5.価値観
―ピンポーン―
「お邪魔しま~す。」
「おう。」
遊びに来たといっても、実は大雅は同じマンションの一つ下の階に住んでいる。大学入学前に、俺が家を探していたころ、半ば強引に場所を聞き出すといつの間にか実家から越してきていたのだ。
特段大学が近いというわけでもないし、大雅の家は結構裕福だから、もう少し立地が良く広いところが借りれただろうに。面倒くさがりな奴だ。
まあ、友人が近くにいるのは寮生活のようで楽しく、課題も一緒にできたりと都合がいい事が多い。
大雅は手慣れた手つきで来客用のスリッパを取り出し、冷蔵庫から麦茶を出して飲みながら、あっという間にくつろいでいる。
「お前、ここ自分の家だと思ってるだろ。」
「同じマンションなんだからもはや俺んちだろ?わ、鍋?最高!だいすきハルちゃん!」
「ハルちゃん言うな。」
本当に調子のいいやつだが、俺が用意していた夕飯に喜ぶ姿を見ると今日のマサムネを思いだす。
大雅は能天気で女好きなところがあるが、大雅といるのは気が楽で、嫌いじゃない。
「そういえばさー、面接どうだった?あ、白滝もよそって。」
話しながら、鍋から器によそう俺にリクエストしてくるのは注意散漫なのか器用なのか・・・。それに自分の為によそってるつもりだったのだが。
「ああ、雇ってもらえたよ。」
「へー。どんな仕事?」
「うーん、まだ分かんないんだけど、資料整理とか犬の世話とかかな?」
依頼内容や領木の死期が迫っている事については西園に口止めされている。恐らく領木が経営する会社の機密情報でもあるからだろう。
ましてや余命半年の大企業の社長の付き人になったなんて言ったら、いくら大雅であっても心配されてしまうだろう。
それに半年後に大金が入ったら、余ったお金で、大雅が就活中のバイト代くらいは工面してやりたい。まあ、大雅は実家が太いしバイトをする必要もないのだろうが。する必要もないだろうに、今も暇つぶしくらいの感覚でバイトしているのではないだろうか。
「はは、何だそれ。まあ、頑張って。あ、そういえばハルが好きなアニメの劇場版今やってるじゃん?日曜日見に行かない?」
「ごめん、バイト入ってる。これから、半年間は基本的にバイト行かないといけなくなった。」
「え、何それ。短期じゃないの?」
先ほどまで夢中になって鍋をつついていたが大雅だが、突如食事の手を止めて真っ直ぐにこちらを見つめてくる。
「ああ、今度は短期じゃなくて長期で雇ってくれることになってさ。今のところ半年間になった。」
「半年も?今まで単発でしか働いてないじゃん。大丈夫なのハル??」
「たった半年だろ?ていうか、就職したら何十年と働くことになるんだぞ。」
そもそもOtasukeWorksを紹介してくれたのは大雅だ。大学1年の時は飲食店でバイトをしていたのだが、バイト先の雰囲気が悪くなったのと大雅の勧めもあり辞めた。それからこのアプリを通じて単発バイトを始める事にしたのだ。単発バイトは人付き合いをあまり気にしなくていいのは気に入っていってはいたが、今回は特殊と言えど俺にはもったいないほどの好条件だ。
「そっか。でも、バイト終わったらこうやって会えるよね?」
手を止めたまま、聞いてくる。
「はは、寂しがってんの?そもそも大学でもほとんど同じ講義とってるじゃん。ていうか、俺ほとんどお前としか話してないし。お前と違って友達いないし・・・」
「ハル~~、俺が人気者だからって拗ねるなって。」
「誰がだよ。てか、いつの間にか立場入れ替わってるし。」
大雅はにっこりと笑みを浮かべ、鍋をつつきだした。いつもの調子に戻ったようだ。
「そういえば、大雅お前友達多いけどさ、水瀬先輩って知ってる?」
「んー、水瀬先輩って3年の水瀬萌花?うん、今日ハル話してたでしょ?」
今日の講義終わり連絡先交換をしているところに割ってきたが、周りは一応見えていたらしい。
「そうそう。水瀬先輩ってなんか有名人?みたいだけど、なんでか知ってる?」
「うーん、詳しく知ってるわけじゃないけど、1,000万以上かけて全身整形してるとか、整形費用を稼ぐ為に体売ったりAV出てるとか、反社との繋がりがあるとか言われてるのは聞いたことあるよ。まぁ、あくまで噂ね!」
「噂って・・・。それ、もし本当じゃなかったらネガキャンもいいところだろ。」
水瀬は俺が想像したよりも、ひどい噂をされているらしい。
「うん、でも多分整形は本当。俺は興味なくて見てないけど、俺のサークル内でも昔と顔が違うとかで写真が出回ってた。」
「何だそれ。大学生になってまでそんな幼稚な事で騒ぐなんてくだらない。」
「そうだね、それは同感。でもハルも水瀬先輩と話して分かったでしょ。あの人めっちゃ強いって。あの人の整形が事実だとしても、美人でスタイルいいし、よく誰々が告ったとかどうとかって耳にするけど落としたって話は聞いてないな。」
「確かに、孤高って感じはしたな。」
「考えてみると俺そーいうタイプと付き合ったことないかも!なんか興味沸いてきたな。」
「うっ。大雅、お前が今狙ってる、りおちゃん(?)にチクるぞ?」
「うそうそ、冗談だって!!ただでさえ最近、サークルの女の子たちの風当たりが冷くなってきてるのに。」
「お前が誰彼構わず手を出すからだろ。」
「来るもの拒まずの博愛主義と言ってくれ。」
「はあ・・・」
「ねえ、大雅は優しいからさ同情しちゃうかもしれないけどさ・・・ないとは思うけど、水瀬先輩は強いんだから、わざわざ踏み込むようなことしないでね。」
「俺が?しないよ。授業以外で関わることないだろ。」
「はは、そうだよね。」
「心配するな、狙ったりしないから。」
大雅は意外と水瀬のようなタイプが好みなのだろうか。牽制するようなことを言うなんて珍しい。
そして大雅の話を聞いて、水瀬に対する今日の講義室の異様な雰囲気の理由についてはなんとなく把握することができた。
しかし、いくら水瀬が負けん気が強そうな女子とはいえ、それほどまでに不名誉な噂を立てられているというのは決して居心地が良いものではないだろう。
水瀬は死にたくなったりしないのだろうか。俺が水瀬だったなら、明確な死ぬ理由があると思うのではないだろうか。整形が本当であろうとなかろうと、それを周囲が評価をするなどと、外見至上主義なこの世の中ではとても耐えられないかもしれない。
“「この世のどこにもAのような人間の居場所はないしA自身も生まれてきた事を恨んでいたはず。」”
突如今日の講義での水瀬のセリフが頭に浮かぶ。あれは殺人犯に対するものだ。俺は、、、
「面接疲れた?」
「ん?ああ、ごめん。ちょっとぼうっとしてた。今日さ、犯罪心理学の講義で犯人の心理状態について話したんだけど、大雅がもし周りと違う欲求を持っていて、それは他の人には到底受け入れられないものだったらどうする?」
「うーん?なんか難しいけど、俺は周りと違ってても少しでも長生きしたいかな。だから、その為には周りには自分の欲望は隠し通すかも。」
「でも、その欲望が犯罪だったら?さすがに隠し切れないだろ。」
「そうだけど、俺は自分の大切な人にだけ理解されてたらいいよ、犯罪でもなんでも。その人が離れないなら、捕まらないように何だってできるかな。」
「確かに大雅は家族仲もいいし、味方じゃなくなる事なんて無いのかもしれないけど。」
「ハルは?ハルも俺の味方でしょ?」
「まあ、大雅は調子いいけど変な事はしないって知ってるしね。」
「当然だよね!俺も、もっちろんハルの味方~!人殺しでもなんでも俺だけは友達でいてあげるよ!」
「物騒なこと言うなよ。友達なら犯罪に手を染める前に止めろよな!」
大雅が子供が褒められた時のように無垢な顔して笑うもんだからこちらも可笑しくなる。大雅は昔から明るくてクラスの中心にいるような人物だった。中学で仲良くなってからは家族ぐるみで良くしてもらってきた。
腐れ縁のようにここまで一緒に育ってきたけど、きっとこれからもなんだかんだ俺とは仲良くしてくれると思う。
きっと俺が死ぬまではそばにいるだろう。こいつは俺が先に死んだら沢山泣いてくれるんだろうな。
大雅が大切な友達だからこそ、俺は死にたいなんて話題にも出したことがない。
俺にとって”死にたい”は病んでるわけじゃなく信条に近い考えなんだが。
大雅なら友達も多いし、俺がいなくなった後もきっと沢山の人に囲まれながら楽しく過ごすだろう。
「全部食っちまうぞ~。」
大雅が大きく口を開け箸を口元に運ぶジェスチャーをする。
「おい。」
きっと領木に出会ったからだろう。俺は今、彼の余命宣告の話を聞いて普段よりも感傷的になってしまっているようだ。
「ハル~、今日こそバイオスレイヤーズの2面クリアしような!」
「うん!この間は中ボスも攻略できなったからな。」
「今回は武器のレベル上げてきたから絶対いけるはず。」
最近の趣味は、大雅と高校時代からハマっているゾンビを倒して世界を救う、バイオスレイヤーズの新作をプレイする事である。趣味といっても俺は大雅がいないと電源を入れる事もほとんどないが。
「いいね!もう少しで倒せそう。ああ、ハル!ミランダがやられてる。早く。助けてあげて。」
味方のCPUの女キャラがミイラに食われようとしている。
「おっけい、任せて。よし!持ちこたえた。」
「ふう、何とかクリア!ハルやったね!」
「もう30回は死んだけどな。」
「はは、でもハルも上手くなったね。」
「まあ、これだけプレイしてたら少しは成長するだろう。」
気が付くと日付をとうに跨いでいた。大雅は疲れたのか、コントローラーを床に置くと、万歳のように両手を上げたまま仰向けに寝そべった。
「疲れたなら、部屋に帰れよ。明日も朝から講義があるだろ。」
「うん、大丈夫。」
そう言いながらも大雅は目を閉じている。
「もしさ、いきなり明日からバイオスレイヤーズのような世界になったとして、大雅はどうする?ミランダ達みたいに闘う?それとも隠れる?」
「うーーん。ゾンビは怖いなあ。」
「だよな、俺は死ぬ前に怖い思いしたくない。」
「なんではなから死ぬ前提なの。」
大雅が目を瞑ったまま口角を上げて小さく笑う。
「でも、俺は多分、今とおんなじ。ハルと一緒に戦うよ。ハルが逃げるなら逃げるし。一緒の方が楽しいでしょ。」
「俺たち、今日だけでもう30回は死んだのに?どうやって生き残るんだよ。」
「ははは、言えてる。で、ハルは?」
「俺はもちろん、」真っ先に死にたいよ。
そう言いたかったが、出かかった言葉を飲み込む。
「、、、逃げるよ。勝算がなさ過ぎだろ俺たち。」
大雅が瞑ったままの目と口また弧を描く。もう寝そうだ。
「でも、最後まで生き残った人たちってさ、先に死んだ人よりもつらいと思わない?」
目を瞑ったままの大雅に問いかける。
「んー、なんで?」
「だって、周りの人が死んでいくのを見ながら、いつ自分の番が来るのか怯えながら過ごすのってしんどくないかな?しかも、逃げた先に希望があるかも分からないんだし。」
「俺はハルがいなくなったら頑張れないけど、ハルが生きてるなら逃げててもそれが希望だと思うけど。」
「え、重。お前彼女にもそんな感じなの?」
「おい。誰がメンヘラだよ。」
「お前がメンヘラにさせてるのは何度も見てきたけどな。」
「俺が魅力的過ぎるのが罪か・・・。」
「はあ、羨ましいですよ、その思考力。」
俺は真剣に話していたつもりだったが、急に大雅がふざけだすからいつもの調子に戻ってしまう。大雅に目をやると依然として瞼を閉じているが、最初より眉間に力が入っているように見える。元カノの苦い思い出でも思い出しているのだろう。
日常の節々で周りとの感覚の違いを痛感する。
例えば、デスゲームが行われたとして、犠牲者を出せと言われたらゲームなんかせずに、真っ先に死にたいと思う。ゾンビが蔓延る世の中でも同じだ。
きっと最後の最後になればなるほど先に死んだ者よりも残された者は多くの苦痛を味わう事になるだろう。自分が死ぬ間際の恐怖を味わう事もだが、俺は自分の大事な人を失う辛さに耐えられないだろう。
周囲との感覚の違いは何度も味わってきた。中学時代、授業の中で将来の人生設計について考える時間があった。 俺は、ぼんやりと自分は二十歳くらいで死ぬのだろうと思った。理由は分からないが、それはきっと二十歳くらいで死んでいたいという願望だったのだろうと思う。
その授業の中で、隣の席の男子が俺の目標について尋ねた。
『へぇ、ハルは消防士になりたいんだ。いいね。』
『今のところはね、絶対とかじゃないんだけど。』
『かっこいいなあ。でも消防士って危険と隣り合わせだよな。寿命も短いらしい。』
『それはいいね。俺年取りたくないからさ。』
『嘘つき!』
俺が隣の席の男子と話していた時、前の席の女子が振り向いて話に入ってきた。今俺が言った発言に対して、どうにか本心を暴いてやろうというような挑戦的な表情を浮かべている。
『嘘じゃないよ。』
本当は二十歳まででいいって言いたいけど、二十歳って実際どのくらいなんだろう。大体みんなの長生きに当てはまる、納得してくれそうな年齢を言ってごまかしておこう。確か社会人は60歳まで働かなくてはいけないんだよな。
『俺は長くても60歳で死にたいな。働き終えて人生お疲れ様って感じで終わるのも良さそうじゃない?』
『嘘だよ。だって私は100歳までは絶対に生きたいもん。』
『嘘じゃないって。じゃあ、俺が60歳になったら会いに来てよ。きっと死んでるから。』
『分かった。じゃあ死んでなかったら私が殺すよ?』
『うん、いいよ。』
今考えても、中学生にしては物騒な会話だ。その女子に嘘つき呼ばわりされ、半分躍起になっていたのかもしれないが、自分はその頃には確実にこの世にいないという自信があった。
『お前ら意味わかんない言い合いすんなよ。でもハル、さすがに言い過ぎ。俺も、少なくとも120歳までは生きたいけどなー。』
まさか前の席の女子とだけの意見の相違かと思えば、隣の席の男子も同様の考えを持っていたらしい。俺はみんなが長く生きたいと思うのと同じように長く生きたくないと考えているだけなのに。