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The Ending Note  作者: 四 詢
6/20

6.ハスキー


「失礼しまーす。」

 講義が終わり真っ直ぐにオフィスへ向かう。

 西園さんに社員証を貰っていたので、スムーズに入館することができた。初出勤に緊張しながらもおそるおそる中へ進む。

「ワンッ!ワンワン!!」

 尻尾をぶんぶんと振り撒く、大きな綿埃に襲われる。

「マサムネきゅん!昨日ぶりだね。」

 熱烈な歓迎をしてくれるマサムネを抱きしめていると、近くからふふふと笑い声が聞こえる。

「すっかりマサムネに気に入られたようですね。」

 デスクの方かから西園さんが現れる。彼の長身にピッタリ合ったオーダーメイドのスーツに身を包み、今日も出来る男の出で立ちだ。

「西園さん、改めて今日からよろしくお願いします。」

 俺は、さっと立ちなおして挨拶をする。

「こちらこそよろしくお願いいたします。」

「今日は何をしたらよいでしょうか。」

「そうですね。代表は今仕事が立て込んでますので、まずはそのままマサムネを散歩に連れて行ってあげてください。」

 序盤から一番嬉しい仕事を任せられるとはツイている。

「分かりました。って、マサムネ君、はや!」

 足元がなんだか騒がしいと思ったら、マサムネは散歩というフレーズを理解しているのか、どこからかリードを見つけ口に咥えて、足元でアピールをしている。

「マサムネくんは賢くていい子だね。」

 さっそくリードを付けて出かける準備をしていたところ、ガチャっとドアの開く音がした。マサムネが尻尾を高速で振りながら吠え出した。

 音がした社長室の方へ目をやると、黒いシャツをきた領木が社長室から出てきたところだった。

 出て来るや否や嫌な笑みを浮かべこちらを見つめてくる。

 領木の会社なのだから、会うのは当たり前なのだがこちらを見透かした目が苦手で出来るだけ会いたくないと思ってしまう。

「来たか奴隷。」

「奴隷・・・。あの、よろしくお願いします。今からマサムネくんの散歩に行くところでして。」

「そうか、俺もちょうど気分転換しようと思っていたところだ。お前、免許あるか?」

「免許は、はい。あります。」

 そう答えるや否や、領木がポケットから車のキーを取り出し俺に放り投げてきた。

「えっ、ちょっと。」

「代表、BNC社から打診を受けている契約の件はどうなさるつもりですか。」

「お前に任せる。」

 西園は絶句した表情をしたあと、手のひらで顔を覆った。この様子を見るに、領木から無理難題を投げられるのは慣れているのだろう。

 それにしてもこの人、散歩に付き合う暇はあるのだろうか。



――

「そこ左。その後2つ目の信号で右に曲がって直進、突き当たり右。」

「え、あ、はい…。すみませんけど、左折した後にまた教えてください。」

「もしかして、お前、頭悪いのか?」

 心底驚いた表情をしているのが、冗談じゃなく本気で言っているのが分かって腹立たしい。

「...領木さんに比べたら悪いんでしょうけど、こんな高級車を運転する身にもなってくださいよ。」

「まあ、お前じゃ到底払えないだろうな。ぶつけたらその分給料から引いておく。」

「だから怖いんですよ!!」

 マサムネの散歩に行くはずが、なぜかビルの地下に停められていた、高級車を運転させられている。免許はあるが、こんな高級車を運転した事があるはずもなく、心臓が縮こまりそうだ。領木は、呑気に隣に座ってスマホをいじりながらも、外の景色は見えているのか指示をしてくる。頭が良いのだろうが、一度に指示を出してくるし、一般人のキャパを知らないようだ。

「えっと、二つ目の信号をどっちでしたっけ?」

「右だ。マサムネの方が記憶力いいぞ。」

「そうですか。」

 頭は良いかもしれないが、人間性は良いとは言えないようだ。

 バックミラーで後部座席のマサムネに目をやると、人間のように大人しくシートベルトをしてニコニコした表情を浮かべている。マサムネのおかげで領木との時間もやり過ごせそうだ。



「後部座席にマサムネの物が色々入ってるから出して持ってこい。」

「はい。」

 向かった先は、ドッグランが併設されている大きな公園だった。

「よく来るんですか?」

「いや、最近は仕事が忙しくて連れてきてやれてなかった。マサムネは犬より人間が好きだから、お前が遊んでやってくれ。」

「もちろんです。」

 俺とマサムネがフリスビーをして遊んでいる間、領木はチェアに座ってタブレットを操作している。眉間にしわが寄っており、恐らく仕事関係の事をやっているのだろう。

「領木さん!」

 俺が声を掛けると領木はこちらに目線をやり、はっとした表情をする。俺がマサムネに向かって投げたボールを、領木の元に持っていたのだ。領木も一緒に遊ぼうという事らしい。

 領木はマサムネを見ると、やれやれと本当にほんのわずかだが、いつもの仏頂面が解かれ柔らかな表情を浮かべた。恐ろしく速かったので、俺じゃなきゃ見逃していただろう。

「マサムネ、よし、散歩するか。」

 領木はマサムネの頭をぽんぽんと軽く触るとチェアから立ち上がった。俺たちは新緑が美しい公園を歩くことにした。

「お手伝いってこんなことでいいんですか。」

「今は特に頼めることが無いだけだ。これからしっかりこき使う。」

「あ、はい。そうですか。」

「お前、家事は得意か。」

「まあまあですね。母子家庭で、母が働いてたので家事はある程度ならできるかと思いますけど。」

「それはいい、ちょうど家政婦が辞めたところだったからな。俺の家の家事手伝いもしてもらおう。」

「そういうのは得意だと思います。」

「不満があれば言え。給料はその分上乗せしてやろう。」

「不満はないですよ。給料も十分です。」

 母子家庭といってこんなリアクションをされたのは初めてかもしれない。大抵バツが悪い顔をされて話を変えられるのに。まあ細かな詮索をされない事は、俺にとってもありがたくはあるが。

 公園には平日の午後といえども多くの人で溢れている。ランニングしている若い男性や、家族で過ごす人が多く、男二人と犬1匹は少し浮いているような気がする。


「ふわふわワンちゃんだー!」

 突如、母親と遊んでいた幼女がマサムネを見てこちらに向かって走ってきた。

「こら、ゆなちゃん。いきなり触ったらワンちゃん怖がっちゃうからだめよ。」

 慌てた母親が幼女の後を追い、幼女を制止するよう声を掛ける。

「ワンちゃん触っちゃだめー?」

 幼女が俺たち二人を見あげ、瞳をうるうるとさせながら尋ねる。

「はぁ、好きにしろ。」

 領木がいつもと変わらない仏頂面で答えると、驚いた幼女の顔がたちまち曇り、慌ててフォローを入れる。

「うん、いいよ。この子マサムネっていうんだよ。」

 俺がそう言うと、再び幼女の表情に笑顔が戻った。

「ありがとうございます。ゆなちゃん優しく触るんだよ。」

「うん!マサムネくんかわいいね~。」

 幼女もだが、マサムネも嬉しそうにしている。

「ゆなちゃん、そろそろ行こうか。」

 頃合いを見て、幼女の母親がそう声を掛けた。

「うん。今日はママと一緒にパパの誕生日のお祝いをするから、早く帰らないとなんだよね。」

「そうなんだ。楽しんでね。」

「おじさん達もお家で家族が待ってるの?」

 純粋な目で聞いてくる。領木に目をやると会話に参加する気が無いようで明後日の方を向いている。

「僕はまだ学生で一人暮らしなんだよ。」

「そうなの、寂しいね。また、ゆなが遊んであげるからね。ばいばーい。」

 そう言いながら手を振り、母と仲睦まじく去っていった。

「そういえば、領木さんの事まだ何も知らないんですが、結婚とかしてるんですか。」

「結婚はしていない。」

「そうなんですね。近くに家族が住んでたりしますか。」

「いや。」

「兄弟はいますか。」

「いない。」

 雑談苦手なのだろうか。聞かれたことにしか答えないから会話が続かない。

 幼女に対しても変わらない態度だったしな。

 少しぎこちない雰囲気の中、俺たちはまた歩き出した。

「領木さんの会社ってネットで調べたんですけど、グループ会社とかもあるんですね。若いのに凄いですね。」

「ふんっ。」

 喜んでいるとも、煩わしく思っているともとれるように鼻を鳴らしただけだ。

 この金持ちは、金の稼ぎ方は知っているが、人とのコミュニケーションの取り方については学んでこなかったらしい。

「ああ、今週末、長崎に行くぞ。西園に聞いてチケットを用意しておけ。」

「え、長崎?今週ですか?」

 唐突過ぎてオウム返しをしてしまう。

「なんだ、クビにするか?」

「い、いえ。分かりました。」

 領木はまた、ふんっと鼻を鳴らした。

 目的無く歩いていると思っていたが、領木の足は公園の一角に併設されたレストランで止まった。テラス席では犬と一緒に食事が出来るようで、小型犬が食事をする飼い主の足元でくつろいでいるのが見える。

「食事にするぞ。」

「あ、はい。」

 マサムネは来たことがあるのか、食事と分かったようで、喜んで尻尾を振っている。




「グリーンサラダとボロネーゼに、カルボナーラ。飲み物は、コーラとウーロン茶、あと犬にはこの“ワン”バーグを頼む。」

「かしこまりました。」

 食べたいものを聞かれ、答えると領木が注文を取ってくれた。

「ありがとうございます。領木さんって出来る大人って感じですけど、お酒じゃなくてコーラ飲むんですね。」

 領木は反論せずに、目線だけこちらにやり不快感をあらわにした。答えたくもなかったようである。

「そ、それより、家の近くにこんな素敵な公園があるのは羨ましいです。」

 直ぐに話題を変えようと話を振る。しかし、またもや無視された。


「あの、長崎には何をしに行くんですか。」

「荷物持ち。まあ雑用だな。」

「分かりました。西園さんは来ますか。」

「あいつは仕事だ。」

「・・・そうですか。」

「安心しろ、出張費用は多めに出してやる。」

 ただでさえ高給な仕事であるにも関わらず、更に給料を上乗せしてくれるようだ。美味しい話過ぎて逆に何をさせられるのか心配になるが。

 それにしても、目の前で食事をしているこの男は、ビジネスで成功し、ルックスも肌艶も良い。余命宣告を受けているとは到底見えないだろう。しかも、食事をする所作まで美しく、サラダをフォークで口元に持っていくだけの動作までも絵になるようだ。

 フォークでサラダ食べるのって非効率すぎない?とファミレスで、サラダを箸で食べていた大雅の姿が頭に浮かんで俺を安心させた。

 ちょうど日没の時間で、夕日に照らされた領木の瞳が、べっ甲のように輝いている。この人の過ごした今日は、見えた景色は俺と同じだっただろうか。出会ったばかりで、彼の事を俺はまだ全然知らないが、若くして自分の会社を持ち、成功しているように見える彼のこれまでの人生は決して楽な道のりではなかったのではないかと思う。

 それこそ、バイトを雇う必要もなさそうだが、ネットで検索すると多数ヒットするような有名人は、俺の様な平凡な大学生を雑用係にする方が、何かと便利なのかもしれない。

「失礼かもしれないんですが、、、。」

「何だ。」

「領木さんのやりたいことってどんな事ですか。」

「・・・死ぬまでに、か?」

「は、はい。」

 直接口にするのは憚れたが、彼自身があえてその言葉を使った事に戸惑いを隠せなかった。あまりに重たい話題に切り込んでしまったが、これから半年間の業務内容について把握するのはお互いの為にもなるだろう。

「そうだな・・・。人並みに考えてはいるんだが、俺は自分の目標は概ね達成している。」

「仕事の事ですか。」

「そうだ。この会社は一から立ち上げたんだ。売り上げも当初の目標値は達成しているし、グループ会社も着実に増やしてきた。」

「起業するのが目標だったんですね。」

「まあ、あながち間違ってはいない。」

「違うんですか。」

「そうだな、簡単に言うと、俺は俺が有能だと思う。」

「ん?は、はい、それは、、、そうですね。」

 いきなり何を言い出すんだこの男は。

「だから、俺は有能で、その他大勢よりも全てにおいて長けている事を証明する、それが俺の人生の目標だ。」

「な、なるほど、、、。」

 分かったようで分からない。いや、全然分からない。自信満々でナルシストのような発言をしたかと思ったが、天才の言う事は全く理解が出来ない。

「でも、起業してその事業は軌道に乗っててってなると、既に領木さんの有能さは証明されていますよね。」

「そうだな。だから困っている。」

「他にはやりたいこととかないんですか。」

「稼いできたからな、それなりに良いものも口にしてきたし、欲しいものは大抵手に入った。あとはそうだな、時間は無かったからゆっくりと旅行でもしながらやりたいことを探すかな。」

 “ゆっくりと”、か。これまで齷齪と働いてきて、ようやく出来た時間が余命の半年だなんて、何という皮肉だろうか。

「そうですね、俺もお力になれるように頑張ります。」

「ふんっ。まあ期待はしてない。雑用係と暇つぶしが欲しかっただけだからな。」

「はい、、、。えっと、趣味とか好きな事は無いんですか?」

「余暇というか、仕事以外の時間はビジネスチャンスだからな。人脈を広げるためのゴルフやダイビングとかはやったけどな。ダイビングはいいな、あの世に行く前にこの世の神秘を少しでも知る機会だ。よし、次はダイビングだな。」

 半分独り言のように、そう話す領木の目はもうほとんど落ちかけた夕日の光をすべて集めるように、一層きらきらと煌めいて見えた。



「領木さん着きましたよ。」

 領木の住むタワマンの地下に車を停め、助手席に座っている領木に声を掛ける。今日のところは家まで送り届けるのみで良いようだ。それにしても高そうなタワマンだ。

「ああ。」

「ワン!」

「ああ、マサムネ君。寂しいけどまた明日ね。」

 かわいい綿毛を名残惜しそうに触ると、自分がアイドルだと自覚しているように、サービスだと言わんばかりに俺の手のひらをペロペロと舐めてきた。

「それではまた明日よろしくお願いします。」

「じゃあな。」

 領木は、マサムネとは対照的にほんの少しも躊躇せずにエレベーターに向かっていってしまった。



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