第一章6「白石冬音の策略」
彼女たちと一緒に勉強するとは言ったものの、これではな……。
三藤義弘の部屋は散らかっていた。
これは、勉強に夢中になりすぎて、私生活が疎かになっていた何よりの証だ……。
すると、僕の部屋を見た白石さんが――。
「もうー、こんなに散らかして! まずは勉強する前に、ちゃんと片付けないとだね!」
「ご、ごめん……」
彼女の言うことはド正論だ。
食べ終えたカップ麺がそのまま放置されていたり、空のペットボトルが散乱してたり……。
これは誰が見ても、だらしなくて不衛生だと思うだろう……。
こんな恥ずかしい場面を見られるなら、一緒に勉強するの断っておけばよかったか……?
すると、白石さんが――。
「ここは私が掃除しておくから、義弘君は勉強の準備してて」
「え、いいのか……?」
「いいのいいの!」
「いや、でも……」
「そんなに気を使わないで。ここは全部、私に任せてほしいな」
白石さんは、僕の部屋を掃除したいと主張を曲げない。
何を考えている……?
もしかして、ここぞとばかりに家庭的なことをアピールするつもりか……?
そして、そんな白石さんに月森さんが――。
「冬音っちは意外と頑固だからねー。一度決めたことは、やらないと気が済まないんだね」
「だって、こんなに散らかってたら誰でも気になっちゃうよ。それに――。」
白石さんはそこまで言うと、会話を区切る。
「大好きな義弘君のためだし……」
「ふ、冬音っち……?」
彼女の言葉を聞いて、月森さんも何か思うところがあったみたいだ。
そして――。
「……じゃあ、アタシも頑張っちゃおうかな?」
白石さんと月森さんは、僕が言葉をかける前に、掃除を始めてしまう。
彼女たちの要領の良い働きにより、みるみるうちに部屋が片付いていく。
「ご、ごめん、二人とも……」
僕がそう言う頃には、部屋はすっかり片付いていた。
何だか悪いことをさせたな……。
これは、後で飲み物くらいは奢ってあげないとな……。
すると、二人が――。
「えへへ。良いお嫁さんになれそうでしょ? 私たち!」
「ふ、冬音っちに負けず劣らず、アタシも家庭的でしょ?」
やっぱり二人とも、やけに家庭的なことをアピールしてくる……。
「と、とりあえず助かったよ。良いお嫁さんかどうかは知らないけど……」
僕がそう言うと、白石さんが近づいてきて――。
「風花ちゃんよりも、良い女でしょ……?」
彼女はニヤリと笑いながら、そんなことを言ってくるのだった。
「そ、それは知らない……。ほ、ほら、片付いたのなら早く勉強するぞ……」
「はーい! ふふ、素直じゃないなー、義弘君は」
白石さんは、風花に対して何か対抗心があるのか……?
よく自分と風花を引き合いに出すが、二人は過去に何かあったのだろうか……?
そんな疑問を抱えたまま、僕は教科書を広げる。
こうして、三人で勉強をすることになったが、やっぱり何だか落ち着かないな……。
多分、風花と白石さんのことが、どうしても気になっているのだろう……。
すると、月森さんが――。
「三藤ってさ……。その風花ちゃんって人、まだ好きなの?」
白石さんだけでなく、月森さんにも同じことを訊かれてしまった。
「……もう終わった話だ」
「はぐらかさないでよ」
「どうして、月森さんまで、そんなことを訊いてくる?」
今度は僕が質問をする。
白石さんといい、月森さんといい、どうして僕と風花の関係を掘り返そうとするのだろう……。
すると、月森さんは――。
「……まだ、アタシが入学したばかりの頃にさ、よく勉強教えてくれたよね、三藤?」
僕の質問には答えずに、急に数カ月の話をしてくる。
「た、確かにそうだったな」
月森さんは、同じシェアハウスの同居人だったこともあり、学園でもよく絡んできた。
――ごめん! 授業中に居眠りしてたから、ノート丸写しさせて! てへっ!
授業が終わる度に、月森さんがこんな舐めたことを言ってきたのは、割と記憶に新しい……。
彼女がテニス部のエースだというのは、学内では有名だったが、その分、勉強に関しては全く真逆だった。
「アタシ、小さい頃からテニス一筋で生きてきたから、勉強なんて丸投げしてやるって思ってたんだけど――」
そこで、月森さんは会話を区切った。
「でも、勉強やってて楽しいなって、最近になって気づいたんだよね。……三藤と一緒なら」
「僕と一緒?」
「何でだろうねー。テニスやってても楽しいんだけど……。三藤とする勉強は特別っていうか、生き甲斐って感じ? ……って、何言ってるんだろうね、アタシ! あはははは……」
月森さんは頬を染めながら、ソワソワしている。
彼女が、なぜこんなタイミングでそんな話をしてきたのかは分からないが、何だか嬉しい気分になってしまう……。
すると、今度は白石さんが――。
「要するに……。私たち、風花ちゃんに嫉妬してるの」
「し、嫉妬?」
突然、何を言い出すかと思ったら、何だか物騒な物言いだ……。
「だって、好きな人を取られた気分になっちゃうじゃん。風花ちゃんみたいな人がいたら……」
「いやだから、もう風花とは終わった話で――」
「そうじゃないよ。……風花ちゃんは私のほしい物、全部奪っていったから」
そう口にする白石さんは、どこか怒りをこらえているように見える。
その証拠に――彼女の持つペンが震えていた。
風花が白石さんのほしい物を全部奪っていった、か……。
もしかして、風花と白石さんって、すごく仲が悪かったのか……?
確証があるわけではないが、話を聞いていて、風花と白石さんが睨み合っている図が頭に浮かんでしまったのだ。
だとしたら……。"風花に復讐する"と言っていたのも辻褄が合ってしまう……。
そう思っていると、月森さんが――。
「アタシにできることがあったら、何でも言っちゃってよね! この完璧美少女である紗玖美ちゃんが、オヤツ感覚で解決してあげるよん♡」
あざとくポーズを決めながら、彼女はそんなことを言うのだった。
そして、次に――。
「……風花ちゃんよりも幸せになって"復讐"するんでしょ?」
「な、何で、そのことを月森さんが……」
僕が疑問をぶつけると、答えてくれたのは白石さんだった。
「ふふふ……。もう義弘君の過去は紗玖美ちゃんに話してあるからね? だから、紗玖美ちゃんは"共犯"だよ」
「きょ、共犯……?」
「あー、楽しみだなー。……義弘君が、私たちのこと本物の"彼女"にしてくれるの。そうすれば、風花ちゃんに復讐し放題なのになー」
白石さんの言う"復讐"とは、風花から僕を奪うことなのか……?
それに、"私たち"って……。それじゃまるで、白石さんと月森さんを両方とも彼女にしろって言われているようなニュアンスだ。
だとしたら、どっちにしろ、もう前提から破綻している。
なぜなら、もう僕と風花の関係は終わっているから……。
それでも、白石さんが風花に復讐したいと言うなら、僕は……。
「僕は……。このままでいいのか……?」
そう呟くと、白石さんと月森さんがニヤリと笑った。
そして――。
「今、義弘君。本物の彼女にするのは私たち"二人"だけで良いと思ったでしょ?」
「それ、大きな勘違いだから」
二人は、そんな意味深なことを口にする。
「ど、どういうことだ?」
僕がそう訊くと、白石さんが――。
「風花ちゃんに嫉妬してるのは――"二人だけ"だなんて言ってないからね?」
彼女はそう言うと、クスクスと笑った。
僕が知らない裏で、何かが始まっている……。
そう思ってしまうほど、白石さんの言葉は衝撃的だった。