第二章2「猫耳VSティアラ」
三藤義弘の模擬テストの結果は、確実に良くなっている。
中間テストで全教科を八割以上の点数を取るために、担任の木村先生に模擬テストを作成してもらったのだ。
その模擬テストを今、教室で広げて、桃崎さんに間違った箇所を解説してもらっている。
「ここは、代入する式が間違っていたのニャ。数学の公式は変形して使うこともできるから、簡略化できるのなら、そうして使った方が良いのニャ」
「そうだったか……。ありがとう、桃崎さん。丁寧な解説、助かるよ」
「どういたしましてだニャ~」
まだ細かい間違いはあるものの、もう模擬テストの結果は、八割以上を平均で取れるようになっていた。
そのことにお礼を述べると、桃崎さんは大きく伸びをする。
やっぱり、本物の猫みたいだ……。
彼女が大の猫好きなのは知っていたが、ここまで猫に影響されるなんて……。
すると、そんな桃崎さんが――。
「テストが終わったら、義弘とデートしたいのニャ~」
「ま、またそんなことを……」
もう何度目のデートのお誘いだろう……。
でも、ここまでテスト対策に付き合ってもらっていて、何もお返しが無い、というのも酷な話だ。
だったら、デート……ではなく、少し遊びに行くのも悪くはない気がした。
「まあ、何か食べに行くくらいなら、行ってもいいかもな……」
僕がそう呟くと、桃崎さんは――。
「採れたてピチピチの海鮮丼がいいニャ〜」
「経済的に無理だな……」
「ニャ~!? 何も義弘が払う必要は無いのニャ! ミーが義弘の分も払ってあげるのニャ~」
「いや、それはさすがに……」
学生にとって、友達のお代まで支払うことが、どれほど経済的に痛いか……。
しかも、相手は海鮮丼だぞ? 僕からすれば、貴族の食事だ……。
なので、ここは別の案を出そう……。
すると、僕がそう思ったタイミングで――。
「やっほー、三藤!」
「月森さん? それに……」
元気よく挨拶をしてきたのは月森さん。
そして、その隣には、ティアラを着用した綺麗な女の子がいた。
すると、月森さんは――。
「あー、この子? この子はね、梅野明綺歩。アタシと同じテニス部なんだー」
彼女は、ティアラを着用した女の子の紹介をしてくれる。
「梅野さん、か。僕は三藤義弘だ」
僕が軽く自己紹介をすると、梅野さんは――。
「ふん! わたくしのことは"梅野様"とお呼びなさい! この貧民!」
「え、ええ……」
何この悪役令嬢……!?
初対面でこの反応……。これは、さすがに非常識極まりないぞ……!?
すると、そう思っている僕に、月森さんが耳打ちしてくる。
「ごめんね……。明綺歩は、ちょっと男子が苦手で……」
「そ、そうだったのか……」
どうやら、梅野さんは僕と似た者同士だったみたいだ。
正直な話、僕も女子は苦手だ。
なので、異性に対して冷たい態度を取る気持ちは分かる。
だけど、さすがにここまで酷くはないよな……。
すると、梅野さんが――。
「わたくしや紗玖美に指一本でも触れてみなさい。……お父様に言いつけて、退学にしてあげますわよ?」
明らかな拒絶……。
しかも、かなり力のある家柄と思える発言だ……。
すると、そんな梅野さんを月森さんが大慌てで止めに入る。
「それは言い過ぎだよ、明綺歩!」
「ふん! こんな貧乏くさい男に触られるなんて、紗玖美も嫌ですわよね?」
そう言われると、月森さんは――。
「三藤は、明綺歩が思うような"悪い男の子"じゃないよ! 普通に良いヤツだから!」
何か梅野さんの過去に、男嫌いになるような出来事があったのだろうか……。
悪い男の子……。月森さんが口にしたそのワードが少し引っかかる……。
すると、梅野さんは――。
「ふーん……。紗玖美は、この貧乏くさい男のこと、好きなのですわね……」
目を細めながら、彼女はそんな大胆な発言をするのだった。
そして、言われた月森さんは、顔を真っ赤にしてしまう。
「す、すすす、好き!? そ、そそ、そんなこと……」
段々と尻すぼみになっていく月森さんの声。
その反応を見て、梅野さんは更に眉間にシワを寄せるのだった。
「……まあ、紗玖美がどんな男を好きになろうと勝手ですけど、こんな貧乏くさい男だけはやめておいた方がいいですわ」
さっきから、人のことを貧乏貧乏って……。
さすがに頭に来たので、注意してやろうかと思ったが、その前に桃崎さんが――。
「人のことを貧乏貧乏って、そんなことを言える立場かしら……?」
ヤバい……。いつもの猫口調が消えている……。
このときの桃崎さんは、いわゆる"本気モード"だ。
すると、言われた梅野さんは――。
「それはどういう意味ですの……? 猫耳さん……」
冷たい目で、桃崎さんのことを下に見るのだった。
すると、桃崎さんも――。
「心も考え方も、価値観も貧しいって意味よ。分からないのかしら……?」
「ふーん……。このわたくしに、そんな無礼な口を利くんですのね……」
お互いに睨み合い、場の空気がギスギスしてしまう。
まずいな……。このままでは、今にも殴り合いに発展しそうだ……。
何か彼女たちを抑える方法は無いか……?
僕がそう思っていると、月森さんが――。
「ほら、二人ともやめてやめて! こういうときは、スマイル! 笑顔が大切だよ!」
彼女は、頑張ってこの場を宥めようとしてくれた。
すると、言われた梅野さんと桃崎さんは――。
「ふん! 紗玖美がそう言うのでしたら、仕方ありませんわね……」
「うふふ……。義弘を侮辱したことを、いつか後悔させてやるわ」
とりあえずは助かった……。
でも、場の空気は少しだけ緩んだが、それでも二人は険悪ムードだ……。
これは……。後が怖いな……。そのうち、闇討ちとかありえそう……。
僕がそう思っていると、梅野さんがこっちにやって来て――。
「三藤とか言ったわね? さっきも言ったけど、わたくしと紗玖美に指一本でも触れたら、タダじゃ済まないですわよ?」
「や、やめなよ、明綺歩……」
月森さんが止める横で、ビシッと僕に人差し指を向けてくるのだった。
「わ、分かったよ……」
僕がそう返事をすると、梅野さんは仏頂面のまま、この場を去ろうとする――。
「では、そういうことですから……って、うわわっ!?」
しかし、僕から離れようと体の向きを変えたタイミングで、彼女は足を滑らせて、大きく体勢を崩してしまう。
「危ないっ!!」
僕は咄嗟の判断で、体制を崩す梅野さんを受け止める。
危なかった……。間一髪のところで、助けられた……。
すると、梅野さんは――。
「な、なな、な……!?」
顔を真っ赤にしながら、言葉を失ってしまう。
ヤバい……。咄嗟に助けたとはいえ、これでは、僕が梅野さんを抱きかかえているような姿勢だ……。
これ、普通に指一本どころか、ボディータッチしてしまっているよな……。
そして、次の瞬間――。
「わ、わたくしに指一本でも触るなって、さっき言いましたわよね!?」
「ご、ごめん……! 今、離れるから……!」
僕と梅野さんは、すぐさま距離を取る。
しまった……。咄嗟の判断とはいえ、彼女の言いつけを破ってしまった……。
このまま、彼女の言う通り、退学にされてしまうのだろうか……。
しかし、僕がそう思っていると、梅野さんが――。
「ふん! あんなことを言われても尚、わたくしを助けるなんて、本当にお馬鹿ですわね――」
彼女はそこまで言うと、頬を更に赤くして――。
「でも、その……。し、仕方ないから、あなたの勇気に免じて、か、感謝してあげますわ……。一応……」
「え? 明綺歩……?」
何だ、このツンデレ……?
梅野さんの溢れ出たツンデレに、僕はもちろん、月森さんまで唖然としてしまう。
しばらくの沈黙……。
すると、梅野さんは――。
「……っ!? そ、そういうことですから、今回のボディータッチは、の、ノーカンにしてあげますわ……! でも、次はありませんわよ……!?」
彼女は早口で言うと、逃げるように教室を飛び出していった。
ただ、教室を去る直前……。梅野さんが、一瞬だけ僕の方に顔をチラッと向けたのを僕は見てしまった。
「な、何だったんだ……?」
何だ、あのツンデレっぽいの……。
最初は嫌な女だと思っていたけど、梅野さんは、案外、真っ直ぐな性格だったりするのだろうか……?
僕がそう思っていると、月森さんと桃崎さんが――。
「三藤ぃ……」
「義弘ぉ……」
二人とも揃って、ネットリと僕の名前を呼んでくる。
――それも、かなり不機嫌そうに。
「な、何、二人とも……?」
「「ふん!」」
僕が疑問符を浮かべていると、二人とも同時に顔を背けてしまう。
そして――。
「アタシ、今日はテニスの練習ガチでやるから、球拾いして」
「テスト対策、今日は本気でやるから、放課後は私のところに来ること。……いいわね?」
「な、何で二人とも、そんなに怒ってるんだよ……」
この後、しばらく二人に口を利いてもらえなかったのだった……。