。この紫色の染め物と白金細工は、私共の領地で試作中の新名産候補なんですの。
ご心配頂いている通り、今はとにかく設備投資先行で皆カツカツですから、悪評でも何でも私達が注目されているうちに、せいぜい宣伝させていただこうと思いまして!」
地味で大人しい、と思っていた元婚約者の明るい笑顔に、ラナの後ろでクリストファーが目を丸くする。
「そ、そうか。まあ楽しんでいってくれ」
令嬢達の勢いに押され、たじたじとロバートが答えたタイミングで、ヘルガの腹が盛大に「ぐう」と鳴った。
「こ、公爵令嬢?!」
「アラごめんあそばせ」
「申し訳ありません王太子殿下。ヘルガったら久しぶりの王宮の料理が楽しみすぎて、昼食を抜いてこの夜に備えていたものですから」
「ええー、はしたなーい」
「お詫びいたしますわ王太子妃殿下。とは言え、多少はしたなくても評判が下がることを気にしなくていいのは、これ以上評判の下がりようがない私共の特権ですわねオホホホホ。
ではヘルガが飢え死にしないうちに御前失礼いたします」
息を呑んで成り行きを見守っている貴族達を余所に、アンチェインド・ベアはいそいそと料理の並んだ一角へ向かい、丁度テーブルの様子を見に来ていた王宮料理長に明るく声をかけた。
「あらアルバート、お元気でした?」
「これはこれはヘルガ様、お友達の皆様もお久しゅうございます」
「相変わらず、見た目にも美しい料理ですのね、お見事ですわ。今日の料理長のオススメを伺っても?」
「こちらなど如何でしょう。宜しければお取りしますが」
「まあご親切に……うーん、流石アルバート!わたくし達が王都を離れてから更に腕を上げましたのね」
「この味のためなら、気まずいのを我慢して王宮に来る価値はありますわ。気はまずくても口は美味しい〜」
「本当に美味しいです!アルバートさん、結婚してください!」
「エエッ!いけませんご令嬢、あたしには女房も子どもも……」
「じゃあアルバートの奥様と結婚します!そしたらセットでアルバートもついてきますよね?」
「えええ…そ、そんな斬新な……」
こちらなどお構いなしに盛り上がる4人の令嬢と、その様子から目を離せない元婚約者達、思う存分食べる4人を羨ましげにチラチラ見ている貴族令嬢の姿に、王太子妃ラナは「……何なのよぅ……」と唇を噛んだ。




