10 熊は領地をのし歩く
己を熊と思い定めた令嬢達は、もう立ち止まりはしなかった。
次々と領地を回り、興味の赴くままに行動し、それが人々の暮らしに役立つよう尽力する。
時には、仲間のやりたいことに付き合ううちに、思いがけないメンバーに才能が花開いたりもした。
フィンチ領では、採掘量はあるものの加工が難しくて活用が進んでいなかった白金に目をつけた。
そして、マージョリーが国外の文献から白金の加工に関する研究資料を見つけ出し、ダイアナがグレイソン家お抱えの武具職人を指導役として呼び寄せることで、フィンチ領独自の加工技術の確立に寄与することができた。
出来たての小さな宝飾品工房の最初の仕事は、ダイアナが密かに依頼した、彼女自身のデザインによる『熊の足跡に鎖をあしらったエンブレム』を4つ作ることだった。
出来上がったエンブレムは、熊と鎖という武骨なモチーフながらも繊細に仕上げられており、ダイアナは職人達に心から礼を言うと、少し照れながらヘルガ達に作品を手渡した。
「私達にも、旗印のようなものがあればと思って作ってもらったんです。
ここに浮き彫りで文字が入れてあるでしょう?『アンチェインド・ベア(繋がれない熊)』と……これが私達のことですわ」
ヘルガ達はその意匠と出来栄えの見事さにいたく感動した。それから4人の令嬢は常にエンブレムを身につけるようになり、『アンチェインド・ベア』は彼女達のトレードマークになった。
次に訪れたグレイソン領では、領地改革の合間にグレイソン騎士団の精鋭達から本格的な護身術の手ほどきを受けた。
熊たるもの、いざという時の用心のために身につけておいて損はないだろう、くらいの気持ちで始めたことだったが、先立ってグレイソン式体力づくりに励んでいたこともあって皆習得が早く、中でもヘルガは適性があったのかグングン上達した。
特に蹴り技の切れ味は手練の騎士団長も驚くほどで、「公爵令嬢のカミソリキック」は騎士団の中で知らぬ者はないくらい有名になった。
ウォルコット領には広大な森林地帯があり、そこは珍しい昆虫の宝庫だった。
マッキンタイア領の養蜂場での経験を経て、すっかり虫が平気になった令嬢達は、毎日のように森に入ってアラベラの昆虫採集を手伝いながら、「マルハナバチのお尻がフワモコでつらい。撫でたい」「シオヤアブ最強過ぎん?」「スグリゾウムシの顔面可愛いんですけど!」とマニアックな虫話で盛り上がった。
ウォルコットの森には独自の生活文化を持つ少数民族も暮らしており、たまたま森で怪我をした少数民族の子どもの手当てをしたことで、アンチェインド・ベアは彼らとも親しくなった。
アラベラは彼らが持つ「虫を染料とする染物技術」に大興奮して染師の家に入り浸り、マージョリーは彼らの狩猟文化に根差した勇猛な歌の数々に魅了され、森一番の歌い手にちゃっかり弟子入りしてしまった。
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領地から領地へ渡り歩くうちに、月日は経ち季節は巡り、あの断罪の夜から早一年が経とうとしていた。
その間一度も王都に戻ることなく、アンチェインド・ベアは働き続けた。
それぞれの家門の当主は、一向に社交界に戻る目処が立たない娘の将来を心配したが、自領を視察する度にどんどん元気になっていく娘と領地の姿を見て、当分の間は本人の好きなようにさせてもよかろうと思い直した。
実際この1年をかけて、令嬢達は自ら行動することで領民から愛されるようになっていた。
今や4つの領地で『アンチェインド・ベア』の名を知らぬ者はなく、新しい施設のマークや店の看板に熊の足跡と鎖のデザインを入れさせてほしいと頼まれることも一度や二度ではなかった。
わざわざ口には出さないものの、もうずっと領地巡りでもいいかなーという空気が彼女達の間に漂い始めていたある日、王都の邸宅から令嬢達に王家の紋章が入った書簡が転送されてきた。
それは、王太子ロバート・ランカスターと、救世の乙女ラナの成婚を祝賀する夜会への招待状であった。




