ずっと隣にいたのに、あなたの瞳は私を映さない~届かない恋を抱きしめて~
夕暮れの光が教室に差し込み、机の影を長く伸ばしていた。
「玲奈、聞いて!」
美咲の弾んだ声が、二人しかいない教室に響く。
「どうしたの?」
「悠真先輩と付き合うことになったの!」
その瞬間、世界が静止した気がした。
「……え?」
「ついに昨日、思い切って告白したんだけど、OKもらえたの!」
美咲は頬を紅潮させ、嬉しそうに笑う。
私は、かろうじて唇を動かした。
「……そっか。おめでとう」
「ありがとう!」
美咲の声が、遠くに聞こえる。
「もうね、ずっと好きだったから、本当に信じられなくて……夢みたい!」
彼女の幸せそうな顔が眩しすぎて、目を逸らしたくなった。
悠真先輩——私がずっと片想いしていた人。
「好きな人」の話の時に、先に美咲に言われ言い出せずにいた、美咲は何の迷いもなく、真っ直ぐに気持ちを伝え、彼を手に入れた。
「ねぇ、玲奈。今度、デートの相談乗ってくれる?」
「……うん」
言葉を絞り出すようにして、笑う。
大丈夫。大丈夫。
私は、美咲の親友だから。
それから、美咲は悠真先輩との話ばかりするようになった。
「ねぇ、玲奈! 先輩、意外とコーヒーより紅茶派なんだって!」
「へぇ……そうなんだ」
「うん、この前一緒にカフェ行ったときに知って、ちょっと意外だったなぁ」
彼の新しい一面を知るたび、美咲は嬉しそうに報告してくれる。
そのたびに、私は何度も心が削られるのを感じた。
本当は、私が知りたかったこと。
私が隣で知っていきたかったこと。
でも、それはもう、美咲のもの。
「玲奈、聞いてる?」
「あ、ごめん……ちょっと考え事してた」
「もー、ちゃんと聞いてよ! 大事な話なんだから!」
そう言って笑う美咲に、「うん、ごめんね」と返す。
本当は、もう耐えられないのに。
放課後、一人になりたくて図書室へ向かった。
本を読む気にもなれず、ただぼんやりと窓の外を眺める。
そんなとき——
「玲奈?」
その声に、心臓が跳ねた。
振り向くと、悠真先輩が立っていた。
「先輩……」
「こんなところにいるなんて珍しいな」
「……ちょっと静かなところにいたくて」
先輩は私の隣の席に座った。
「玲奈、最近元気ないな」
「……そんなことないですよ」
「美咲も心配してた」
私は視線を落とした。
「……大丈夫です」
どうして、そんなに優しいんですか。
どうして、私をそんなふうに気にかけるんですか。
優しくされるたび、期待してしまいそうになる。
でも、その隣には——美咲がいる。
「先輩」
「ん?」
「……美咲のこと、大切にしてくださいね」
自分でも驚くほど、落ち着いた声が出た。
悠真先輩は、一瞬だけ驚いたような顔をして、それから微笑んだ。
「ああ。もちろん」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が張り裂けそうになった。
分かってた。
知ってた。
でも、やっぱり苦しくて——。
「じゃあ、私、先に帰りますね」
「玲奈」
呼び止められる。
けれど、振り向く勇気がなかった。
「……無理するなよ」
背中越しに、優しい声が降る。
私は振り向き、小さく笑って、何も言わずに走り出した。
家に帰って、一人になると、堰を切ったように涙が溢れた。
好きだった。ずっと、好きだった。
それなのに——。
「……バカみたい」
分かってたのに。
叶わない恋だって、最初から知ってたのに。
それでも、好きだった。
悠真先輩が、美咲を好きになる前から。
美咲が彼を好きになる前から。
私は、ずっと——。
枕に顔を埋めて、声を殺して泣いた。
誰にも知られないように、誰にも気づかれないように。
だって、私は、美咲の親友だから。
(終わり)