『忘却の都市』自己紹介と違和感
彼は食事を進めながら、ふと思い出したように口を開いた。
「そういや、ちゃんと自己紹介してなかったよな。」
俺はフォークを置き、軽く目線を向ける。
「俺の名前は早川悠人、まあ見ての通り普通のやつだよ。」
悠人は軽く笑いながら続けた。
「もともと地方の出身でさ、親がそこそこ厳しくて。普通に進学、勉強して……で、いろいろあってなんとか念願のこの都市に来れたってわけ。」
彼の言葉は軽いが、流れるように生い立ちが語られる。
特に違和感もない、どこにでもありそうな話だ。
そして、悠人は俺に視線を向けた。
「今更だけどそういや名前はなんて言うの?」
その瞬間。
なぜか俺は言葉を探した。
当たり前に出てくる言葉がすんなり出てこない。
やや間をあけて名前を名乗る。
「霧崎……凛」
その言葉を聞いて、悠人はうなずく。
「霧崎凛か。めっちゃカッコいい名前だな。ちょっとダークっぽくてピッタリな名前だよ。」
そんな冗談を言いながら悠人は続ける。
「霧崎はどこ出身なんだ?」
再びなぜか俺は返答に詰まる。
しかし、答えがすぐには出てこなかった。
昨日のはずだ、ここに来たのは。
では、その前はどこにいた?
脳の奥を探るように考える。
しかし、霧がかったように、はっきりしない。
「……まあ、地方だよ。」
言葉を発した瞬間、自分でも違和感を覚えた。
悠人は特に気にする様子もなく、「へえ、俺と同じか」と軽く笑った。
そして、話は自然と家族のことへと流れていく。
「俺の両親はまだ地方にいてさ。最近はあんまり連絡はとってないけど、多分元気にやってるんじゃないかな。」
悠人は何気なく語り、続けて尋ねた。
「霧崎の家族は?」
今度は先程の違和感と合わせて頭の奥が微かに痛む。
だが、それが何なのかは分からない。
「……いや、一人だ。」
俺は先程と同じくなんとかそう答えながら、首を振り違和感を振り払おうとする。
悠人はしばらく俺を見つめた後、ふと表情を変えた。
「あー......ごめん。初対面の相手に色々とプライベートを詮索しすぎだな。」
軽く謝る悠人。
しかし、俺はそれに対して何も返さず、ただ目線を落とす。
なんとも言えない……沈黙が生まれた。