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The Ending Note  作者: 四 詢
2/20

2.バイト

 

「それでは、次回の発表は田中君、池崎さんにお願いします。」

「「ありがとうございました。」」

 ゼミも終わり、挨拶を済ませると各々が席を立ち始める。


「・・・あの!」

 俺は一瞬ためらったが、教室を出ようとする教授の背中に向かって浮かんだ疑問を投げかけ、足を止めさせた。

「菅原教授は、希死念慮を抱いた事ありますか。」

 いつもクールで表情に変化の無い彼女の表情が動揺したようにほんの少し引き攣る。しかし、すぐにいつものような無表情に戻ると、「個人的な質問には答えかねます。」と冷静に答えた。

「そうですよね、いきなりすみません。」

「そもそも、希死念慮を抱いた事の無い人間はいるのでしょうか。何か嫌な事があったとき・・・それこそ、小学生の頃夏休みの宿題を終えずに始業式を迎える日の朝なんか、”消えてしまいたい”と、そう思うものでしょう。」

「なるほど・・・。そうかもしれませんね。ありがとうございます。」

 不躾な質問だったかと今になって申し訳なくなってきた。

「ですが、小日向さんが自発的に質問してくるなんて珍しいですね。それに他者がどう物事をとらえるかというのは心理学において大事な視点だと思いますよ。」

 幸い、菅原教授は俺の質問を失礼だとは受け取らなかったようである。むしろ、俺の積極性について前向きに捉えてくれたようだ。

「ありがとうございます。ただ、ちょっと気になっただけです。」

「そうですか。それではまた来週。」

 そうさっぱりと答えて、教授は教室を後にしてしまった。

 菅原教授は感情を外に出すタイプではないから何を考えているのかはあまり分からないが、真面目な性格であり、真摯に答えてくれる人だ。


 それにしても、俺は突然どうしてあんなことを聞いたのだろう。

 教授も言ったとおり、自分と他者の考えの相違点を探りたいのかもしれない。

 俺の中に根付いている価値観は講義の中でも言及されていたとおり、誰の中にも存在しうる希死念慮なのだろうか。

 人の心理状態以前に、俺は俺自身が何を考えているのか知りたい。

 心理学を選んだのもそれが理由だった。


「小日向、何質問してたの。」

 同じゼミの田中が講義室から出る前に俺に話しかけてきた。次回のゼミの発表の件で、発表者同士で相談していて他の生徒よりも退出が遅くなったようだ。

「大したことじゃないよ。来週発表だったっけ?田中くん前々回休んでたよね。分からない事とかあったら言ってね。」

「え、まじ!そう言ってくれたら心強いよ。菅原教授、結構痛いところついてくるからさ。そういえば連絡先って交換してたっけ。」

「してないと思う。えっと、良かったら追加して。」

 そういって俺はスマホを取り出すとチャットアプリを起動し、田中にQRの画面を差し出した。

「おっけい。よし、追加したぞ。前はゼミ生同士のグループチャットがあったんだけど、2年からのメンバーで作りなおした方がいいな。この後招待しておくから。」

「うん、ありがとう。」

 というと、俺は旧グループトークの存在も知らずにここまで過ごしていたという訳か。

 まあ、俺はこのゼミに2年から入ったから仕方ないだろう。それに2年からの参加者は俺だけでは無いし、彼らもきっと同じくグループトークに未加入のはずだ。うん、きっとそうだ。俺はそう信じる。

 まだ全員と馴染めているわけでは無いが、菅原教授をはじめとしてゼミ生は友好的で真面目で居心地は悪くない。

 俺はサークルにも所属しておらず、大学では基本大雅としか話していない。だからこんな風に、田中が話しかけてくれて助かる。田中は友好的だしゼミでの課題でも相談できそうだ。



***


 授業合間の日課は、スマホニュースを見る事、最近ハマっている猫育成ゲームをする事、そしてバイトの案件の検索である。

 最近では学生や主婦やフリーターの間で、OtasukeWorksというアプリを通じて、隙間時間を活用しバイトをするというのが流行っている。個人や法人が気軽に募集をかけ、時間や条件に合った者を募るのが一般的だ。ある程度習得に時間のかかる飲食店などの仕事では、そこで雇われるのがよいが、単発的な個人のお手伝いレベルの仕事を探せるのもOtasukeWorksの良いところだ。

 さて、割のいい案件はあるだろうか・・・。先日のハリネズミの世話、あれは良かった。夜行性で昼夜逆転したために寝不足になったのは難点だが、猫や犬よりも扱いやすいし、金持ちの飼い主が不在の間、餌やりなどの基本的な世話をするだけでチップも弾むのだから。

 球場の物品販売は最悪だったなあ。炎天下テントなしでもう少しで病院送りになったところだった。


「引っ越し手伝い5時間」か、単純作業は悪くないけど重いのは苦手だ。「子どもの宿題を見る」、給料はいいが子どもと話したことない事が気がかりだし、一旦保留にしよう。

 画面をスクロールしながら検索を続けているとふとある案件が目に入った。


 “事務所の清掃等軽作業 1時間3,000円 雇用期間:要相談”


 時給3,000円なんて相場からは考えられない程の高自給だ。しかも長期雇用となれば、これ程割のいいバイトはないのではないだろうか。しかし詳細が無いだけに怪しすぎる。

 募集をかけているのは法人のようだ。ネットで検索するとヒットもするし、怪しい企業ではなさそうではあるが。

 学費に生活費に、母からの仕送りはあるものの、奨学金の返済もあり、給与は高ければ高いほど良い。怪しさを感じながらも気が付けば、申込を押していた。

 “【申込み完了】 結果については別途ご連絡します”

 スマホ画面に完了の文章が表示される。不安を抱きながらも、画面を閉じ次の講義の教室へ向かった。



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