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プロローグ 全員完全婚約破棄

「ついに私達全員完全婚約破棄されてしまいましたわね」


 王都から馬車で3日ほどの距離にある自然豊かなマッキンタイア公爵領。賑やかな市場町から少し離れた郊外に位置する領主館は、大きな湖を背景に落ち着いた佇まいを見せている。


 ひと月ほど前から、この公爵家のカントリーハウスに同じ年頃の4人の貴族令嬢が逗留していた。


 18歳になるヘルガ・マッキンタイア公爵令嬢と、彼女の招待を受けた3人の友人達。

 領主であるヘルガの父や他の家族は王都の邸宅に居るので、ここには彼女らと領地の管理人、それに領主館付きの使用人だけだ。


 庭園の一角に設えられたお茶の席で、ため息交じりに「全員完全婚約破棄」なるパワーワードをぶっぱなしたのは、ヘルガの客のひとりのダイアナ・グレイソン伯爵令嬢。スラリとした長身に、白磁のような肌を持つ美女である。


 むくつけき武人揃いのグレイソン家に間違って舞い降りた白鳥、とも称されるこの佳人の蒼い目は、テーブルを挟んで座る友人、アラベラ・フィンチ子爵令嬢の小さな手に痛ましげに向けられている。

 そこには今朝届いたばかりのアラベラの両親からの手紙があり、婚約破棄に関する手続きの一切が片付いた旨が、娘の健康を心配する言葉とともに綴られていた。


「すみません、前からわかっていたことなのに…もうこれで終わり、と改めて突きつけられると、つくづく自分が情けなく思えて」


 栗色の巻き毛が愛らしく、どこか小動物のような雰囲気を持つアラベラの目から、こらえきれなかった涙がひと粒、ポロリと溢れる。


 彼女は子爵家の出であるにもかかわらず、豊富な魔力を見込まれて、魔術師の名門ボーン侯爵家嫡男の婚約者に望まれた。フィンチ家にしてみればとんでもない玉の輿だっただけに、婚約が破棄されたことはアラベラの実家にとっても大打撃だったのだ。


「今ここにはわたくし達だけ。泣きたいときは泣いてよろしいのよ。このことでフィンチ家が不当に扱われることがないよう、父が必ず守ると申しておりましたから心配しないで」


 微かに慄えるアラベラの手に、ヘルガがそっと手を重ねる。


 洗練された立ち居振る舞いと温かな人柄から公爵家の花と謳われ、いずれ理想の王太子妃になるであろうことを誰もが疑っていなかったヘルガもまた、王太子その人に婚約を破棄されたばかりの身であった。


 そして、その光景を前に、先程から何やら思案に暮れているのはウォルコット侯爵家のマージョリー。


 キビキビした物言いと勝ち気そうな大きな瞳が印象的な彼女は、知人の間では博識で冷静な淑女で通っているが、その仮面の下に、実はかなり素っ頓狂な性格が隠れていることを他の3人はここ1か月の共同生活の中で学んでいた。


 テーブルを囲む暗い空気に気づいたのか、マージョリーはふいに顔を上げると厳かに宣言した。


「確かに、一番手続きが長引いていたアラベラの婚約破棄が成立して、私達は『全員完全婚約破棄』された身になりましたわ。

 でも、少なくとも私に関して言えば、『1人の婚約者を失った』代わりに、皆様という『3人の素晴らしい親友を得られた』と思っておりますの。

 つまり、これはもう『差し引き2人分の黒字』と考えてよろしいのではないでしょうか?」


 大真面目な顔で奇天烈な計算式を披露した彼女に、ヘルガとダイアナは吹き出し、涙の乾いていないアラベラも思わず微笑みを浮かべたのだった。



※※※※※※※



 4人の令嬢は、元々それほど親しい間柄ではなかった。


 しかし、図らずも同時期に同じすったもんだに巻き込まれ、同じタイミングで婚約破棄を宣言されてしまったことで、彼女達が自然と身を寄せ合い、友情を深めるようになったのは無理からぬことであった。


 王太子から婚約破棄された公爵令嬢ヘルガ・マッキンタイア。


 宰相の息子から婚約破棄された侯爵令嬢マージョリー・ウォルコット。


 王宮騎士団長の息子から婚約破棄された伯爵令嬢ダイアナ・グレイソン。


 王宮魔術師団長の息子から婚約破棄された子爵令嬢アラベラ・フィンチ。


 それぞれ立場や想いは違えども、彼女達の婚約破棄の原因は同じ、たった一人の「救世の乙女」にあったのだから。


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