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4 私は『勇者』

 

『勇者』


 そんな大層な名で最近は呼ばれているけれど、そう呼ぶ馬鹿どもが私の考えていることを覗き込むことが出来たとしたら、どんだけ手のひらを返してくるのだろう。


 神様なんてくそっくらえ、いつかぶっ殺して神殺しの大罪人にでもなってやる。

 こう思ったのは何度目だろう。もう、百は軽く超えているんじゃないかと思う。


 最近じゃ、誰かが幼馴染のことを口にする度にだ。

 いや、その場合神だけじゃない、幼馴染を害する連中ごと、このクソみたいな世界ごと私はいらないし、無くなればいいと思った。


『人類史上最強で最悪の人物』

『大地を彷徨う最悪の人災』

『人の皮を被った悪魔』

『生ける災厄』


 そう誰かが彼のことを名付ける度に、そいつを見つけだしてぶち殺してやりたいと思った。


 幼馴染を敵だと世界が認識するなら、私にとっては幼馴染じゃなくて世界が敵だった。



 ***



 元から私は他人に期待なんかしてなかった。

 信用なんてしてなかった。

 そんなひどく冷めた子供だった。


 お金稼ぎや仕事で頭いっぱいの両親を見て、放置されて、人の温かさなど感じられる筈もない。


 子供の集団の中で混じって遊ぶ時でもどこか空虚だった。

 要領は良いから嫌われないように愛想笑いして、向こうに望まれる行動をすれば、友達という承認をされ、ひとりぼっちという異端な存在じゃなくなる。


 でも、そんな友達というコミュニティの中でさえ、「利用できそう」「自分に都合がいい存在」「嫌い」「うざい」「邪魔」「お高く留まってる」だなんて人に価値をつけて争う。利害や打算そんなことを考え続ける。


 ああなんて醜いんだろう。人ってなんて醜いんだろう。そして、そう思う私もきっと醜い。

 人間という生き物が自分を含めて酷く汚いものだと、唾棄していた。



 二つ下の幼馴染のことも、最初は馬鹿な奴って見下していた。


 家庭環境があまり良くないという共通点から接点は多かったけれど、そこから仲間意識を抱くのでもなく私は幼馴染を下に見ていた。


 いつもヘラヘラ笑って、周りにはやし立てられて馬鹿なことやって嗤われて玩具にされている哀れな奴。

 馬鹿みたいに人を信じて見捨てられてるにも関わず、みんな大変だからと仕方ないことだと自分の状況を受け入れてる、どうしようもない奴。


 人を信じても碌なことがないよって、

 そんな調子じゃお前は搾取され続けるって、

 その内自身の愚かさに気づいてこちらに染まっていくんだと憐れんでた。


 けど幼馴染は人の善性を信じ続けた。

 真夜中に遊び半分であり得ない提案をした私に連れまわされても、全く疑いもせずに私の背中を追いかけ続けるのだ。


 心底幼馴染を見下している私に、幼馴染はキラキラと星のような瞳を輝かせながらついてくるのだ。


 朝焼けの中、眠いのか目をこすりながら幼馴染は「お星さまに捕まえられなかったね」と笑った。



 ……馬鹿だなって思った。

 でも、どうしてだろうか、嗤うことが出来なかった。


 あまりにも真っすぐに、あまりにも素直に、そう口にする年下の少年を見て、私は酷く胸が痛んだから。


 利害や打算しか人は考えないと、人は醜いと、汚いって考えて嫌がっていたのにも関わらず、その枠から外れていた目の前の真っすぐな少年を馬鹿にした。


 そんな私は酷く惨めだった。


 ――本当に馬鹿なのは私だ。


 自分がなれないからって、憧れている存在をないものにしようとした。見下して、否定することで、自分の性根の悪さは仕方ないものにしようとした。


 見下して、試して、一番醜いのは私じゃないか。


 そう分かった途端に涙が出てきた。心配そうに「どうしたの?」と聞いてくる優しい幼馴染に対しては謝罪の言葉を返すだけしか出来なかった。



 生まれの村を出るのも、彼の為なら躊躇なく出来た。

 元から惰性であの村に居続けているようなものだったし、いい機会だと思った。私にとってがらんどうな家はもちろん、この幼馴染をないがしろにする村なんかこっちからさっさと捨ててやるって思った。


 放浪時代に時折幼馴染が不安そうな顔をした。

 けれど私が無責任にも「大丈夫」と言えば、いつもほっとしたように笑ったのだ。無邪気に笑う彼の姿を見ては、ああ私はこの笑顔を守る為ならなんだってしてやると思ったのだ。



 とはいえ、結局私は幼馴染によってもたらされてばっかだった。


 幼馴染の優しさが、真っ直ぐさが私達の生活を徐々に良いものにしていった。


 私が放っておこうと思った人物を幼馴染は気にかけ、助けようとした。

 無視しようとした問題を幼馴染はどうにかしようと頭を悩ませた。


 幼馴染がお人好しを発揮して立ち止まる度に、幼馴染が望むならと一緒に立ち止まって彼のしたいように物事が進むように協力した。そうすると感謝した人々が何かしら私達に返礼をした。

 その度に私たちは何かしら得て生き延びることが出来たし、人の綺麗な部分を見ることができた。


 私が幼馴染のお人好しに手助けをする度に彼が「凄い」と目を輝かせるのを見て、本当に凄いのは君なんだよって思っていた。


 たまに幼馴染の善性に漬け込んで貶めてやろうとか、損させてこようとする奴もいたが、そういった存在は幼馴染に気づかれないように遠ざけた。


 あの長閑な村に住むことが出来たのも幼馴染のお陰だった。重たい荷物を持って道端に座り込んでいる口の悪い年寄りの男なんて面倒な存在、私だけだったら放っておくそれ以外の選択肢はないから。



 ***



 村が燃えて、幼馴染が姿を消した後、私は爺さんに数日前にあった獣のことを話した。

 すると、爺さんはしばらく黙り込んだ後、「もしかして、それは神かもしれんな」と溜息を吐いた。


「神?」

「おうよ、神でなくては口にされた願いを形はどうあれ実現するなんて所業出来ないからな」

「神は一応、人を助けてくれる存在なんじゃないの。正しいことする存在じゃないの」


 神なんて、そんなもの信じてはいないけれど、実在するとは思ってはいないけれど、本当に神というものが存在して、世間で言われているように人を救うものならば、どうして幼馴染をこんな目に遭わせるのだと酷く不満に感じる。


 幼馴染が口にしたのは「強くなりたい」という単純で微笑ましいもので、決して強大で制御出来ない力をくれというものでは無い。

 そして私の口にした願いも守護魔法こそ凄まじいものにはなったが、私のもっと根本的な願望には行き着いていない。


 アレによって得たものは、押し付けられたものは、口にされた願いの言葉を、わざとひねくれた解釈をしたもののように感じる。

 それは正しくない。間違っている。わざと私達を陥れている。救いなどでは決してなく、むしろ不幸や絶望、理不尽、そういった負の存在だ。


 しかし爺さんは私の言葉に首を横に振った。


「それは人が都合よく歪曲して神を定義したもの。神とは本来、強大な力を持つ理不尽で気まぐれなもの。その意向はおいそれと人間ごときに、ましてや十数年しか生きていない小娘に理解できるものではない。それともお前は神に救われたことでもあるのか?」

「ない」


 爺さんの最後の問いに即答しつつ、成る程そういう定義ならばアレはそれに分類されると納得する。


「だろうな。お前なんかは神に縋ったりもしたこともなさそうだ」

「神なんか私にはいらないもの」


 世間で言われるものもいらないし、爺さんがいう定義のものに関しては滅したい。


「そうだな。お前に必要なのはあの気弱な小僧だ。あやつがいないとお前は墜ちるだけだろう」


 幼馴染のことを気弱な小僧呼ばわりされたのには引っかかったが、この爺さんの口が悪いのは前から知っていることだし、幼馴染はそれをあまり気に留めて無かったからいい。

 それに呼び方以外の内容にはしっくり来た。


 ……私には幼馴染が必要だ。


「そう、だから追いかける。復興中に悪いけれどこの村から出て行く。申し訳ない、迷惑ばかりを掛けた」


 頭をそう下げてから、私は元から用意していた荷物を引っ掴む。


 古びたリュックサックだ。

 幼馴染とあのクソみたいな村を出たときに使ったものを、今度は私一人で私たちによくしてくれた村を出るなんてことに使うとは思ってもみなかった。


 もう一つのリュックは畳んで中に入れてある。

 だってまだ必要なものだから。幼馴染用に持っていく必要があるから。なるべく物を入れるスペースは増やしたいから、さっさと入れて置かないで済むようにしたい。


 荷物を背負って、村を出ていくと挨拶する私に村人達は、


「気にする必要は無いし、貴方の存在がこの村に必要だわ」

「あの子のことはここで帰ってくるのを待ってればいい。何より若い女の子が一人旅だなんて心配だ」

「あの子も君に危険な目に遭ってほしく無いから、きっと一人でこの村を出て行ったんだよ」

「帰ってくるかもしれないし、今すぐじゃなくて、もう少し考えてからにしてみないか? 今は村としても若い人の手も必要だし」

「まだ若い君や、村人の俺らには手に負えない事だから、国に任せよう。きっとどうにかしてくれるよ」


 その全てに首を横に振った。


 優しい人達の住む村だろうが、幼馴染がいないのなら、私の居場所ではない。

 例え、この村の人達に私の存在が必要であろうと、私はもうここに留まるつもりはない。

 村人達は口にはしないが本来なら幼馴染の出した損壊の分、贖罪をする義務もあるだろうが、私はそんなものは放り出す。


 私はそういう人間なんだ。

 優しさに優しさで返せない人間。

 恩に仇でしか返せない人間。

 それどころか引き止めてくる村人を幼馴染を追うのを妨げる障害として、煩わしい存在と認識し始めている。優しさも恩も正しく認識出来なくなってきている。


 爺さんはそんな薄情な私のことをずっと無言で見ていたが、村の境界線を超えても振り向きもせずに歩み始めた私の背に急にしゃわがれた声を掛けた。


「村を出て行くのなんて勝手にしろ。小僧、小娘、いるいないで大して変わらんわい」


 他の村人とは正反対の言葉。

 それが何故か今まで揺るがなかった私の心の水面に波を立てる。出て行けと取れる言葉の筈なのに、暖かく感じた。


 足を止めた私に爺さんは更に続ける。


「まあ格好付けて出て行ったくせに二人して戻ってきたら、村の連中と一緒に馬鹿にして笑ってやるぐらいはするがな」


 振り向かずにはいられなかった。どんな顔して言っているのか確認したくなった。

 村の境界線ぎりぎりに杖をついて立つ老人は、子憎たらしい笑みを浮かべていた。


 帰って来て良いと言っているのだ、この老人は。それも幼馴染と一緒にこの村に帰って来て良いと。


 ああやっぱ、幼馴染のまっすぐな性根はいいものを引き寄せていたのだ。幼馴染の選択は、行動は間違ってなかった。



「じゃあいつか二人で笑われに来るよ!」



 ***



 村を出て少し経ってから、私は自分に与えられた能力の法則を理解した。

 理解してからは私は路銀や情報を手に入れる為の金を稼ぐ為、人脈を手に入れる為、一人で凶暴な獣やモンスターを狩りまくった。


 どんな大きな牙や鋭い爪、長い尾を持った凶暴な存在も時間と執念があれば、倒すことが出来た。


 怖くはなかった。

 だって私は絶対に傷つくことはないと確信していたから。

 自分が傷つかないと分かっているのだから、あとは剣を持って我武者羅に立ち向かうだけだった。最初は剣さえも持っていなかった。


 数をこなせば効率的に殺せるようになった。


 そうしていく内に、誰かが凶暴な生き物を無傷で倒す私を「勇者」と呼びだした。そしてそれは伝染した。


 伝説で語られるような勇者みたいな志を持っていない私を、皆がそう呼ぶのが内心では可笑しくて仕方なかった。

 私はただ手段として獣やモンスターを殺しているだけなのに、私が多くを語らないのもあって勝手に解釈して正義の味方だと勘違いするのだ。


 馬鹿だ馬鹿だと、また人を見下した。

 見下しながら、そう勘違いされたはされたで、幼馴染を追うのに必要な情報や金や物資を手に入れるのに都合が良いからと放置した。


 ある魔法士が幼馴染の魔法から人々を護っているのは、私の守護魔法だと解析して発表してから更に色々な呼ばれ方をされた。

 『世界の守護者』『災厄を打ち倒す希望』『未だに死亡者がでない理由』『世界を救う勇者』、そんな大層な呼び方をしてくるのだ。こいつらは、本当のことが見えないと、目が節穴だと蔑んだ。


 特に魔法士に関しては「強い正義感やみんなを守ろうとする優しい心」から私の魔法が発動しているなんて嘯くから、魔法士失格だと思った。

 魔法のプロフェッショナルである魔法士なら、大多数にとって都合の良い私像を作り上げてないで、真面目に分析して私の魔法やその使い手である私のことを理解出来てなくては仕事が全う出来ていない。


 私の心がドス黒く染まっていくのと反比例するように、世間での私の存在は大層立派で清廉潔白なものになっていくのだ。


 そして人を傷つけるのを恐れるように、人里を離れて移動する心優しい幼馴染のことを世間は悪と見做すのだ。ああ本当に世界って理不尽だ。


 滞在した街の食堂で幼馴染に「殺されかけた。早く討伐されるべきだ」とか言う馬鹿が居た。

 笑いながら語られる妄言を黙って聞き流してられず、食べ終わったばかりの串で碌にものが見えてないその眼球を突き刺してやろうと、その後は喉を掻き切ってやろうと思った。


 誰のお陰でお前が今こうして息をしていられると思っている。

 幼馴染がお前の言うような奴だったら、そんなヘラヘラ笑ってられずとっくに原型を無くしてる。

 あんな理不尽な力を持っていて大勢に狙われているっていうのに、この程度で被害が済んでいることに違和感をお前は感じないのか。


 色々な感情が渦巻いていたし、幼馴染にそんな言葉を吐く人間は、そんな評価をする人間は、この世から私が消さなければと義務感すらも感じた。


 しかし、串があと指二、三本分で眼球に届く所で私は思い止まった。

 ……こんな奴殺したって幼馴染は喜ばないし、人殺しという経歴を持ってしまったら幼馴染を追いにくくなる。


 何より、個人的な感情で人殺しをすれば、あの綺麗な幼馴染の側にいる資格がなくなってしまうと思った。


 だから、なんとか踏み止まって食堂にお金を払ってから、串だけ持って自分の背丈の三倍あるモンスターをぶっ殺して苛立ちを誤魔化した。


 『勇者様にお似合いです』なんて贈られた真っ白な外套が、血の赤に染まっていくのを見て気分を落ち着けた。

 これが幼馴染を悪く言う奴らに血だったらもっと気分が良いのかな、今度はそうしようかな、そんなことを考えたものだから、慌てて否定するように首を振る。


 幼馴染は優しいから、私が例え人殺しになっても、何か訳があったんだと隣にいることを許してくれるかもしれないけれど、私が私を許せない。

 綺麗な存在の側にいるには、最低限の綺麗さを残しておかなければならない。

 彼の目にだけは綺麗な存在としてうつっていたい。


 幼馴染だけが私の枷だった。



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