平民になりたいのなら背中を押しましょう、王子
「貴様との婚約を破棄する!」
今まで表舞台に姿を現すことの無かった王弟様の、お披露目を兼ねた王家主催の夜会。
友人たちとお喋りに花を咲かせていたところに、王子と取り巻きの令息数人が無粋にもその花を踏み荒らしに来た。側近ではなく取り巻きって辺りが、この王子の程度を示している。
私は「うわ、来やがった」「めんどくさ」と友人達と一瞬目配せし、ゆっくりと王子たちに向き直る。それが気に食わなかったらしく、王子は私の挨拶を舌打ちで遮った。
子どもか。いえ、子どものほうがまだ分別がついているわ。
「……それで、婚約を破棄、とのことですが」
「ああ、そうだ! 父上にはもう話を通して許可ももらった」
はいはい。でしょうね。
けれど何故許可を得られたのか、それは深く考えなかったらしい。その場で理由を訊いていたら私との婚約を破棄するなんて、この頭の中お花畑の連中でも思わないだろうから。
「そうですか」
「なんだ、理由を訊かないのか」
「もう存じておりますので」
「そうか。ならば他にも言うことがあるだろう」
「……、わたくしからは、特には」
陛下がこの後詳しくお話になるでしょう、と思って首を横に振れば、王子の後ろに控えていた取り巻き達が
「彼女に謝れ!」と言ってある少女を王子の隣に立たせる。
平民から子爵の娘になった愛らしい顔つきのその少女は、その奔放な性格と娼婦の母親仕込みの言動で数多の令息を落としていき、ついには王子まで毒牙にかかった。
うるうると瞳を濡らした今にも泣きそうな顔で庇護欲を誘い、腕にしがみついて豊満な胸を押し付けて性欲を煽る。
籠絡された王子は鼻の下がだらしなく伸ばし、毒牙にかからなかった令息と令嬢がそれを冷ややかな目で見る。いつもの光景ね。
政略で結ばれた関係、しかも性格の相性が悪かったせいで、王子に対する愛情は全く無い。とはいえ一応婚約者だったから私は、ほぼ毎日のようにこの少女に当たり前のことを注意していたけれど、それを『私の嫉妬』だと勘違いしたこの花畑コンビはますます燃え上がって、この様だ。
まあ、それも今夜で終わり。
「何に対する謝罪でしょうか? これまでのことについてでしたら、自業自得かと」
「訳のわからないことを言って誤魔化すな! お前とその取り巻きが毎日のように醜い嫉妬で彼女を責め立てたと聞いている! 可哀想に……そのせいで貴族の女に対する恐怖心が芽生えて、私たちとしかいられなくなって同性の友人ができないのだと泣いていたんだぞ!」
あら、すごい。男性とだけ過ごしたいがためにそんな嘘を吐くなんて。しかもそれなりに理屈が通っているから驚き。
けれど。
「なにか問題がありまして?」
私はわざとらしく小首を傾げた。
取り巻きと言われた友人たちも私の後ろで小さく頷いている。
「……なに? 問題しかないだろう! 将来の王妃や国を担う高位の令嬢が、嫉妬などという下らない私情を挟んで下の者を虐げたんだぞ! そのような悪辣な者など王となる私に相応しくないから婚約を破棄したんだ! なのになんだお前のその態度は!」
怒鳴るしかできないのかしらね、この人は。
それ、ともすればパワハラよ。
「わたくしたちは常識を説いていただけです。それに、常時あなたがたの誰かといたのですから本当に孤立していたわけでもないでしょう。……そういえば、彼女のいたクラスには特待生として入った平民の女子生徒もいらしたのでは? まさかその方も恐ろしかったと?」
「だ、だって……私以外の女子はみんな……あなたたちの味方だったから……」
そうだそうだと王子と取り巻きは同意しているが、私の味方なのは当然だろう。
彼女は人気のある見目の良い令息や婚約者のいる令息をあからさまに狙って話しかけていたから。今のように、馴れ馴れしい口調で。
しかも注意したときの言い訳が——
「この学校では身分は関係ないでしょう? それに、このくらいの接触は平民だったら普通です」
「……は?」
面食らった間抜け面の王子でも聞き覚えがあったらしく、なに言ってんだこいつ、って目で私を睨んできた。
「彼女がよくそう言ってあなたや令息方に気軽にお声をかけて、直接腕や手などに触れたりしていたでしょう?」
「それがどうした! 慣れない貴族生活のなかで、周囲と親しくしようと彼女は勇気を出して我々に声をかけていただけだろ。触れていたのだって、親しくしようとしたからであって、そこに他意や下心があるはずがない!」
他意や下心があるはずない、ときた!
確かにそれが一回や二回くらいで注意して止めるなら、他意も下心も無いのでしょうけど、彼女の場合は止めるどころか「平民なら普通」だと言って無視していた時点で意図的だったとわかっている。
それに。
「本当に親しくなりたいからだったとして、その心意気は悪くはありませんわ。本来でしたら下の者から上の者に声をかけるのは有り得ませんが、学内ではお目こぼしがありますから。わたくしが言いたいのは、彼女の言動です」
「だから」
「身分は関係ない。平民だったら普通。そう言って彼女は、養子入りする前と変わらぬ——平民の言動で皆様と接していた。
つまり彼女は、貴族や、あろうことか王族であるあなたまで、平民と同等に見ていたということになりません?」
「え、そ、そんなこと……!」
さすがに言葉の意味を理解した少女が否定の声をあげたけど 何度注意しても「平民だったらこのくらいは普通ですよぉ」って甘ったるい声で男子にべたべたしていたのをここにいる全員が目撃している。
「ではどういった意味で仰っていたのですか?」
そう訊いても彼女は言葉を濁して戸惑って明確に答えない。視線が溺れているんじゃないかってくらい泳ぎまくっているわね。
自分のことを元平民だとへりくだったのだとでも言えば、この場ではそれなりに納得できる反論になるのに、彼女はそれをしない。言動を咎められれば平民だと普通だと言いながら、その実、平民から貴族になったという優越感があるからだ。
でも彼女をよく知らない親世代の方々は「本当に王族を平民と同等に扱っていたのか」「そもそも王族は我々一般貴族とも同等に接する方ではないのに」と囁いている。
少女に王族を見下す意図が本当に無かったことはわかっているけど、私が彼女を擁護するわけないでしょう。
では彼女に、必死にしがみついているその貴族について、改めて話しましょうか。
「貴族は同性であってもむやみやたらと触れ合ったりはしません。異性とは尚更です。そして貴族なら特に恋人や婚約者がいる方に、周囲の誤解を招くような接触をするなどもってのほかです。それに、他者に対して礼節を持って接する。この辺りは平民でも変わらないと思うのですが?」
貴族、を強調して言うと面白いくらい彼女たちの顔色が変わる。
これは私や友人たちがずっとあなたたちに説いていた常識で、嫉妬から言っているのだと都合よく解釈していたことだけど、ここでやっと内容も意図も理解してもらえたなんて、皮肉ね。
彼女のクラスにいた平民の女子生徒は当然常識的で、マナーはぎこちなかったが、それでも貴族の令息令嬢には好意的に受け入れられていた。今も会場の端の方で友人たちと一緒にこちらを窺っている。
ちゃんと礼節を持って接すれば、平民であっても、貴族から冷遇されることはまずない。将来有望な平民の生徒を守るため、学内にはそういう不文律が存在している。それに令息や令嬢にとっても平民の声を聞ける貴重な機会でもある。
にもかかわらず、彼女が令嬢や一部の令息から敬遠されていたのは、貴族の生活やクラスに馴染む努力もしないうえに、相手を敬わなかったから。
しかも、それを良くないことだと諌められると彼女は、その相手より立場が上の令息に「あの人こわい」と泣きつく。籠絡済みのそいつは彼女を庇って注意した側を詰る。その繰り返しで出来上がったのが「王族すら平民扱いする元平民」というわけ。
その事実に気付かずに彼女の「平民と同等の扱い」を受け入れていたことを思い知った馬鹿たちは、まだ呆然としている。王子と取り巻きだけかと思えば、所々に複雑そうな顔をした令息がいるから、そっち側に戻ったけどそういえばお前らもだったな、と吹き出しそうになってしまった。
ついでだから、とどめをさしておこう。
「お声をかけるのは学内でしたら構いませんが、それでも礼節をもって接してください。お相手がいる方とは距離を取って接してください、と。平民と同等の扱いをされることに抵抗のある貴族の方々は、再三彼女にそう常識を説きましたが、王族であるあなたが彼女の平民扱いを受け入れてしまっていたからか聞き入れてもらえず。そうなると距離を置くしかありませんでした。平民と同等に扱われたくありませんし。あなたがたには私たちが彼女に対して教えていたのが虐げていたように、距離を置いたことが疎んでいたように見えたのですね。けれど陛下は、逆に感銘を受けておられましたよ」
「ち、父上、が……」
感銘ときいて王子と取り巻き達の顔色が良くなった。
落とすなら少しでも高いところからの方が楽しいと、そう決まっている。
「ええ。わたくしが『殿下はわたくしたちの進言には耳を塞がれますが、元平民の子爵令嬢に平民扱いされてもそれを許す寛大なお心を持っておられます』とご報告したところ、ならば大丈夫だろう、と安心されたように廃嫡の手続きをされていました」
「廃、嫡……? 誰の……」
「もちろん、あなたのです。陛下もあなたが一人で生活できるよう最初は一代限りの爵位と領地を与えようとされていましたが、そのような寛大な心を持っているなら、と平民とともに生活できるようにされたそうです。そちらのご友人がたもご一緒ですから、安心でしょう」
「は……? 我々、も?」
まさか飛び火しないだろうと思っていたのか、取り巻きたちが慌てる。
逃がすはずがないでしょう?
「皆様は元婚約者の方々からそれぞれのご家族にお話しされたそうです。殿下に感化されたのだろうと、陛下とご一緒に廃嫡の手続きをされていましたわ。それに彼女も。子爵が『貴族の生活に馴染めないままではこの先辛いだろう』と仰って、昨日付けで養子から外されたそうです。良かったですね、貴族になっても忘れられなかった平民の生活に戻れますよ」
「え、待って、嘘でしょう?!」
私は敢えて黙って微笑んでみせた。
全員顔を真っ青にして座り込む。
こんなお祝いの場で、そんなだらしないことをするなんて、本当に貴族らしからぬ人達だわ。
「そうだ! そうだった! 婚約破棄は撤回する!」
いや、王子はまだ元気だった。
立ち上がったかと思うと、そのまま私のそばに駆け寄ろうとする。
近くにいた騎士が止めに入ろうとしたけど、私の方が先に持っていた扇を向けて牽制したため、王子は一歩前に出た状態で止まった。
「それは叶いません」
「何故だ!」
「あなたが既に王族ではないからです。今夜の夜会は貴族しか参加できないのですが、陛下と王弟様の慈悲で——」
「そんな……! お前と婚約していたから、私は時期国王だったのだろう? なら……」
今それを思い出したの。まあ、いくつか訂正しなければならないけど、概ね事実。
もっと早く思い出していたら、こんなことにはならなかったのに。残念でしたわね。
「どのように記憶されているかわかりませんが、私は『次期国王の伴侶』というだけで私との婚約は『国王に確定している』証ではありませんよ」
そう。
私が『次期王妃』に確定しているだけ。婚姻する相手は変わることがあるという前提で、幼い頃から妃教育を受けていた。
相手が『次期国王』であれば、例え父親と同じ年の方でも、ずっと年下の方でも、私は生涯支えなければならない。
それが、狂王であっても、愚王であっても。
愛する人から、憎い相手にすげ変わっても。
まあ、今の婚約者のあの方は結構年上だけど、素敵な方だ。
「そうそう。そうでした。婚約破棄と仰っていましたけど、既にあなたとの婚約は解消され新しく結ばれているので、どちらにしても撤回は叶いません」
「は……お前! 浮気していたのか!」
「どうしてそうなるのですか。あなたが『次期国王』から外れたから、次に継承権を持っていた方との婚約が結ばれただけですが」
相手にするのが面倒になってきたせいで、口調が雑になっていた。危ない危ない。
「その男と共謀して、こんな茶番を仕組んだんだろ!」
「いや、茶番を仕組んだのはお前の方だろう」
「叔父上?!」
まさに今心の中で突っ込んだ台詞と同じことを半笑いで言ったのは、現国王の年の離れた弟。目元が特に似た顔は、市政で疲れたお顔の国王より少し若くて、溌剌としている。王子にも似ているけど、滲み出る知性と色気は別格だ。
「甥っ子が私の婚約者を困らせていると聞いてな、心配になって飛んできてしまった」
本日の主役でもあり、私の婚約者でもある。
「叔父上の、婚約者……まさか、叔父上が、待ってください! 叔父上は継承権を放棄したのでは?!」
「放棄したが、無効にはされていなかったんだ。だが、誰かさんが平民になりたいってことで、兄上たちに説得されてな。まあ、兄上もまだまだお元気だから、俺が即位するのは爺になってからかもな」
「あら、陛下は早々に王位を譲って王妃様と過ごしたいと仰っていましたよ」
「お二人は政略結婚なのに、お互いに惚れ込んで仲が良いからな。今から二人目って可能性もあるが……そうしたらその子に君を譲らなければならないのか」
惜しいなと、まるで獲物を見るような強い眼差しで見据えながら、リップ音を立てて私の手の甲に唇を落とす。その様子に、私の友人も周囲で見ていた令嬢も小さく声を上げた。
呆然としていた王子が復活してすぐに「これは叔父上の策略だ!」と騒ぎ始めた。だが、取り巻きも元平民の少女もそれに追従する元気は失っていて、一人で喚く姿は実に滑稽。
その様子に、王弟が呆れたように溜め息を吐いた。
「仮に策略だとして、だからどうした?」
「へ……?」
散々騒いでいた王子がぴたりと止まって、黙る。可愛がってくれるからと懐いていた叔父が「違う、策略じゃない」と否定するでも思ったのだろうか。
周囲も静まり返って窺っている。
「たった一つしかない、国王の椅子だぞ。次にと回ってきたのが俺だったが、継承権を持っている者はまだいる。王の一人息子だからとそこに黙って座れていたわけじゃなく、お前は兄上や王家を支持している貴族に守られていたんだ。なのに、彼らの進言を無視して他所の女に入れ込んで、その影響で有益な婚約関係を次々破綻させた。それにも気付かず、今度は自分の婚約者でもある筆頭公爵家のご令嬢を蔑ろにし始めた。王位を狙う奴ならそこに付け入ろうと考えるだろうな」
そう。元平民の少女の誑かされた相手から婚約破棄を宣言されたのは、私だけではない。
国益のために結ばれた婚約、両家の将来を見据えて結ばれた婚約、王子の取り巻きたちの婚約、他にも少女に入れ込んだ令息が一方的に解消した婚約、等々。両手では足りないくらいだ。
中には継続を選んだ家もあるが、以前のような利害関係や友好関係に戻ることはない。特に令息側の家は大打撃になった。
高位であればあるほど、元平民に平民扱いされたことにも気付かずに不躾な少女を囲った愚者のレッテルは重く、しかもその行いは未来永劫面白おかしく語り継がれるだろう。
はっきり言って、この世代の汚点だ。
その責任を、貴族として、王族として、取らなければならない。彼らの処遇はこれ故だった。
「あ……」
「言われなければ、思い至りもしなかっただろう。だから継承争いにも負けたんだ、愚かなお前は」
今度こそ心はぽっきりと折れて、王子はその場にへたり込む。
笑えない喜劇から始まった王弟のお披露目は、こうして幕を閉じた。
* * *
夜会の後始末が終わった数日後、私は婚約者となった王弟様と庭の花を愛でながらお茶を楽しんでいる。
あの後、放心状態のまま王子と取り巻きと少女は会場の外に連れていかれ、そのまま用意されていた馬車に乗せられ平民として暮らす家に向かった。あの茶番がなければ夜会で王弟様から婚約の解消と彼らの処遇を伝えて準備する期間を与えるはずだったのだけど、騒ぎを起こして事が大きくなってしまったから早々に処理したようだった。
「あれは、負けたというか、自滅したのでは?」
「どうあれ愛に殉じたんだ。あいつも本望だろう」
本心から思ってないような口調で言い、最後に鼻で笑った王弟様に、私は静かに笑んで返す。
愛に殉じたといえば聞こえが良いな、と思いながら。
「そういえば後から人伝に聞いたのですが、婚約破棄をしても結局わたくしとは婚姻させられると思っていたようで、側妃であっても王の仕事をわたくしに押し付けるつもりだったようです」
「おや。君の治世を見られたかもしれなかったのか。それは惜しいことをした」
「ご冗談を」
まあ、父はその考えも持っていたかもしれない、というのは紅茶と一緒に飲み込んでおく。
宰相である父の発言力は強く、国王も父の言葉にはよく耳を傾ける。
そして我が家はこの国の各方面に強固な繋がりがある。
その娘の私が『王妃』として内定していたのは、我が家が『国王』を守る盾にも剣にもなるからだ。
例え王子が正統な血筋であっても『自分が次期国王に』と考える者は少なくなかった。過去には継承権を持つ者同士の暗殺事件もあり、国王は一人息子だった王子を心配して父に進言されるまま王子の後ろ楯として私を婚約者に据えた。他に勤まる家は、この国には無い。だから公爵家の一人娘であっても私は王家に嫁ぐことが生まれた瞬間から決まっていた。
あのままでいれば、例え女に現を抜かして責務を放棄する愚王であっても玉座に座っていられたのに。
……まあ、そんな未来に堪えられないと考えた私が、王子を玉座から蹴落としたのだけど。
顔合わせの頃から婚約者の私に対する不満を隠さず、態度にも表し、そのくせ「婚約者だから」と面倒を全て私に押し付けて自分では解決どころか何もしない。なのに成果だけを掠め取って自分の手柄にし周囲に威張り散らす。
この先もこんな生活なのかと絶望で限界に達しそうだったとき、王子はあの元平民の少女に夢中になったから、有り難く利用することにした。
もしこちらの苦言に少しでも耳を傾けていたなら恐らく結果は違ったけれど、嫌っている私を排除できる好機だと思っていた彼らは、こちらが予想した以上に手のひらの上で転がってくれた。
「しかし。まさか君もと知ったときは驚いたな」
そう。
王子を玉座から下ろすまでは王弟様と同じ目的だったため、協力して行動していた。共謀だと王子に言われて、否定しなかったのはそういうことだ。
王弟様はあの王子がいずれ国を治めることに不安を覚え、兄である王にもそれとなく再教育や入れ換えを進言したが、しかし良い返事はされなかったという。
理由としては、王の子が王子しかおらず、王の兄弟も王弟様だけだった。他に継承権を持つのは王の従兄弟だったが、彼らとは過去の王位継承問題で仲違いをし、今も折り合いが悪い。そのためどうしても実子に継がせたかったみたいだけど……。
騒動の責任も大きいが、あの少女を王家に入れようとしたことも大きい。子爵家に引き取られたとはいえ平民の、しかも娼婦の子。色合いは似ていたとはいえ本当に子爵の子かもわからない。少し調べればわかるその辺りのことを理解し、王族の血統を重んじ、彼女と子の成さないように処置される愛娼にするとでも言われたなら、放っておいたのに。
あろうことか少女を妃の地位に据える気でいたから、王弟様が継ぐことを条件にようやく王と王妃が重い腰を上げた。
そこからは王弟様は廃嫡後の処遇の話し合いと王子の行動の記録。私は取り巻きの令息の婚約者たちに、条件の良い『次』を紹介する条件で協力してもらい、少女と令息たちが親密になるように動いた。
あんなに上手くいくとは思わず、逆に王子側に嵌められてるのではと勘繰ってしまったけど……。彼らはただの阿呆だった。
こうして継承権はその阿呆から、きちんと会話が成り立ち、かつしっかりと責任を持って仕事をこなす、臣下や国民からも信頼の厚い王弟様に変わった。
「わたくしも高潔ではありませんから。条件の良い方がいらっしゃるならそちらに靡くこともありますわ」
「おや、それはそれは。次の花に飛んでいかぬよう、しっかりと捕まえておかなければいけないな」
差し出された王弟様の手に、私の手を重ねる。一回り大きな手のひらが柔らかく私の手を包んだ。捕まえておかなければ、と言いながらその緩い力は私でも振りほどける。
この婚約も結局は政略で、互いに条件に良い相手が現れればそちらに移ろう。
だけど、王弟様のことは好ましいと私は思っていて、この感情はついぞ王子には抱かなかった。この関係も感情も、悪くはない。
「ええ。しっかり捕まえておいてください」
これから王弟様の視界に入る大輪の花に彼の気を奪われないようにと、私は艶やかに笑んで見せた。