北欧神話短歌集
1
沈む陽に
赤く濡れたる
ミョルニルを
草野に埋めて
神々は笑む
2
荒れ果てた
麦畑には
フェンリルの
影が横切る
夜明け前かな
3
風に鳴る
タラの丘より
ルーグ呼ぶ
黒き鴉は
死を忘れ得ず
4
光絶ゆ
氷湖の上を
駆けしエルフ
瞳の奥に
ブリギッドの炎
5
遠雷に
オーディンの槍
グングニル
ひそと映ゆる
穂麦の波間
6
黙せしや
ケルヌンノスの
角埋もる
苔むす大地
祈りは朽ちぬ
7
夕闇の
カラス巡りて
ヴァルハラへ
逸る魂
森に惑いて
8
丘越えて
クー・フーリンの
足音が
遠き呼び声
吸い込む黄昏
9
屍踏む
モリガンの影
咲きし花
白き小径を
血の色で染む
10
冷たさを
抱いて輝く
ブリュンヒルド
咎ある者に
降り注ぐ雪
11
咲き乱れ
穂先を揺らす
オーツ麦
ユグドラシルの
記憶刻みて
12
湿った土
踏み締めし足
フレイの野に
満ちる豊穣と
滅びの息吹
13
飢えた獣
ロキが囁く
破滅へと
真昼の牧場
かすむ月影
14
灰色の
雲は低くて
ヘルヘイム
出口なき道
遠い鳥の声
15
霧深き
森のほとりで
ダグダの竪琴
一度鳴りやみ
再び葬送
16
風渡る
古のルーン
刻む石
飼葉桶には
小さき祈り
17
堆肥山
囲むムスペル
炎の気配
種子もやがては
新しき芽吹き
18
仄暗き
厩舎に漏れる
ファフニールの
毒の吐息と
錆た鉄鎖
19
笛を吹く
妖精たちの
足音は
霧の彼方で
闇に溶けたり
20
麦畑
にわかに揺らす
スルトの火
焼き尽くされた
風は香らず
21
響き合う
タラの石から
鳴く声を
吸い込みてなお
夜のカラスは
22
黄昏に
骸抱きし
ヴァルキュリア
翼の羽音
遠くで泣けり
23
泥濘に
胸まで沈む
トールの馬
再びあがく
野辺の静寂
24
裏切りの
血をすすりつつ
モリガンは
荒野を舞い降り
草花を散らす
25
水鏡
覗きこむ影
ディルムッド
胸に宿せし
満たされぬ渇
26
廃れたる
羊小屋には
ヴェイグヴィッシル
刻む模様の
扉軋みたり
27
霧晴れて
虹の架け橋
ビフレスト
渡る先には
田園の屍
28
夜明けには
輝くブリジット
松明を
昏き倉より
隠し火を継ぐ
29
駆け抜くる
野を見下ろして
ゲイ・ボルグ
突き刺す先に
鳥は啼きやむ
30
かそけき日
背に浴びながら
オースタラの
祝福虚し
羊毛と散る
31
燃え盛る
炉の火絶えず
鴉啼く
銀の皿には
涙の粒が
32
さざめきの
声遠ざかり
イムボルクの
麦ひとしきり
風にほどける
33
夜を裂く
スカディの氷
スケート靴
沈黙に消ゆ
牛飼いの笛
34
荒れた畑
竜頭の兜
持つ者は
どこへ帰るか
答えは吹雪
35
月影に
芽吹くはドゥルイド
密やかに
刈り取る鎌の
錆は深紅
36
海鳴りの
果てに見えたる
ナグルファル
波間に揺れて
麦穂を呑み込む
37
白夜には
フレイヤの猫
忍び寄り
羽撃く小鳥
眠りへ落ちる
38
涙痕
枯れ草燃やす
ローベルの
火に溶く想い
赦しを乞わん
39
血染めたる
ケルトの剣を
振り下ろす
風と朽ちゆく
田園の碑
40
闇の底
金環の指輪
ドラウプニル
幾重に増えて
失せる希望よ
41
佇めば
聴こゆる声は
ヴァルハラの
角笛遠く
仔牛鳴く夜
42
あやかしを
拒む垣根に
刻みたる
ルーン褪せし田に
毒草茂れる
43
牛飼いが
名もなき聖杯
抱えては
ケルンの森を
ただ彷徨えり
44
愁い染む
落穂の野辺に
闇集う
エインヘリャルの
足音かそし
45
木の陰に
鏡のごとき
泉あり
そこに横たう
ユミルの残響
46
地を叩く
重き蹄は
スレイプニル
影ひとつなく
消えていく朝
47
むせ返る
黄昏の牧
ブリジッドの
炎を燃やし
恨みは果てぬ
48
暗裂きて
ギャラルホルンの
音響けば
死の牧歌にも
再生る風
49
踏み荒らす
ケルトの戦車
轍には
雪降り積もり
耕せぬまま
50
赦しなき
北の大地で
穂を刈れば
世界の終わり
ラグナロク来る