9.大雅
自宅に着くとどっと疲れが押し寄せてきた。
飛行機の中でも、大口を開けて爆睡していたのにも関わらず、強烈な睡魔が襲ってくる。まあ、早朝から釣りをしたり、海に落ちたりと、いつもの何倍も行動していればそうなるだろう。
今日は早めに寝よう。そう思い旅行の荷物を整理をしていると突如玄関のチャイムが鳴る。
恐る恐る玄関のドアを開けると、真顔の大雅が立っていた。完全にオフモードで髪もセットせずに下ろしており、部屋着だ。今日は出かけなかったのだろうか。いつも週末は遊び歩いているイメージだから少し珍しく感じる。
「帰ってきたんなら連絡しろよ。」
なんだか不機嫌なのか、いつものハイテンションで早口な口調とは違った落ち着いた声で話す。
「えっと、ゲームとか進められなくてごめん。決まったのもいきなりだったから、言い忘れちゃってたかも。でもお土産買ってきたからさ、よかったら食べてって。」
そう言いながら、大雅を部屋の中に案内する。
「で?長崎はバイトで行ってきたんだよね。何してたの?」
バッグの中を漁り、お土産のカステラを探す俺の背中に向かって尋ねる。
「うーん、何って言われてもなあ。中華料理食べたり、釣りしたり・・・?」
「はあ?それって旅行じゃん。」
「やっぱりそう思う?旅行だよな!社長の付き人として行ってきたけど、ちゃんと働いたのも運転位かも。あとは、お墓の手入れを手伝ったりかな。あ、そうそう、初めて船に乗って、釣りしたんだよ。」
まだ釣りの興奮が残っており、嬉々として大雅に話す。
「釣りなら、俺と行けばいいだろ。」
大雅は髪を下ろし俯いているため、表情が読み取れない。なんだか、いつもと違った雰囲気の大雅が少し怖いと感じる。
もしかして、、、、大雅も釣りに興味があってヤキモチをやいているのかもしれない。
「もし、今度機会があったら一緒に行こうよ。ご飯も美味しくて、良いところだったよ。」
しかし、大雅は俺の返答が気に入らないのか黙ったままだ。土日をいつも一緒に過ごしているわけでもないし、何なら大雅の方がサークルや合宿でいない事の方が多い。
なんだかんだ中学からの付き合いという事もあり、きちんと連絡もせずに帰って来なかったことで、心配をかけてしまったのだろう。
「連絡してなくて心配かけちゃったよね?次からは連絡するようにするよ。」
「・・・・・・・・はぁ。そもそも、そのバイトって外泊しないといけないの?」
「社長さんのお手伝いで、不規則になりがちなんだよ。それに、今度から家政婦も頼まれたし、また泊りとかもあるかもしれない。でも、びっくりするくらい給料がいいんだよ。その人領木さんっていうんだけど、ちょっと変な人なんだ。でも、可愛い犬を飼ってて、」
「はあ?!そいつの家で?何考えてんの、そいつ。もしかしてゲイなんじゃないの?」
言い終わる前に大雅が口を挟んだ。 俺は、大雅から出てきた言葉に耳を疑ってしまった。
「え?何言ってるの?」
俺の知っている大雅はお調子者で、ふざけてばっかりいるが、こんな風に人の事を貶めるような発言をする奴じゃない。
「・・・・・・・。」
少しの間沈黙が続く。
「大雅、相当心配かけちゃったみたいだね。とりあえず、座ってお茶でも飲もう。」
「・・・・・ごめん、俺どうかしてたかも。」
大雅がゆっくりと下ろしていた顔をあげた。髪の隙間から覗いた彼の表情は、叱られた犬のようだ。
良かった、これはいつも調子の彼だ。
「紅茶にする?好きだよね。」
「うん・・・好き。俺も手伝う。」
こうしていると、まるで子守をしているようだ。彼の良いところはこういう素直なところだ。
その日はお菓子を食べていつものようにバイオスレイヤーズの続きをプレイした。
「ははは。ハル、海に落ちたの?馬鹿だな~。それで顔赤いんじゃないの?風邪ひいた??」
大雅がゲームを一時停止させると、ぐっと体を屈めて俺の顔を覗き込んでくる。
「違うよ、大丈夫。多分あったかいの飲んだから。」
「気をつけろよな。お前って、昔から危なっかしいというか、ケガとかに関しての防衛能力無さすぎないか?」
「え、そうかな?」
「うん。中学の頃も、5年ぶりくらいの大雪ではしゃいで下校した事あるじゃん?あの時も、一番に躊躇なく雪の積もった田んぼにダイブしてたよな。俺、マジで焦ったんだぞ。」
「あーあったね、そんなこと。そういえば、その時の傷まだ残ってるよ。」
俺は、顎の下の傷跡を見せようと上を向く。
「マジかよ。ほんとじゃん、二十顎みたいになってるし。」
「そうなんだよ。あの時、飛び込んだ雪が思ったより浅かったのと、堀との境が分かんなくてさ。ちょうど囲いのところに当たっちゃったんだよね。でも、あの時の大雅の慌てぶりもなかなかの見ものだったよ。」
「馬鹿、俺、本当にトラウマになりかけたんだぞ。雪が鮮血で染まってたし。」
「ははは、ごめんごめん。」
「他にも、猫が車に轢かれそうになったのを庇って車に轢かれたり、喧嘩した事もないくせに酔っ払いに絡まれてる女子を庇って殴られて、ほっぺをぱんぱんにしてたよな。しかも、猫はお前が轢かれる前に避けてったし、絡まれてた女子も空手黒帯で、お前が出る幕なかったっていう。お前、見た目によらずたまにやけに男らしいよな。でも、時々あまりにも捨て身すぎて怖くなるよ。」
「おい、誰が男らしくないって?そりゃあ、モテモテの大雅に比べたら劣るかもだけどさ。でも、大雅だって俺が骨折して荷物持てなかったときに、家の方向違うのにいつも二つバック持ってくれたじゃん。ちょうど終業式と被ってて、大荷物抱えて大雅が死にそうになってたの面白かったな。」
大量の荷物を抱えて、視界が遮られながら懸命に歩く大雅の姿を思い出し、思わず笑みが溢れる。大雅は少し恥ずかしそうにバツが悪そうな顔をしている。
「それは別に、、、友達なら普通だろ!」
大雅はこういう奴だ。お調子者で、友達思いで真っ直ぐな数少ない大切な友人だ。
「だけど、お前はちょっと人よりも感覚がバグってるから、もう体張るようなことするなよ。もう年なんだから、同じようなことしてたら本当に命に関わるぞ。」
「うん、分かったよ。」