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The Ending Note  作者: 四 詢
4/20

4.出会い


 スマホに表示されている住所を再度確認し、現在地と照らし合わせる。

 バイト先である建物はこのビルで間違いなさそうだ。どんな怪しいバイトだろうかと心配をしていたが、想像以上に大きなビルに回転式の入り口、そして受付嬢までいる事に面食らってしまった。

 犯罪組織であれば、ここまで大々的にしてはいないだろうと胸をなでおろす。しかし、今度はこのようなところで自分が採用されるのかと不安になってきた。


「そちらへは、4Fへおあがり下さい。」

 受付嬢に確認し、言われたとおりにエレベーターに乗る。

 4Fに付くと、白い入り口の前にドアベルが置いてあった。腕時計を見て時間を確認する。

 16時57分、よし、ちょうどいい時間だろう。緊張する気持ちを抑え、思い切ってドアベルを押した。

 ビーっと遠くでかすかに音が鳴るのが聞こえる。


 30秒程経っただろうか、足音もなく扉が開き、気が付くと目の前にすっと長身でスーツをビシッと着込んだ男が立っていた。

「面接の方ですか。」

 そう一言男が尋ねる。

「は、はい!そうです。OtasukeWorksで予約した小日向です。」

「どうぞこちらへ。」

 そう言って男はすたすたと奥のほうへ進んで行ってしまう。

 愛想が無く、言動がまるでAIのようだ。置いていかれるのではと焦り、急いで男の背中を追った。

 男は長めの髪をビシッと後ろに流しており、年齢は30代半ば~40代くらいだろうか。もしかしたら想像より若いかもしれない。このくらいの年代は全く年齢が掴めない。


 男についていった先には机やPCが置かれた空間が広がっていた。従業員が業務をこなす執務室なのだろう。机はいくつも置かれているが、作業する者はいないようだ。

 男は更に奥へと進んで行き、フロアの一番奥の部屋の前で立ち止まった。そして、躊躇する事もなく、力強く3回扉をノックした。

 部屋の奥から「入れ。」という声が聞こえる。

「代表、面接の方が来られました。」

 まさか部屋の向こうにいるのは代表のようであり、いきなり代表と面接を行うようである。

 このAI人間が面接するんだとばかり思っていたが、突然トップとの面談という事実にドギマギしながら

長身の俺の後に続きながら中に入る。


「・・・失礼します。」

「おう。まあ、座れ。」

 部屋奥に置かれたデスクで作業をする代表と呼ばれていた男は、いきなりため口で俺に向かって声を掛けてきた。

 高圧的で無礼なその男の年齢は30代半ばくらいで、漆黒のように真っ黒な短髪をセットしており、釣り眉に三白眼というのだろうか、切れ長の目が印象的だ。細身だが、着ている白シャツの腕の部分に張りがあり、体を鍛えているようである。

 なんとなく胡散臭さと高圧的な態度が鼻につく。しかし、いくら相手が合わなそうといえど、実際に代表と仕事をするとは考えにくい。それに、学費や生活費の為にも何とか面接には合格しないといけない。

 俺はお辞儀をしつつ、男が座る机の前に置かれた椅子に腰かける。

「俺は領木冬弥りょうきとうや。ここは、新しく始めたグループ会社の一つだ。お前の情報は応募フォームで確認してるが、、、」

 そう話し始めながら領木はタブレットを操作する。OtasukeWorksに登録している俺の情報を確認しているようだ。

 俺は領木の手を煩わせないようにと、自己紹介を始めた。

「小日向春、明青学院大学2年で心理学を専攻しています。業務内容は事務所の清掃とか資料整理がメインですよね。ホテル清掃や倉庫整理のバイトは経験していますので、自信はあります。」

「ははは、西園。お前、清掃と資料整理だって?それはお前の希望だろ。」

 領木は釣り目を細め、笑いながら先ほど俺を案内してきたAI男に目線をやる。

 しかし、西園と呼ばれた男は微動だにせず淡々と答える。

「なんでも良いから、募集かけておけと言われましたので。それより業務の説明をしてあげたほうが良いのでは。」

「はあ、生意気な奴。小日向、お前に頼みたいのは清掃だけじゃなく俺の付き人だ。雇用は6ヶ月間。給料は月30万保証する。お前の頑張り次第では追加報酬もある。」

「ちょ、ちょっと待って下さい。月30万なんて大金、、、。えっと、俺は一学生で、長時間労働も出来ないですし・・・ましてや法に触れるような事なんて!」

「働くのは基本的に学校が終わってからで構わない。ただし、それ以外の時間俺が呼んだら、何をしていようが、どこにいようが時間問わず直ぐに駆け付けろ。今の時代、細々とバイトしながら生活費稼ぐのも楽じゃないだろ。3年からは就活も始まるし、この6ヶ月働くだけで、少なくともお前は在学中は生活に苦労する事はないだろう。」

「それはそうですけど・・・。そちらに、ただの大学生を雇うメリットがあるとは思えないんですが。」

「末期癌だ。」

「はい?」

「俺に残された時間は大体半年から一年持ったらいい方らしい。」

 領木から出た言葉に絶句し言葉を失う。

 その俺の反応に、領木はやれやれとでも言うように方眉をあげる。

「会社はいくつもあるし、本社、子会社含め俺がいなくても回るように育っている。この新しく作った会社も西園が何とかしてくれるし、お金には困ってない。だが、やっとここまで会社をでかくした矢先に末期癌とかふざけやがって。」

「え?」

 唐突な話についていけない。

「まあ、あとは財産使い果たすまで遊び惚けやろうと思ってな。それなら時間に余裕がある従順な付き人を探そうと思ったんだが、お前なら何でも言う事聞きそうだしちょうど良さそうだ。」

 領木は悪い笑みを浮かべる。

「いや、ええっと。いろんな情報がありすぎてそんな直ぐには決められません。付き人って言っても何をしたらいいのか想像できないですし。そ、それに余命半年って、、、。」

 領木が話している事が本当なのかさえ疑わしい。何故なら俺の目の前にいるこの男は肌艶も良く、適度に日焼けもしていて、いかにも健康そうだからだ。ぎらついた目からは強い生命力を感じさせている。しかも、いくら性格がねじ曲がっていそうとはいえ、余命宣告を受けているというのが本当であれば、とても冷静ではいられないだろう。


 領木はふんっと鼻を鳴らすと、俺の心を読んだかのように自分の心境について話し出した。

「落ち込むとか、悲しいとかそんなフェーズはとうに過ぎた。今は単に腹立たしいだけだ。俺は死ぬまでに財力と権力に物を言わせて生を謳歌してやる。碌な治療法が無いんだ。誰が大人しく病室でじっといてやるかよ。」

 俺はなんと返すのが妥当だろうかと返す言葉が見つけられずに目を泳がせることしかできない。


「そんなに構え無くても、俺の言う事を聞くだけだ。もちろん、俺も一企業の代表だ。法に触れる事をするつもりもないし、命に関わるような危険な事をお願いする事もない。お前にデメリットなんてないだろう。それに、今決めないなら他の面接希望者にお願いするだけだ。」

 俺が黙っていると、また領木が俺の考えを先読みしたようにそう言った。

 頭をフル回転させて考えを巡らせる。確かに、この男の言うとおりに、講義にも出て良いということなら、俺にデメリットは無さそうだ。第一、企業名も場所も把握しているのなら、本当に危ない事をお願いされそうになった時に警察に駆け込むことも可能だろう。そうなると、失うものは相手方の方が大きいのではないだろうか。

「分かりました。付き人、なります。」

 俺は悩みながらも、こんなチャンスは二度とないだろうと思い了承してしまった。

「よし。じゃあ、契約書にサインしろ。」

 男は机の前に置かれた紙をつかみ投げるように差し出してきた。

 契約書を眺める。パッと見た感じだと怪しいところは無さそうだ。隅々まで読んでいると失礼だと思い、すぐさまサインをする。

「よし、これでお前は俺の奴隷だな。お前の連絡先も教えとけ。」

「は、奴隷?!」

 領木は恐ろしい事を口にしながらスマホを差し出す。

 俺は既に契約書にサインした事に後悔をし始めてきた。

「ははは。付き人も奴隷も変わらないだろう。」

 安易に、この性格のねじ曲がってそうな男のもとで働くことにして良かったのだろうか。そう若干公開しながら領木の携帯に自分の連絡先を登録する。

「まあ、俺も仕事の手続きとかで暇じゃないから。とりあえず今日は西園にここの事とか聞いとけ。明日から毎日、馬車馬のように働かせるからな。」

 暇じゃないのかよ!と密かに突っ込みを入れる。まあ、確かにいくつも会社を持つ代表ともなればやる事はたくさんあるのだろう。

「小日向さん、案内します。」

 領木の説明は以上のようで、西園が執務室に戻るように声を掛けてくれた。

「代表、私がいればこの会社が回るなどと思わないでください。これ以上仕事を押しつけるようなら労基に連絡します。」

「お前がいればどうにでもなるだろ。それだけ信頼してるってことだ。もちろん手当はそれなりに支給する。」

 西園は領木に代表として敬意を示しているように見えるが、自分の意見をしっかりと強調出来るような間柄のようだ。そして領木も西園の腕を買っている事が伺える。

「(・・・ッチ。)分かりました。しかし、代表がいないと出来ない仕事がある事をお忘れなく。」

「はいはい。じゃあ早く出ていけ。」

 今、かなり小さくて俺にしか聞こえなかったかもしれないが、西園、舌打ちしなかったか??既に、この会社懸念事項がありすぎるのだが・・・・。

 領木は話は終わりだと言わんばかりに、椅子から立ち上がり窓の方を向いてリラックスするように伸びをしている。立ち上がると領木は西園よりも背が高く、180を超えるような長身の様だ。

「後ほど、花明商事との打ち合わせの件でご相談に伺います。それでは、失礼します。」


「おい、小日向。お前、二度とその羨ましそうな顔向けてくるんじゃねーぞ。」

 俺たちが出ていく前に、領木が言い忘れたかのように振り返り俺に声を掛けてきた。

「え、羨ましい?どういう意味ですか。」

「そのまんまだよ。お前の表情が気色悪いんだよ。」

「えっ・・・表情ですか。」

「もういい、行け。」

 領木は俺が理解できないでいる様子を見ると、話すのが面倒だというように再度机に座り、目線を移していた。

 “羨ましい”?何を言っているのかと俺は領木の口から言葉が続くのを待ったがそれ以上言及されることは無いようである。すでに彼は机のタブレットを操作し、既に業務に入っているようであった。

 図らずも、彼の若くしての成功や想定される多額の資産に対し、羨ましいという顔をしていたのだろうか。確かに誰もが彼の成功に対して称賛するだろう。しかしながら、俺には領木の功績は、まるで夢物語で無関係であると感じるし、到底自分が成し遂げることが出来るものではないだろう。遥か雲の上の存在に対しては、羨むという感情は沸かないと思ったのだが・・・。

 もしかしたら領木の勘違いもあるのかもしれない。



 部屋を出ると、西園が先ほど入ってきたフロアの説明をしてくれた。

「ひとまず場所の説明は以上です。代表がどのような仕事を振るかは分かりかねますが、小日向さんはここのデスクを使ってください。」

「ありがとうございます。他に従業員はいないんですか?」

「ほかにも数名の従業員はおりますが、基本的に在宅勤務をしていたり出張や出向している事が多いので、在中しているのは私くらいですね。」

「なんだか、進んでいるんですね。」

「今日は代表も仰っていたとおり、お願いする業務はありませんので帰って頂いて大丈夫です。小日向さんの大学のスケジュールは把握いたしましたので、明日からお願いいたします。」


―ピンポーン―


 西園が話し終えたところで突然、インターホンが鳴る。

「ああ、もうこんな時間ですか。少々お待ちください。」

 来訪者を迎え入れようと西園が入り口へ向かう。俺はそのまま待つことにした。

「ワンッ!ワンワン!!」

 突如声がしたと思った矢先、入り口からふわふわの大きな毛玉が勢いよくこちらに向かってきた。

「わああ、可愛い~~!」

 薄いブルーの瞳を煌めかせながら白とグレーの美しい毛並みのハスキーが飛び掛かってきた。俺はあまりの可愛さに、迫ってきた毛玉を抱きしめる。

 毛並み的にはまだ子供の部類に入るだろうが、さすが大型犬、顔全体が毛で覆われてしまった。

「マサムネ、よしなさい。すみません、大丈夫ですか?領木の犬なんですが彼がここを家のようにしているのでこの子もここで過ごすことが多くて。」

 西園は少し焦ったように、犬を俺から引きはがそうとする。

「平気ですよ。俺犬大好きなんで。マサムネくんっていうんですね。」

 やっとの事で態勢を立て直し返事した。

「はい、賢くていい子なんですが、私も仕事があるので散歩などは別でお願いしておりまして。ああ、宜しければ明日から領木の指示がない間は、マサムネの世話を頼んでもよろしいでしょうか。」

「もちろんです!マサムネくんのおかげで明日から俄然やる気が出ました。」

 尻尾を千切れそうなほどに振り、仰向けになるマサムネのおなかを撫でながら、明日からの仕事のモチベーションを上げていた。




 家路につきながらバイトについて考えを巡らせていた。

 いくら給料に目がくらんだといえ、よく考えもせずに引き受けてしまったが良かったのだろうか。

 領木は何を考えているか分からないし性格が悪そうだった。一体、どんなお願いをされるか分からない。

 それに、彼が言った事が本当だとするならば、彼には死期が迫っておりそのリミットが分かっている。彼は自分の死期について受け入れているように見えたが、その本心までは分からない。

 バイトの事も、領木の事も今考えてもどうにもならない事のようだ。


 電車の時間を調べようとスマホを取り出す。チャットアプリに数件通知がきている。全て大雅からのようだ。

〚面接どうだった?〛

〚今日ゲームしに行っていい?バイト終わったら行く。〛

 家族ともめったに連絡を取らないし、メッセージのやり取りをするのは大雅くらいしかいないが、良い友達を持ったなあとしみじみ思う。バイトの面接について伝えていたが、マサムネが可愛すぎてついつい、時間が経っていたようだ。返信が遅いと大雅が心配しているかもしれない。

 急いで連絡を返すことにする。

〚面接今終わった。分かった。〛

 送るや否や既読がつく。

 あいつバイト真面目にしてるのか。



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