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第二章4「受け継がれる優しさ」

 月森つきもり紗玖美さくみは、体育館へ続く渡り廊下を歩いていた。

 アタシたち、テニス部の拠点である部室が、体育館へ続く長い道のりの途中にあるのだ。

 そこに、ラケットを置き忘れてしまった……。

 しばらく、道なりに進んでいると、部室とテニスコートが見えてきた。

 すると、ふとあの頃のことを思い出してしまう――。


『月森さんはな。馬鹿だけど、色んなものを犠牲にしてテニスをやってるんだよ。だから、悪く言ってやるな……』


 頭の中で、あのときのふじの言葉が想起される。


 かっこよかったなー……。

 これが、アタシの素直な感想。

 正直、あれを聞いたときは、胸がキュンとした。


 不器用だけど、いつだって優しい三藤……。

 もう、ずっと独り占めしてやりたい……ってくらい、あの頃からアタシは彼に夢中だった。

 やっぱり、頭おかしいよね、アタシ……。


 そう思うと、自然と大きなため息が出てしまう。


「はあ……」


 入学して間もない頃、アタシは他の女子たちにイジメの標的にされた。

 その理由は、アタシが馬鹿で傲慢ごうまんだったから。

 テニス部の鬼……。自分には甘くて、他人には厳しく上から目線……。

 そして、一年生エースとしても有名だったが、学力が無さすぎて、とんでもない馬鹿としても有名になってしまったのだ。


 ――だって、当時のアタシは、テニス以外のことに興味が無かったから。


 だから、勉強しても全然結果が出なくて、すっごく悔しい想いをしたことがある。

 それに、よくクラスメイトや部員たちとケンカになって、反感を買うこともあった。

 勉強音痴……。テニスだけの脳筋女……。そんな心の無いののしりと嘲笑が、常にアタシの周りにあった。


 でも――。


「こんなアタシでも……。三藤が、助けてくれたんだよね……」


 いつものように、女子グループからイジメられる毎日……。

 しかし、たまたま通りかかった三藤が、アタシのことを助けてくれたのだ。

 あのとき、三藤はアタシをイジメてくる女子グループに対して言った。

 "色んなものを犠牲にしてテニスをしているから、悪く言うな"って。

 それを聞いたとき、アタシは認められた感覚がしたのだ。……今までの血のにじむような努力が。


 そして、教えてくれたのだ。……他人に優しくする大切さを。


 きっと、三藤にとっては、何気ない励ましだったんだと思う。

 でも、アタシには……。まだまだ未熟な人生に成長という色を与えてくれた大切な思い出だ。


 だから、アタシは――三藤が好きになってしまった。


 それはもう、頭がおかしくなっちゃうくらい……。

 彼のことが愛しくて愛しくて、眠れない夜があったくらいに、アタシには三藤しかいない……。

 テニス部の鬼と呼ばれていたアタシも、彼の優しさによって、その角と牙を折られてしまったのだ……。

 だから、アタシは……。


 しかし、そう思ったタイミングで――。


「あれ? 莉那りなちゃん……?」

「ああ、紗玖美かニャ……」


 テニスコート付近で、桃崎ももざき莉那りなちゃんとすれ違う。

 進行方向から、恐らく、彼女は体育館にいたみたいだが……。


「どうしたの? 何か元気無いけど……」


 さっきから、彼女はずっと視線を落としたままだ。

 それに、歩き方に力を感じない……。体育館で、何かあったのだろうか……?


 すると、莉那ちゃんは――。


「義弘……」

「え、三藤がどうかしたの?」


 唐突に、彼女は彼の名前を口にする。

 そして――。


「うう……。ぐすっ……」

「えっ!? ど、どうしたの、莉那ちゃん!?」


 彼女の目から、大粒の涙があふれ出し、膝から崩れ落ちてしまう。

 急に泣き出した莉那ちゃんに、アタシはどうすればいいのか分からなくなる。


 ――あの頃のアタシと同じだ。


 泣き出す莉那ちゃんと、あの頃の自分の姿が重なり合う。

 あの頃も、アタシはイジメられたせいで膝から崩れ落ちて、ただ泣いていることしかできなかった……。

 まさに、今の莉那ちゃんと同じように……。


「あ、アタシ、どうしたらいいの……?」


 こんなときに、アタシは情けないことにパニックになってしまう。

 そのせいで、まともな判断ができなくなってしまい、右往左往している……。


 でも、そんなとき、あることを思い出す――。


 ――あのとき、泣いていたアタシに、三藤は何をしてくれた?


 あの頃のことを、ふと思い出す。

 すると、パニックだった頭の中が、次第に鮮明になっていく。

 そして、大事なことを思い出した。


 そうだよ……! あのときの三藤みたいに、アタシも莉那ちゃんを励まさないと……!


 三藤の優しさは、アタシにも確実に受け継がれている。

 何のために、アタシは三藤のことを好きになって、強く憧れたのか……。

 彼のような優しい人間になるために、アタシはテニスも勉強も、そして、人間としても成長したかったんじゃなかったのか?


 ただ、相手はアタシにとって――"恋敵"だ。


 アタシも莉那ちゃんも、三藤のことが好き……。


 ここで、もし莉那ちゃんの泣いた原因が、三藤関連だったら、アタシは敵に塩を送ったことになる……。

 でも、やっぱり――泣いている莉那ちゃんを放ってはおけない。

 その気持ちが、強く勝ってしまうのだ……。


 ――だったら、今度はアタシが、三藤みたいに優しさを与える番!


 そう思ったアタシは、泣き崩れる莉那ちゃんの頭をそっとでてあげた。


「よしよし、つらかったよね……。何があったのか、話せる?」


 アタシがそう言うと、莉那ちゃんはゆっくりとうなずいた。

 そして――。


「うう……。ぐす……。義弘を……、梅野さんに、取られたの……」

「……っ!?」


 予想はできていたが、アタシが最も恐れていた返答が帰ってきた……。

 それに――。


明綺歩あきほが……。三藤を……?」


 そうつぶやいたとき、アタシの心に黒いモヤがかかった。

 それは怒りとかではない……。

 もっとドス黒い――嫉妬という感情だった。


「莉那ちゃん……。人気ひとけの無い、落ち着く場所へ行こうか」

「うん……」


 こうして、モヤモヤした気分のまま、アタシたちは学内の休憩スペースへ向かった。

 きっと、三藤なら、アタシたちに振り向いてくれるはず。

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