第一章3「最初の壁」
「三藤義弘君。ちょっといいか?」
「はい、何でしょう?」
授業終わりに、担任である木村先生に呼ばれる。
まだ二十代という若さに、メガネをかけたインテリ系イケメンといった風貌の木村先生。
そんな木村先生と顔を合わせて会話をするのは、結構珍しいことだ。
あまり自分から生徒に話しかけにいく先生ではないからな……。
すると、木村先生は――。
「君、大学の特待生を目指していたね?」
メガネの位置を直しながら、そう口にしてくる。
「はい、そうですが」
「どこの大学かは決まっていないのか?」
「そうですね……。とりあえず、どの大学の特待生にもなれるように、精一杯の努力はしているつもりです」
僕がそう言うと、木村先生は少し驚いた顔をする。
「すごいな……。そこまで自分に自信を持って、勉強に臨むとは。将来が期待できるな」
「僕はこれしか取り柄がないですから……」
自嘲気味に口にすると、木村先生は穏やかに笑った。
「はは、そんなに自分を卑下するな。勉強を自主的にできるってだけで、それは三藤君の最大の武器になる」
「ありがとうございます」
「……で、ここからが本題なんだが」
「本題?」
さっきとは打って変わって、木村先生は少し難しそうな顔をする。
「君の目指す特待生なんだが……。最近、日本全国の大学のレベルが上がってきていてね……。少し狙うのが難しくなっているんだ」
「そうですね……。学力低下を嘆いた日本政府が、挙って学力向上を豪語してますからね」
近年の日本では、学生の学力低下が問題視されていて、より模範的な生徒を養成するために、校則や入試制度を厳しくしている節がある。
「君なら大丈夫だと思うが、どこの大学を目指すにしろ、特待生を目指すには"定期考査で全教科を八割以上"の点数を維持できないと難しいと言われているんだ」
「八割以上、ですか……」
全教科を八割以上の点数……。しかも、それをずっと維持し続けなければならない、か……。
なかなか厳しい壁ではあるが、人生の通過点である以上、泣き寝入りはできない。
すると、木村先生が――。
「私も、できる限りの応援や支援をするよ。君みたいな学生は貴重だからね」
「ありがとうございます!」
「まずは、一学期の中間テストだね……。対策はしているのか?」
「もちろんです」
「なら、心配ないな。八割以上の点数、取れることを祈るよ」
こうして、僕は最初の壁である"中間テスト"の対策を重点的にすることになった。
そして、その一方で――。
「義弘君。中間テストの対策するんだ……。じゃあ、私がなんとかしてあげなくちゃね。うふふふふ……」
僕と木村先生が会話する教室の端で、白石冬音さんが妖しく笑ったのを、僕は知る由もなかった。