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The Ending Note  作者: 四 詢
7/20

7.長崎-1

***


「領木さーん、待ってください!」

 飛行機なんて、大学進学の時に乗ったのが初めてで勝手が分かっていないのに、領木は俺を気にする素振りすら見せずにスタスタと歩いていってしまう。

 慌てて、領木の後を追い、付き人としての仕事に専念する。

「えっと、JANA航空なのであっちですね。」

「プラチナ会員だからこっちであってる。」

「わあ、金持ちって空港の入り口から違うんですか!!かっこいい。」

「ふん、これだから貧乏人が。」

 領木は、バカにしてはいるが少し得意そうだ。

 西園に教わるがままにチケットを取ったはいいが、領木の付き人というよりもむしろ、領木に世話をされてしまっている始末だ。



「おい、ガキじゃないんだ。窓に張り付くな。」

「良いじゃないですか。俺、飛行機2回目なんですよ。大学進学で上京してきてから、まだ一度も実家に帰ってないんですから。」

 機内で普段見慣れない景色に目を輝かせていると、領木が茶々を入れてくる。

「まだ帰省してないのか。それなら、お前の実家に寄って帰るか?」

「いえ、大丈夫です。あれ?俺の実家、同じ九州なのって言いましたっけ。」

「ああ・・・、西園に聞いたんだ。それに、お前の話し方に時々方言が混じっている。」

「たまに大学とかで指摘されるんですけど、敬語でも出てましたか。」

「イントネーションが違うな。それにお前、この間会社で資料整理を任されたとき、どこに“なおす”かって聞いてただろ。西園は有能だから文脈で理解していたが、戻すことを“なおす”なんて東京では言わないんだよ。」

「えー、俺もまだまだ都会に溶け込めてないですね。そもそも“なおす”が方言だったとは...。東京都民への道のりは遠いようです。そういえば、目的もまだ聞いていないんですが、長崎には何しに行くんですか。」

「ついてくれば分かる。」

「・・・・はい。」

 そう言うと、領木はスマホに視線を戻して会話を一方的に終わらせてしまった。本当に自由な人だ。しかし、そんな彼に慣れ始めている自分がいる事にも驚いている。



 空港に着くとすぐに予約していた車を見つけることが出来た。

「それにしても、この空港こじんまりとしてますけど、着いた瞬間が海で長崎に来たって感じしますね。」

「ああ。」

 領木は、前回のマサムネくんの散歩をした時もだが、自主的に助手席に座ってくれる。俺は単なる付き人なのだから、お客様らしく後部座席に座っても良いものだが。まあ、恐らく俺の運転が不安なのだろう。

「えっと、この住所に行ったらいいんですね。え、結構遠いですね!」

「あぁ。どうか寿命より前に殺してくれるな。」

「もう!ちゃんと安全運転で行きますよ。」

 結構なブラックジョークを用いて俺を揶揄ってくる。

 海沿いの道が続き海面に太陽が反射して、まだ春だが車内がぽかぽかとしている。気を抜くと眠ってしまいそうだ。

「領木さんって、長崎出身だったんですね。」

「住んでたことがあるだけで、生まれは東京だ。」

「へえ。いつ住んでたんですか?」

「中3から高校の間だけだ。」

「そうなんですね。それから東大で東京に戻ってきたんですか?」

「どうして知っている?」

「ふふふ。領木さんの事、ネットで調べたって言ったじゃないですか。ネットのニュース番組にも出演してたの見ましたよ。今勢いがある起業家特集でしたっけ。」

「お前・・・・ストーカーか?」

 領木の方を見ると、ドン引きしているように顔が引き攣り、不快感をあらわにしている。テレビの領木は、能面のように表情が変わらずクールな装いをしていたが、今隣にいる彼と対照的で笑い出しそうになる。


「あ、そういえば西園さんが宿は取らなくて良いって言ってたんで、本当にとってないですよ?」

「ああ。宿なら心配するな。」

 長崎には住んでいたこともあるとのことだが、どこか宿泊する場所に当てがあるのだろう。

「東大に入れるような学力があるってことは、長崎時代も成績優秀ですよね。一目置かれてたんじゃないですか。」

「まあな。俺はそこらの凡人とは違う。数学オリンピックで優勝した事もある。」

「わあ、俺そんな人に会ったの初めてです。」

「そうだろうな。」

「それから、せっかく来たので長崎の名物色々と紹介してくださいよ。」

「ああ、安心しろ。嫌という程味わえる。」

「やった。領木さんに雇ってもらって良かったです。」

 これは本心だったが、領木はひねくれているところがあるが、誇らしげな表情を浮かべている彼を見ると実は感情豊かなのではないかと思えてくる。

 目的地は思ったより遠く、途中で何度か休憩を挟みながら、2時間弱経過した頃に、アプリが目的地周辺に差し掛かったことをアナウンスした。

「そろそろ目的地に着きそうですね。住宅街に来ちゃったし、、、ここすごい坂ですけど本当にあってますか。」

「ああ、もうすぐだ。」

 長崎は坂の町とは聞いていたが、本当に街中に入ると坂ばかりだ。教習所で坂道発進を習っていて良かったと自動車学校の有難みを今更ながら実感する。

 絶対に対向車が来ませんように。

 そう願っていると案の定、対向車が現れてしまった。ただでさえ狭い道なのに、車をじりじりと慎重に路肩に寄せ、対向車に道を譲るよう努める。何とか対向車を行かせることが出来たが、坂は急なカーブが続いており先が見えないがマップに従って登っていくしかないようだ。

「領木さん~~、怖いんですけど!?」

「おい!お前、本当に気をつけろよ。さっき壁との距離5センチだったぞ、節穴が・・・。」

「分かってますよ。でもこんな勾配で急カーブって。また対向車が来たら、ぶつかるかも、、、」

「ここを曲がったらすぐだ。」

「頑張ります。」

 半泣きになりながら、なんとか曲がり切った。

「ここ、ですか?」

 ナビが坂を上った先の家の前で案内を終了した。表札には「橘」と書かれている。

「ああ。対向車が来なかったことが救いだった。荷物を持ってこい。」

 車を停め、トランクの荷物を下ろす。その間に領木は先に玄関のチャイムを鳴らした。

「はーい。」

 奥から年配の女性の声が聞こえる。

「あらあら、冬弥ちゃん。早かったわね。」

 領木を出迎えたのは80代くらいの女性で、目測180センチ強の、領木の身長の半分程度しかないように見えるほど小柄だ。笑い皺が印象深く、声音は柔らかく第一印象からでも、人の良さを感じさせる。領木とはまさに正反対と言えるだろう。

「おばあちゃん。久しぶり。元気にしてた?」

 しかし、驚いたことに、領木自身も俺が知っている彼の10倍は物腰が柔らかい受け答えをしている。

「え、領木さん?」

 俺は思わず吹き出しそうになるのを我慢する。そして、ついつい彼をおちょくるような声音で反応してしまった。

「あ゛?」

 領木は俺の方を振り向くと、おばあさんに聞こえない程度の声量で、片方の眉毛を釣り上げて不快そうな表情を向けてきた。

 あ、、やばい。彼は突然人格が変わったのではなく、この老婦人の前だけで態度が変わるようだ。

「なんでもないです。」

 俺は命が惜しいのでピシッと背筋を伸ばし、領木の猫かぶりは気に留めないというアピールをした。

「あら、あなたは初めましてよね。どうぞいらっしゃい。」

「初めまして。領木さんのところで働かせて貰っている小日向春といいます。」

「まあ、春ちゃんだなんて可愛い名前ね。あなたにぴったりだわ。」

「ありがとうございます。」

 おばあさんと領木の後に続いて家の中に入る。室内はきれいに整頓されており、通された居間は日本の伝統的な和式で、良い畳の匂いがする。ここに住んだことが無いのにも関わらず懐かしさを感じさせた。

「お茶で良かったかしら。」

「はい。あ、手伝います。」

「まあ、お利口ね。でも大丈夫よ、それよりお仏壇に手を合わせてきて来るかしら。」

 おばあさんは目元の皺を深くするように微笑み、台所へ行ってしまった。

「行くぞ。」

 領木に連れられて隣の部屋に行く。中央に仏壇が置いてあり、中央には老紳士の写真が飾られていた。写真の人物は今にも「がはは」という声が聞こえてきそうな大口を開けて笑っており、とても賑やかな人であったのだろう事が伝わってくる。

「祖父だ。去年亡くなった。」

「そうだったんですね。」

 俺は領木に倣って仏壇に線香をあげ、二人で手を合わせた。

「祖母が一人暮らしになってからは、定期的に会いに様子を見に来ている。最近はもっぱら仕事で来られていなかったんだが。」

「そうでしたか。距離がある分容易に来られないでしょうし、お一人で暮らしているなら心配ですよね。」

「ああ、それから、俺の病気の事は話してないから言うなよ。」

「分かりました。」

 これまでの行動だけでも、領木はこの祖父母の事を大切に思っている事が伺える。恐らく、残された祖母に心配をかけたくないのだろう。俺は聞いていいものかと一瞬躊躇したが、思い切って浮かんだ疑問をぶつける。

「領木さんのご両親は、」

「俺にとっては彼らが両親だ。」

「そう、でしたか。」

 それ以上聞けなかったが、恐らく領木の口ぶりからすると、少なくとも中学の終わりから高校時代を過ごしたのは両親ではなく、祖父母のようだ。そして、領木にとって両親の事は話したくない話題らしい。

「お待たせしたわね。」

 おばあさんが茶菓子を持って戻ってきた。

「ありがとうございます。わあ、美味しそう。これは、カステラ?ではないですよね。」

「あら良く分かったわね。これはカスドースといってカステラを卵黄にくぐらせ、揚げた後に砂糖をまぶしたものなのよ。私はもともと長崎の北部育ちでね、小さい頃よくデザートで食べてたんだけど、南部の方ではなかなか見かけないから、お友達が遊びに来るときに買ってきて頂戴、ってお願いしているの。」

 おばあさんは、お茶目にふふふと笑ってみせた。その仕草は育ちの良い婦人を感じさせるもので、彼女の純粋さを表しているようだったが、なぜだかその裏で領木がふんっと得意げに鼻を鳴らす仕草が脳裏に浮かんだ。

 この老夫婦と過ごさなければ、彼はもっと愛想のない人間であったのではないかと、勝手に失礼な推測をしてしまう。

「これ、なんだか作るのに手間がかかっていて高級ですね。」

「ふふ、元々は400年以上前の貿易の時にポルトガルから伝わったもので、当時は貴族の高級菓子だったそうよ。冬弥ちゃんも大好きよね。」

「はい、大好きです。」

 はい、大好きです、だって???猫を被っている領木が面白くて、ついつい吹き出しそうになる。そして、その様子に気が付いた領木の殺気を感じて、すぐさま自分を鎮める事に注力する。

「冬弥ちゃんは体調崩したりしてない?ちゃんとご飯食べて健康にしてるの?」

「もちろんです。健康維持は怠っていません。それより、おばあちゃんの方こそ元気でやってるか心配で仕方なかったです。なかなか帰って来られなくてすみません。」

「社長さんだから仕方ないわ。」

 このおばあさんは、孫の病気の事は本当に知らないようだ。領木の気持ちを考えると複雑な気持ちになってきてしまい、徐々に自分の顔色が曇るのを感じる。

「少しはゆっくりできるのよね?」

「はい、今週末はお邪魔させて頂こうと思っています。」

「嬉しいわ。時間が許す限りゆっくりして言ってちょうだいね。」

「はい。」

「春ちゃん。」

 突然おばあさんに名前を呼ばれてはっとする。

「はい、何ですか。」

「こんな遠くまで来てくれてありがとう。せっかく遊びに来てくれたんだから冬弥ちゃんに色々と連れて行ってもらってね。」

「はい!」

「いえ、俺達はおばあさんのお手伝いができれば、それにこいつ、、、、春もお手伝いするのが好きなんです。」

「ふふふ、本当に愛らしい子たちね。でも私は、あなたたちがここで楽しい時間を過ごしてくれると嬉しいわ。冬弥ちゃん、主人に挨拶に行ったあとで春ちゃんに色々案内してあげてきてね。」

「はい、、、分かりました。」

 領木は少し不服そうだが、おばあさんの言う事は絶対のようだ。

「ありがとう。春ちゃん好き嫌いはない?夜ご飯はちょうど頂いた、ミズイカとお魚を使ったお料理にしようかと思うけれど。」

「好き嫌い無いです。それに俺、魚大好きです!もしかして、ここで釣れた魚なんですか?」

「それは良かったわ。ふふ、都会の子には珍しいのかしら。良かったら私の弟が小舟を持ってるから明日漁に連れて行ってもらったらどうかしら。」

「わあ、やったことないです!是非やってみたいです。領木さん、行きましょう。」

 俺はわくわくして領木の方を見ると、心底嫌そうに引き攣った表情をしている。目の奥でふざけるなとこちらに訴えかけており、俺はすぐさま自分の発言を取り消そうとする。

「あ、やっぱりお家でお手伝いしてようかなあ・・・。」

「初めてだからって心配しなくても大丈夫よ。冬弥ちゃんもよく船に乗せてもらってたわよね?教えて貰ったらいいわ。ねえ、冬弥ちゃん。」

 おばあさんはまた、菩薩のような笑顔で領木に笑いかける。

 領木は先ほどまでの威圧的な表情から、俳優のように表情筋のスイッチを入れ替え、口元を結び無理にうえに引き上げ目を細め、

「もちろんです。」

 と、まるでロボットが発したように、抑揚なく答えた。俺はまた余計な事をしてしまったのかもしれないが、あれよあれよという間にここでの予定が決まっていった。



「おい、のろま。行くぞ。」

 領木は先ほどの事で俺への不満があるのか、おばあさんの前で猫を被って自分を抑制していることの反発からか、より一層口汚くなったようだ。恐らく両方だろうが、まるで子供のようである。

「はいはい。すぐ行きますよ。」

 俺は車のカギを持って領木を追いかけた。

 少し車を走らせ、領木に言われた場所に車を停めてから10分程度坂を登る。まだ肌寒い季節であるが、普段平地に慣れていると少し歩いただけでも汗ばんでくる。

「領木さん、、、凄いですね。普段から運動とかしてるんですか?はあはあ。俺、、、もう、結構、きついですよ。」

「俺は何事にも完璧だからな。健康管理も欠かさないと言っただろう。」

 ドヤ顔で返してきたが、俺はなんと返したらいいのか分からずに黙り込んでしまう。

「ついたぞ。」

 領木が立ち止まった先には、おばあさんの自宅の表札と同じ苗字〈橘家之墓〉と表記している墓石があった。領木と墓参りの為に様々なものを持参してきたが、墓はとても綺麗に手入れがされているようだ。  

 つい最近お参りに来た形跡もある。恐らくおばあさんは定期的にここに足を運び、手入れをしているのだろう。

 領木は静かに墓の周りの手入れを始めた。俺も領木に倣い墓石を綺麗にし、花を手向けた。領木は墓の前にしゃがみ込み、線香に火をつけ静かに目を閉じて両手を合わせた。俺も手を合わせる。

 しばらくすると領木は立ち上がり後片付けを始めた。領木になんと声を掛けるべきか分からない。俺と領木は少しの間沈黙の時間を過ごした。


 



精霊(しょうろう)(なが)しって聞いた事あるか。」

「いえ、何ですかそれ。」

 墓参りの後領木が長崎の町に連れ出してくれている道中、珍しく領木の方から話を振ってきた。

「各地にあるが、ここでは、故人を精霊船と呼ばれる船に乗せて神輿のように担いで、爆竹を鳴らしながら極楽浄土へ送り出すんだ。」

「えー、それじゃあまるでお祭りじゃないですか。」

「ははは、まあ一見すると、確かにあれは盛大な祭りだな。」

「見ごたえありそうですが、爆竹って危なっかしいですね。」

「そうだな。その日だけで爆竹代の総額が1億を超えると聞いたことがあるな。けが人が出たり火事が起こる事もある。」

「スケール大きすぎませんか?そうしたら、おじいさんの精霊流しするんですか?」 

「さあ、どうだろうな。親戚の繋がりも少なくなり、遠くに住んでいるものが多いし、町内会も高齢化が進んでいる。」

「精霊流しだけじゃなくても、昔からの伝統ってどんどん減っていくのかもしれないですね。でも、生きているうちに一度、見てみたいです。」

「ああ、機会があればな。」

 領木は長崎の話をするときは饒舌だし嬉しそうだ。それだけこの地が好きなのだろう。その熱意もあってか、彼の説明が上手なのか俺は領木の話に聞き入ってしまった。



「領木さん、また坂登るんですか~。」

「うるさいデブ。」

「・・・俺別に太ってないんですけど。」

 確かに高校の時からするとお腹は若干ぷくぷくしてきているが、まだ太ってはいない、はずだ。

「太っているから、ちょっとの坂ごときで弱音を吐くんだろう。」

「うぅ。」

 彼は本当に病人なのだろうか。俺の方が彼よりも若いはずなのに。

 領木は意外だったが、本当に観光に連れ出してくれた。グラバー園や大浦天主堂を観光したり、孔子廟で中国の変面ショーを見て、中華街あたりで昼食をとる事にした。

「長崎って俺初めて来たんですが、感動しました。いい意味で異文化がごちゃ混ぜでなんだか別の国にいるみたいです。」

「はは、語彙力は低いがまあ言っている事は理解できるな。」

「あの、皿うどんは知ってるんですけど、“太麺”皿うどんって何ですか?細麺皿うどんっていうのは書いてないんですが、あのパリパリ麺の上にあんかけが乗ってるのが細麺ですかね。」

 俺は見慣れないメニューとにらめっこしながら領木に尋ねる。

「皿うどんは皿うどん、太麵皿うどんは太麵皿うどんだろう。」

 説明が面倒だと言わんばかりに、領木は目線をメニュー表から離さず答える。どっちが語彙力ないんだよと突っ込みたくなる。

「それじゃあ太麵皿うどんにしてみます。領木さんは決まりましたか。」

「麻婆茄子丼。」

「はあい、あ、餃子も分けましょうよ。注文しますね。すみませーん。」

「太麵皿うどんと麻婆茄子丼、餃子とコーラ二つでお願いします。」

「お前、奴隷力が上がってきたな。」

「あ、やっぱりコーラでしたね。この間オフィスでも飲んでるの見ましたよ。俺も久々飲みたくなっちゃって。」

 こうしていると、年の離れた友人と旅行に来ている気分になる。まあ、実質そうなのかもしれないが。 

 大学やオフィスから離れた長崎という土地にいるからかもしれないが、領木の雰囲気が柔らかくなったというところにもあるだろう。

 彼は会社の代表であり、この旅行中も何度も電話をかけていたし、隙があればしょっちゅうスマホを確認しており、ここでも仕事から完全に離れているわけでは無いようだ。しかしながら、彼の態度や口調はこれまで感じた事のないものである。

「わあ、太麺皿うどんってパリパリ麺じゃないんですね!」

 運ばれてきた料理は、中華麺のようなゆで麺の上に野菜や肉、海鮮の具の上に餡がかけられたものだった。

「めっちゃくちゃ美味しそうなんですけど、これって餡かけちゃんぽんっていう方が分かりやすくないですか?」

「お前の口は本当に良く動くな。」

「領木さんの麻婆茄子丼もめちゃくちゃ美味しそうなんですけど。一口ください。」

 領木は嫌がるかと思ったが、意外と素直に丼をこちらによこしてきた。遠慮せず蓮華で掬い、大きな一口を頂く。

「わあ、茄子を揚げてあるから、餡に浸かっていてもぱりっとしてて、すっごく美味しいです。ありがとうございます。お礼に俺のも一口どうぞ。」

 俺は自分の皿を持ち上げ領木側に寄せ、取れやすいように差し出した。

「俺は人の食べかけは食べない主義だ。」

「自分の食べかけをあげるのはいいんですか。」

「まあ、マサムネもたまに俺の食事をねだってくるときがある。」

「なんで俺を、マサムネくんと一緒に括ったんですか?!」

 俺がちょっと声を荒げると、領木は少し笑った。俺は反発しようという気持ちがあったのに、その表情をみて呆気にとられてしまった。

 この人、意外と子供みたいに笑ったりできるんだな。



 食後はまた、街中を散策して回った。眼鏡橋では、領木に眼鏡ポーズをさせようと躍起になったが、クールぶってやってくれなかった。

 あと、少し鼻についたのが、領木は結構目立つ存在らしく、修学旅行中の女子高生から黄色い声援が飛んでいた事だった。確かに俺は身長も高くないが、“あの高身長の人かっこよくない?”といわれると俺が話題の外であるとはっきりと認識してしまうのが気に入らなかった。領木の顔は人目を惹く容姿であるとは思う。現役女子高生のリアクションがこれであるので、これまでも言い寄る女性は少なくなかったのではと推測されるが、この傲慢な性格だ、実際はどうなのだろうか。

 だが少なくとも、仕事とは言い切れない今回の彼の帰省に、友人でも恋人でもなく俺を連れてきているところを踏まえると、現在女性の影があるとは言いがたい状況であるだろう。

「日が暮れてきたな。そろそろ戻るか。明日もどっかの世間知らずのおバカさんのおかげで、早朝から漁に出る事になったしなあ。あーあ、船に乗った事すらないだろうになあ。」

「あーもう、すみませんって。確かに潮干狩りしかしたことないし、船にも乗ったことないですけど、、、でも、やってみたかったんですもん。」

 領木は厭味ったらしく恨み言を連ねる。それだけ釣りが嫌いなのだろうか。まあ、ゆっくりと帰省するつもりが、体力を消耗する羽目になったことを憂うのは仕方ないだろう。少し申し訳なくなるな。



「おばあさん、戻りました。」

「お帰りなさーい。わあ、よっちゃんが冬弥くんがお友達連れてきたって言ってたけど、まさかこんなに可愛い子を連れてくるとは思わんやった。」

「なんでお前がいる。」

「久々に会ったのに、その言い草ひどくない?」

 橘宅に戻った俺らを出迎えたのは、小柄でぱっちりとした目が特徴的な女性だった。一言目からかなり元気の良さが感じられる声音をしている。

「あ、こんにちは、小日向春といいます。」

「いきなりごめんね。私は西(にし) 加奈恵(かなえ)、冬弥くんの同級生なの。ご近所同士なのと私漁協で働いてるから余ったお魚とか良く持ってきて、よっちゃんに料理して食べさせて貰ってるさね~。」

「賑やかな声が聞こえてくると思ったら帰ってたのね。」

 おばあさんが台所の奥から顔を覗かせる。白いエプロンをしており、夕飯の支度をしてくれていたようだ。

「わあ、いい匂いがしてますね。良かったらお手伝いさせてください。」

「まぁ、ありがとう。そしたらお皿を出してくれたら嬉しいわ。」

 おばあさんの指示を受け、領木と一緒にお皿を出し食事の準備をする。人に言われて動いている姿を見る事が出来るなんて、ここでは本当に予想だにしなかった領木の姿を目にすることが可能なようだ。



「それで、冬弥君は仕事順調なの?」

 加奈恵さんを入れて4人で食卓を囲む。加奈恵さんの様子からして、しっかりとこの家に馴染んでいるようだ。

「普通だよ。お前はどうなんだ。去年会ったときは婚活がうまくいかないってぼやいてただろ。その様子を見るに、状況は変わらないんだろうが。」

「やぐらしかね~。私に見合う人がいないだけなんですけど。春くん、聞いた?ひどいでしょ。大変やね、こんな人のところで働くのは骨が折れやろ~?」

 ちょいちょい入る方言が分からないが、領木の発言が加奈恵さんの気に障ったことは間違いないようである。俺は答える前に領木に目をやる。下手な事を言ったら殺すという視線を感じ、おばあさんの手前あいまいに返答する。

「えっと、領木さんは意外と優しかったりするんですよ。愛犬家ですし。」

「へえ、意外やね。それに冬弥君が犬を飼ってるだなんてね。」

 俺の必至なフォローに気が付いているのか、加奈恵さんは笑い交じりに話す。

「あら、そうよ。冬弥ちゃんは昔から動物が好きだったんだから。子猫が裏山に捨てられてた時もね、雨の日に冬弥ちゃんが帰って来ないと思って、お父さんが探しに行ったら傘をさしてあげてたのよ。」

「おばあちゃん、昔の話ですよ。」

 とっさにおばあさんに昔話を暴露され、柄にもなく恥ずかしそうにしている。

「ふふふ、昔から冬弥ちゃんは自分がやりたいと思った事は絶対にやり遂げる子だったわよね。子猫も本当は飼いたかったのだけれど私が猫アレルギーだから、ポスターを手書きで何枚も作っては張って回って、飼い主を見つけるまで続けたんですから。」

「へえ、領木さんが子猫の為にそこまで!」

「黙れ。」

 領木は照れながら、おばあさんに聞こえない程度の小さな声で反論してきた。

「そうそう春ちゃん、いつもの復讐で冬弥君の昔の恥ずかしい話いっぱい聞かせてあげるけんね。」

「子供の頃の領木さんの話いっぱい聞きたいです。」

「お前ら本当にいい加減にしろよ。」

 加奈恵さんはとても明るい人で、その日の食卓はかなり賑やかだった。

珍しく領木がいじられている姿も見る事が出来て、そのリアクションも新鮮であった。領木はおばあさんには強く出る事が出来ない為、ついに俺と加奈恵さんが頼んでおばあさんが冬弥の卒アルを押し入れから引っ張りだして披露するに至った。

「もう、、、だめです、、、、。加奈恵さん、本当に笑わせないでくださいよ。」

「笑わせてるのは冬弥君でしょ。ねえ、見てよ春くん。この生意気な17の冬弥坊や。」

「もう~~~~。」

「私冬弥君とは高校違ったから、実は私も卒アル見るの初めてだけど、今見たらだめだ。」

 俺たちはお酒が回っているのもあるが、卒アルの中の幼い領木でなぜかツボに入っていた。だって、あどけない高校の冬弥も眉間にしわを寄せおり、今隣に座っている領木と同じ表情をしているのだから。

「お前ら、、覚えておけよ。特に春、減給されたいか。」

「ううう、ごめんなさい。ほら、加奈恵さんのせいですって~~。」

「もう冬弥くん、春くん怯えてるやろうが!」

 領木は屈辱に震えながら、酔っ払い2人に翻弄されている。

「ふふふ、久々に楽しい夜を過ごしたわ。みんな本当に仲が良くて微笑ましいわ。そしたら、私はそろそろお暇しようかしら。それにみんなも明日漁に行くなら朝は早いわよ。」

 そういっておばあさんは爆笑して机に突っ伏している俺たちに挨拶し先に床についた。

「おい、春、もういいだろ。俺たちも行くぞ。」

「ああ、待ってください。加奈恵さん楽しかったです。おやすみなさい!」

「えー、もう寝ちゃうの?残念。じゃあ私も帰るね。また明日ね。」

 加奈恵さんはすぐ近くの家に住んでいるそうで見送りも不要と言い、直ぐに自宅に戻っていった。

 自分たちに用意された部屋は、領木が学生時代に使っていた部屋のようだった。物がほとんどないが、学生机が置かれたままである。

ベットの隣におばあさんが客間用の布団を用意してくれている。

 なんだか、学生の頃に戻ったように領木の隣に寝るのは気恥ずかしさを感じる。この学習机なども学生時代を思い出させるのかもしれない。

「領木さん今日は楽しかったです。」

「お前は酔いすぎだ。水を飲んで酔いを醒ましておけ。俺は風呂に入ってくる。」

 そういってすぐにお風呂に行ってしまった。手持無沙汰になり、スマホを取り出す。

 今日は1日楽しく過ごしていたから、写真を撮るとき以外にスマホを全然見ておらず、チャットのメッセージが来ていたことにも気が付いていなかった。

 ん、なんだこの通知の数は。アプリを開くと未読メッセージ35件と表示される。詳細を見ると、なんとすべて大雅から来ているようだ。

〚ハル~なにしてる?〛

〚ああ、バイトか。〛

〚今日は何時に終わるの?〛

〚なんで連絡ないの?〛

〚ゲームしに遊びに行っていい?〛

〚え、まだ帰ってない?〛

〚もう遅いよ?事故に遭ってたりしないよね?〛

〚心配だから返信だけでもしてよ。〛

〚ハル??〛

〚-不在着信-〛

〚-不在着信-〛

〚-不在着信-〛

〚-不在着信-〛


 確かに大雅とは毎日のように会ったり連絡は取っていたが、これまでここまで大雅からチャットが来たことはなかった。ひょっとすると、俺は旅行に行くと大雅に言っていなかったかもしれない。しかしながら、こんなにも心配をするなんて少し過保護すぎるのではないだろうか。

 心配をかけてしまった事は申し訳ないが。

〚連絡遅くなってごめん。〛

急いで返信を返す。すると、続きのメッセージを打っている最中に既読がついた。

〚よかった。〛

 大雅のやつ本当に心配性だな。

〚実は今長崎にきてて明日帰るんだ。〛

〚長崎?それって仕事?〛

〚そうだよ。お土産何が欲しい?〛

 ぽんぽんと返信が帰って来ていたのに突然帰ってこなくなる。既読はついているから安心して別の事をしているかもしれない。心配をかけて申し訳なかった。

 とにかく明日は早起きなので明日の用意を寝る準備をしよう。





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