6 『勇者』の歪み
「あの娘の弱点を握れ。大事にしている人間なら人質に取れ、恋に堕ちやすい性分なら顔の良いやつに惚れさせろ。とにかくあの娘をうちの国に引き込め。あれは強大な戦力だ。他国に奪われては堪らん」
ああやっぱり、人間って汚い。とある国の王に招かれた城の中で私は改めてそれを認識した。
それと共に、自分の能力を世界に認知される前に、あの村から出て関係を絶ったのは正解だとも感じた。
これでもう何ヵ国目だろうか、これでもう何十集団目だろうか、これでもう何百人目だろうか、自分達の利益の為だけに私を一方的に利用しようとする醜い輩は。
ある程度、人に知られるようになってから覚悟はしていたが、それでも吐き気がする。
そしてそんな輩を逆に利用する私自身への嫌悪も止まらない。
幼馴染の情報を手に入れる為にも、幼馴染の状況を正しく把握する為にも、広範囲に及ぶ権力の持ち主は必要だ。だけど、権力の持ち主なんている場所は伏魔殿に決まっている。
幼馴染を敵としてみなしている国々は今や戦を止め同盟を組んでいるが、そんな中でもこれだ。
終わった後にまた戦をする前提でいて、強大な戦力となるであろう私を手に入れようとする。
そのまま同盟を維持とまではいかなくても、せめて戦をしないくらいの選択はあるだろうに、やっぱり世界は碌なもんじゃないからさ。
巷じゃ、私が幼馴染を倒せば、いつかの伝説の勇者のように、勇者は莫大な名誉と地位と金を手に入れ幸せになるのだという噂がされているが、そんなのは有り得ない。
金稼ぎに心を奪われた両親から生まれた私は知っている。
名誉も地位も金も与えられても、使う目的がまともになければ上手く利用出来ず、逆にそれらに人生を振り回されるのだ。
それらに渦巻く、欲望が、陰謀が私を押し潰すのだ。幸せなんて得られない。
地位なんてその最たるもので、欲に塗れた屑達に首輪を付けられたも同然になってしまう。
私はそんなの絶対に御免だ。
そんなことされるぐらいなら、馬鹿な奴らを煽動してクーデターでも起こして国を崩壊させた方が気分的にマシだ。
……また碌でも無いことを考えてる。そんなことしたら大量の死者が出るだろうに、本当に私一人では思考回路がどうしようもない方向に進んでいく。
別の国で、おそらくあれはハニートラップだろうが、それこそ地位・名声・実力・外見を兼ね備えた少し年上の男に、
「君みたいな可愛い女の子が勇者だなんて大変だね。強大な力を持ったバケモノを倒せなんて、辛いし、怖いだろう? 弱音を吐いたって良いんだよ」
なんて言われた。
幼馴染をバケモノ呼ばわりに綺麗な面を剥いでやろうかと心中では思ったが、情報を仕入れにくくなるだろうから適当に「いいえ、これが私の使命ですから。私より今現在強大な力に怯えている人のことを心配して下さい」と愛想笑いで返した。
ちなみに私の中では、強大な力を持ったバケモノ=理不尽な神、怯えている人=幼馴染としているので、何も嘘はついてない。
まあ向こうは案の定勘違いして「自分のことより、大衆のことを優先するように言うなんて! 君はなんて素敵な人なんだ」とか宣って、その後しつこく付き纏ってきて鬱陶しかった。
挙句、旅路についていきたいなんて言い出すもんだから、気に障って試験と評して公衆の面前でボコボコにした。私の後をついてきて良いのは幼馴染だけだ。
それでも「君は僕を巻き込むまいとしてくれたんだね!」なんて言い出すから、よっぽど私を堕とすことへの報酬は高かったのだろう。
残念ながら、私相手にハニートラップは悪手でしかない。
村の爺さんもきっとそう言うに違いない。
それでも何回か仕掛けられているのは、私が幼馴染との関係性や、幼馴染への執着を口外しないからだろう。口外すると、追いづらくなるのは確実だ。
それなら黙っておいて、勝手に勘違いしていくのも止めも否定もしないでおこう。
みんなが思う『勇者』であれば、色々な人間が勝手に情報や資金提供してくれるのだから。
もし幼馴染と私の立場が反対だったら、幼馴染は正直に全部口にして、周りに私のことを理解して貰えるようにするかもしれない。
というか絶対にする。大衆相手にも必死に説得しようとする。
だけど、私は絶対にそんなことはしない。
だって、非効率的だし、他者が認識を変えるだなんて信じられない。他人に期待だなんて馬鹿馬鹿しい。どんなに説得しようが変わらない奴は変わらない。世論が形成されてしまったら、もう終わりなのだ。
だったら、その世論さえも、世界や大衆の全てを利用してやった方がいい。利用して最後は裏切ってやるのだ。
……そもそも私と幼馴染の今の立場が逆だったら、きっとこんな平穏な世界じゃないだろう。
私が大きな破壊の力を手に入れた上で、単独行動していたのなら、それこそみんなが思い描くような世界の敵に、災厄になっていただろう。
気に入らないものを全部ぶっ壊して、ぶっ殺して、嘲笑って、馬鹿にして、穢れた悪となっていただろう。敵意を向けられれば、容赦なく敵意を返して後悔させてやる。
それを綺麗で優しくて真っ直ぐな幼馴染が止めに来る。
悪に堕ちてしまった私を勇者な幼馴染が倒しにくる。
倒して、それで世界は少し平和になって、幼馴染は色んな人に認められる。
ああなんて、王道な展開だろう。多分、こっちが性質的にも合ってるんだ。
なのに民も、国も、世界も、神も私達に逆の役割を押し付けてくるんだ。
お前らが『世界の敵』と恐る幼馴染は誰よりも真っ直ぐで優しいのに、
お前らが『勇者』と期待する私の性根は誰よりも腐っていてドス黒いのに、
幼馴染が町の近くを通れば民は家に閉じこもり外を睨みつけ、私が町の近くを通れば扉を開き歓迎会を開く。
幼馴染の名が出れば人々から非難や恐怖などといった負の感情が口にされ、私の名が出れば人々から賞賛や期待なんて正の感情が表に出てくる。
幼馴染に敵意を向け、私に好意を向けてくる。
神はふざけてるし、人間共は揃って目や耳、頭がおかしいんじゃないかって思う。
なんなら今の状態でも、幼馴染のことを考えるとやらないだけで、私は大勢の被害者を出すことが可能である。
そもそも幼馴染の性格や性質がああじゃなければ、私の守護魔法は恐らくほとんど発動されない。
だって私の守護魔法は「傷ついたと知って幼馴染が傷つく人物を守る」というものだからだ。
最初にその法則を理解した時は、思わず近くにあった農具を思い切り蹴飛ばした。
それくらい私の願望とは乖離していたし、正直気に食わなかった。
私は私の大切な幼馴染が守れる力が欲しかったんだ。
それこそ全世界敵に回しても、彼を守り切れるくらいでありたかったんだ。
なのになんで、私は幼馴染を敵視する連中のことを守っているんだ。
今は基本状態でみんなに対して守護魔法が勝手に発動するようになっているが、意図的に守護魔法を発動させないことだって可能だ。
何回も何回もそうしてやろうと思った。死んじまえって思った。
でもさ、そうしようとする度に幼馴染の寝言が頭によぎるのだ。
悪い事をしてしまったって、人を殺したって傷つく幼馴染の姿が思い浮かぶのだ。
だからさ、幼馴染の暴発させた魔法から、幼馴染を敵視する人々を守ることが止められない。
だって私が守るのをやめて幼馴染が暴発させた魔法で人が死んだら、幼馴染は人を殺してしまったと起きてる時にも傷つくだろうから。
そうなると、どんなに気に食わない奴らだろうが、どんなに幼馴染を罵る奴だろうが、とんでもない糞みたいな奴だろうが守るしかなくなるのだ。
昔の私の失態が、今になっても絡みついてくるのだ。
それで、その守護魔法が私を持ち上げてくるものだから気に食わない。
私を善人に見せかけようとするものだから気に食わない。
何が勇者だ。
大衆に、世界に、滅べと思っているものが勇者だなんておかしいにも程がある。そんな世界の歪みに吐き気がする。
………それでも今は勇者のふりをするしかないのだ。
鉤括弧つきの『勇者』でいるしかないのだ。
私の大切な幼馴染を今出来るだけ守るには、そうするしかないのだ。




