第一章2「嵐の前の静けさ」
「いい加減、私と付き合ってよー!」
「いい加減、僕につきまとうなよ!」
三藤義弘にとって、恋愛は邪魔でしかない。
二年前に幼馴染である風花に裏切られ、それから恋をするということが愚行にしか思えないのだ。
「私じゃ、駄目なの……?」
「駄目」
「即答じゃん!?」
しかし、この白石冬音さんという"見た目だけ"は良い女の子……。
彼女は、自分の考えをなかなか曲げてはくれない。
僕は共同用のリビングへと逃げたつもりだが、それでも彼女はピッタリとついてくる……。
「……なんでついてくるんだよ?」
「義弘君のこと、好きだから」
「まだそんなこと言ってるのかよ……」
「悪い?」
「悪いも何も、僕は彼女なんていらないし、別に白石さんのことは好きでもなんでもないんだよ」
特待生を狙うために自室で勉強していたのに、白石さんがちょっかいをかけてくるせいで台無しだ。
だから、場所を変えてみようと試みたのだが、全然状況は変わらない……。
すると、白石さんは――。
「風花ちゃんのこと、まだ心残りなの?」
あたかも、僕が未練がましいような言い方をされる。
「とっくに終わったんだよ、風花とは……。それに、アイツは今頃、龍弥と天国で幸せになってるよ……」
悔しいけど、それが現実だ。
だが、これは悲しみではない。
そう……。僕にとっては、恋愛なんていう幻想に囚われずに、目の前の課題を超えるという大きな指標に気づかせてくれたのだ。
だから、その点に関しては、本当に彼女に感謝している……。
そう思っていると、白石さんは――。
「じゃあさ。私たちも風花ちゃんたちに負けないように"二人"で幸せになろうよ!」
そんな気の抜けたことを言ってくるのだった。
「僕は"一人"でも幸せになれる」
「でも、"二人"なら幸せも二倍だよ?」
「そうとは限らない」
「むー……。夢が無いなー……」
そう言いながら、白石さんは自分の腕を僕の腕に絡ませて密着してくる。
「ひ、ひっつくな!」
「ほら! こうやって、二人でくっついてると、すごくあったかいでしょ? 義弘君のこと、あっためてあげるよ!」
「これから暑くなるから、冬までいらんだろ」
「じゃあ、冬になったら私と結婚してくれるの? ふふ、式は教会? それとも、神社?」
「何でそうなるんだよ!? 話が飛躍しすぎだ! そもそも、何でそこまで僕に執着してくるんだよ?」
僕の質問に、白石さんは「ふっふっふ」と不敵な笑みを浮かべる。
「よくぞ訊いてくれたね! 私が義弘君のことが超絶大好きな理由! ちゃんと聞いてくれる?」
「ある程度はな……」
僕がそう口にすると、彼女はクスクスと笑うのだった。
どうせロクなことを言わないだろう。所詮、女なんて嘘つきな生き物だから……。
「……覚えてる? 昔、義弘君と私は同じ中学だったんだよ? クラスは残念ながら違ったけどね」
「あれ……。いたっけ?」
当時のことを思い出すが、白石さんがいた記憶が一切無い。
クラスが同じでは無かった、ということだが、それならどこで僕と接点を持ったのか……。
すると、疑問符を浮かべる僕に、彼女はムッと頬を膨らませるのだった。
「もうー、覚えてないのー? 私、風花ちゃんとは仲良くて、よく一緒に風花ちゃんと遊んでたじゃん!」
「いや……。風花は誰とでも仲良かったから、誰と遊んでたか、とか覚えてないよ……」
「じゃあ、友達のうちの一人だと思って!」
「お、おう……」
風花は明るい性格もあってか、友達は多かった。
今思えば、僕もその一部に過ぎなかったのかもしれない……。
こういうことは、過ぎたことでも気づきたくないものだ。後味が悪い……。
すると、白石さんは――。
「私ね……。風花ちゃんが羨ましかったの」
「羨ましい?」
「だって……。義弘君の"幼馴染"だったから」
白石さんは、どこか感慨深そうに口にする。
「幼馴染だから、何だっていうんだよ?」
「その特別な関係があったから、真っ先に義弘君に好きになってもらえた……。それが、私には羨ましくて仕方がなかったの」
「僕に好きになってもらえたって……。何で僕に好きになってもらいたかったんだ?」
僕が疑問をぶつけると、白石さんは呆れたように大きなため息をついた。
「鈍いね、義弘君は……。そんなの、私が義弘君のことを好きになっちゃったからに決まってるじゃん」
「僕のことが好き……?」
ほぼ接点が無いのに、僕のことをここまで好きになるなんて、過去に何があったんだ、一体……。
僕がそんな疑問を浮かべていると、白石さんは――。
「あーもう……。そこまで鈍感だと、何か話す気が失せちゃったなー……。まあ、とにかく……。私、義弘君のこと諦めるつもりは無いから、これから覚悟しててね?」
「は、はあ……」
白石さんは絡めていた腕を解放すると、自分の部屋へと向かっていく。
そして、部屋の前でこちらを振り返ると――。
「次、会うときは、ソファーに気をつけてね。ふふふふふ……」
「そ、ソファー?」
何やら警告のようなことを口にしてから、今度こそ自分の部屋に戻っていった。
「何だったんだ……?」
結局、一番知りたかった部分は明らかにならずに、会話が終了してしまった。
白石さんが僕のことを好きになる理由……。
そんなの、いくら考えても分からない……。
今回で分かったのは、白石さんと風花が過去に接点があったことくらいだ。
「それにしても、白石さんが"彼女"か……」
確かに、あんな美少女が自分の彼女だったら、普通なら舞い上がるだろう。
だが、僕にとって恋愛は障害……。自分にはやるべきことが山ほどあるのに、そんな幻想に時間を使っているヒマは無い……。
そう考えていると、突然――。
「彼女できたの、三藤……」
背後から冷たい声がした。
そのせいで、反射的に飛び跳ねてしまった。
「つ、月森さん!? いつからそこに……」
背後に立っていたのは、薄茶色の長い髪をリボンで括って、大きなポニーテールにしている女の子。
その女の子の名前は、月森紗玖美さん。このシェアハウスの同居人の一人で、同級生だ。
そんな月森さんも、白石さんに負けないくらいスタイルが良く、顔立ちも何もかもが黄金比で揃っている……。
ただ、唯一許容できないのは――。
「な、何、その格好……?」
なぜか、月森さんは"メイド服"姿だったのだ。
しかも、健康的な膨らみを見せる彼女の胸元が半分くらい開けていて、スカートもミニ過ぎる。
そのせいで、上と下の危ない領域が見えかけている……。
下品すぎる……。これは、僕のことをからかっているのか……?
そう思っていると、月森さんが――。
「じゃじゃーん! どう? アタシのメイド服姿!」
体を左右に踊らせて、自分のメイド服姿を執拗なくらい見せつけてくる。
そのせいで、彼女の膨らみが大きく揺れて、更に下品なことに……。
「意味分からん」
「何でよー! 普通、健全な男子なら、鼻血流して"尊い!"とか"ありがとうございますっ!"とか言うじゃん!」
「いや、下品すぎるわ……」
素直に思ったことをぶつけてやると、月森さんは――。
「ちぇー。せっかく、三藤が喜ぶと思って、貯金崩して通販で買ったのになー……」
すごく残念そうに肩を落としてしまう。
「残念ながら、僕に色仕掛けは通用しない。ほら、早く着替えてくれ」
「もう、素直じゃないなー、このー! ホントは、こうやってアタシにご奉仕してほしいくせにー……」
「近寄るな」
月森さんはニッと笑うと、体を密着させてくる。
白石さんを初め、何でこのシェアハウスには、こんな変な女の子しかいないんだ……。
僕がそう思っていると――。
「そうだ! メイドなら定番のアレ、やってあげる!」
「アレって?」
「おかえりなさいませ、ご主人様♡」
月森さんは両手でハートマークを作り、上目遣いでウィンクしてくる。
その愛嬌のある仕草と、月森さんのビジュアルの良さが合わさって、実に危険な空気を醸し出している。
確かに、死ぬほど可愛い……とは思うが、僕には媚びているようにしか見えない……。
「そういうのは、そういう店でやってくれ」
「あー、逃げないでよー。まだまだ三藤と話したいことたくさんあるのにー……」
「じゃあな」
僕は冷たく言い残すと、自分の部屋へ戻ろうとする。
しかし、その途中で――。
「待ってよ」
月森さんに、ガシッと肩を掴まれる。
しかも、腕に力が入っており、結構痛い……。
「痛いって! 何するんだ――」
「彼女、できたの……?」
僕が言い終わる前に、月森さんは冷たい口調で言ってくる。
彼女は、さっきとは打って変わって、すごく真剣そうな顔を向けてくる。
何だか、いつもの月森さんらしくないな。こんなに、不機嫌そうなのは……。
そう思っていると、月森さんが――。
「ねえ、答えて。彼女、できたの?」
これ以上無いくらいに、念入りに訊いてくる。
「いや、いないけど?」
正直に答えると、月森さんの表情が少し緩んだ。
「そう……。なら、良かった」
「な、何でそんなこと訊いてくるんだよ?」
僕が疑問をぶつけると、月森さんは――。
「三藤……。これからは、安易に彼女なんて作らない方がいいよ? このシェアハウスが"修羅場"になるから……」
そんな意味の分からないことを口にするのだった。