さむらいの へざえもん
わかい さむらいが、 すたすたと のみちを あるいていました。
そのなは へざえもん。
くろい きものの すそが なびきます。
とおくに みどりあふれる おおきな やまが そびえたち、 そらは どこまでも あおく すんでいました。
そこへ、 ひとりの せのたかい さむらいが あらわれました。 おじさんの さむらいです。
へざえもんと すれちがったとき、 せのたかい さむらいが いきなり きりかかって きました。
「えいやっ!」
へざえもんは、 すばやく みを かわしました。
せのたかい さむらいは、 にやりと わらっています。
「ほお、やるではないか。 だが、 いまのは わざと よけやすく してやったのだぞ。 どうだ? せっしゃと たたかうきはないか?」
「ことわる」
へざえもんが しずかに こたえると、
「ふふふ。 せっしゃは さむらいを みると、 つい たたかいたくなってしまうのだ。 おぬしのような わかぞうでもな!」
せのたかい さむらいが、 また きりかかってきました。
ドン! バッチコーン!
へざえもんは せのたかい さむらいを なげとばし、 デコピンを おみまいしました。
「あいたたたっ!」
せのたかい さむらいが、 かおを しかめます。
へざえもんは、さらに なんぱつも デコピンを おみまいしました。
「いたたた! いたたた! あう! あう!」
せのたかい さむらいは おでこを おさえて のたうちまわり、
「わあっ! ごめんなさーい!」
なきべそを かいて、 にげていきました。
「せっしゃが たたかいたいのは つよいやつだけだ」
とおくに そびえる みどりあふれる やまをに せをむけ、 へざえもんは また しずかに あるきだしました。
しばらくいくと、 あかい きものを きた さむらいが あらわれました。 へざえもんよりも すこし おにいさんの ようです。
「ふっふっふっふっ。 ここから さきへ いきたければ、 おれを たおしてから いくがいい」
あかい きものの さむらいが、 すっと かたなを ぬきました。
かたなを かまえる さむらいの よこを、 へざえもんは しずかに とおりすぎました。
あかい きものの さむらいが あわてます。
「ま、 まて! ここから さきへ いきたければ、 おれを たおしてから いけと いっただろ!」
あかい きものの さむらいが、 ふたたび まえに たちはだかりましたが、 へざえもんは しずかに とおりすぎました。
「ちょ、 ちょっと、 ちょっと! なんで たちどまらないの! おれと たたかえと いってるだろ!」
やっぱり せのたかい さむらいが あわてても、 へざえもんは しらんかおで あるきつづけました。
「ええーい、 にげるな!」
ピクッ。
へざえもんは、 たちどまりました。
にげるなと いわれて、 すこし はらが たちました。
べつに にげているわけでは ありません。
へざえもんは ふりかえりながら、 しずかに かたなを ぬきました。
あかい きものの さむらいは、 へざえもんが かたなを ぬいたところまでは おぼえていました。
ふわっと、 かぜが ふいて……。
きがつくと、 あかい きものの さむらいは、 あかい ふんどしいっちょうに なっていました。
「えっ、 えっ、 ええっ?」
あたりを みまわしても へざえもんは いません。
とおりかかった まちむすめが、 「きゃあ!」と ひめいを あげて にげていきました。
「いやっ、 ち、 ちがうんだ! ちょ、 ちょっとー!」
あかい ふんどしの さむらいは、 おろおろするばかり。 そのばを たちさるしか ありませんでした。
そのころ へざえもんは、 やはり しずかに のみちを あるいていました。
さっきの あかい きものの さむらいとの たたかいを おもいだしていました。
「あの さむらいの きものを きりきざむのに、 5びょうも かかってしまった……。 あのていどの ことなら 3びょうで できたはずだ。まだまだ しゅぎょうが たりぬ」
へざえもんは たちどまり、 そらを みあげました。あおく すんだ そらが、 どこまでも ひろがっています。
そのとき、 どこからか きれいな ふえのねが きこえてきました。
ピ⁓ヒョロロ⁓、 ピ⁓ヒョロロ⁓。
ふと みると、 おおきな きの えだに、 しろい きものの さむらいが たっていました。
しろい きものの さむらいは ひらりと きから とびおりると、 へざえもんの まえに おりたちました。
なんとも うつくしい かおの さむらいです。 こどものようにも みえます。
「とつぜんの ごぶれいを おゆるしくだされ。 ぜひ、 せっしゃと しょうぶして いただきたい」
しろい きものの さむらいが、 さっと かたなに てを かけました。
へざえもんは、 しずかに しろい きものの さむらいを みつめました。
「ほんとうに せっしゃと しょうぶしたいのか?」
「もちろん。 さあ、 かたなを ぬかれよ」
「そんな かたなでは しょうぶできない」
「なにを。このかたなは めいとうちゅうの めいとう、『きれあじすんごう』なるぞ。 この かたなで たおしてきた さむらい、 おに、 けだものは かずしれず。 そなたとも たたかいたくて うずうずしておるぞ」
しろい きものの さむらいが かたなを ぬくと——————。
かたなが ぐにゃりと まがっていました。
「えっ、 ええーっ?」
しろい きものの さむらいが、めを まるくしています。
「ど、 どうして? どうして? どうして?」
しろい きものの さむらいは おろおろするばかり。
「ま、 まさか? こわいのか? この わかい さむらいと たたかうのが こわいのか?」
しろい きものの さむらいが かたなに といかけると、かたなが ぽきりと おれてしまいました。
「ひ———————————っ!」
しろい きものの さむらいが、おびえたようすで、へえざえもんを みています。
へざえもんは しずかに たっていました。しろい きものの さむらいには、おおきく そびえる やまのように みえたことでしょう。
「わ———————————っ!」
しろい きものの さむらいは、いちもくさんに にげていきました。
へざえもんは うしろを ふりかえり、とおくに そびえる やまを みつめました。
「やまよ。ほんとうに つよい さむらいは どこにいるのだ? せっしゃは そのものたちと たたかってみたい。やまよ、おしえてくれ……」
やまは なにも いいません。
たまたま とおりかかった おじいさんが かんちがいをして、
「ああ? わしに そんなことを きかれても しらん」
と、しわがれた こえで いいました。
「…………」
しばらく やまを みつめた へえざえもんは、ふたたび しずかに あるきだすのでした。
おしまい
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