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3 俺の願い

 

 ………………つまり、あの山で出会った変な獣が神様で、幼馴染はそいつに冗談半分とは言えど「大切な人を守る力が欲しい」と願ったから、強力な守護魔法を手に入れたと……。


 そして俺は「強くなりたい」と願った。


 だから、だから強大な魔法が放てるようになってしまったのか。

 だから人々に恐れられるような化け物になってしまったのか。



「ははっ、それにしてもこんなのってないだろ……」


 そりゃ幼馴染みたいに綺麗な願い事じゃなかったかもしれない。

 けど、「強くなりたい」っていう単純な願いを冗談半分で口にしただけでこんな、こんな強力な魔法が暴発する状況に陥るとはさすがに予想つかない。


 不相応な力を望んだのがいけなかったのか。それもそうか、強力な力なんてもん凡人な俺が適当に望んだら傲慢だもんな。

 でも、でも、こんなのってない!


 神様とやらへの怒りと、あの時なんとなくでも願いを口にした自分を後悔する。


 なんで、なんで、なんで。情報玉を抱えながら荒れた大地で一人で泣きじゃくる。


 泣いて泣いて泣きまくって、やっと泣き止んだ時、情報玉に幼馴染の姿が映る。後ろ姿だけど分かる。綺麗な黒髪で、背筋をぴんと伸ばして勇ましく立っている。


 それは幼い頃に見たあの時の姿と一緒だった。



 ***



 その日も、俺は親父に殴られていた。理由は思い出せない。でもどうせあの親父のこと、俺が何をしたって怒っていたから、下らないことでだろう。


 近所のみんなは知っていた。そりゃそうだ、毎日怒鳴り声が響けば気になるに決まってる。

 最初の方は止めるように言っていた。でも、近所のばあさんが俺を助けようとして、怪我した後から、自分が被害に遭うのが怖くなったのか、放置するようになった。




 近所のみんなを責める気は無かった。

 だって、俺が痛いのも怖いのも嫌なのと同じように、みんなもそうだと知っていたから。

 俺一人だけで済むなら被害がマシで済むから。ばあさんみたいな優しい人が傷つくのは見たくないから。


 俺が耐えればいいだけ。

 俺が大人しくしていればいいだけ。

 俺が我慢すれば、他は傷つかないで済む。


 そう思って毎日、毎日耐えてた。


 その日も耐えてた。殴られて痛くて、涙が出たけど「男がビービー泣くんじゃねぇ!」って酒臭い親父に怒鳴られてビクついて部屋の隅で蹲って頭を抱えていた。


 そこに俺が持って帰り忘れたランプを持った幼馴染がやってきた。


 彼女は俺と親父の姿を見るや、すぐに間に立ち塞がって「何をやっているんですか」と親父に言った。


 小さな背中だった。

 でも、ずっとクソ親父からの暴力に誰からも守られず晒されてきた俺にとって、その背中はとても格好良かったんだ。別の意味で涙が出てきたのも当然のことだろう。


「なんで彼は殴られているんですか?」


 少し震えていたけれど彼女は咎めるようにきつい口調でそう言った。


「なんだお前? こいつは俺のガキなんだ、どう扱おうが俺の勝手だろ!」

「そうですか……いくよ、ここにいたら駄目だよ」


 そう彼女は俺に手を差し伸べる。


「ここにいたら駄目だよ」


 もう一度、彼女は口にする。

 夜空のように煌めく彼女の瞳に突き動かされるように、俺は彼女の手を掴んでのろのろと立ち上がる。




 ずっと、ずっと、これからも俺が我慢すればいいと思っていた。

 俺が耐えれば他は傷付かないから良いと思っていた。


 だけど、彼女は駄目だという。

 いつも一緒に夜更けまで遊んでくれる彼女は、俺の現状が間違っていると言う。


 ああ、そうか……耐えるものじゃなかったんだ。


「うん」


 そう言えば、彼女は優しく微笑んだ。


 けど、

「いきなり人んち入ってきて何様だこのガキ!」


 彼女が殴られた。俺じゃなくて彼女が。


 邪魔されたのが、都合の良い俺というストレス発散対象が連れていかれるのが、よっぽど気に食わなかったのだろう。あのクソ親父は何度も何度も彼女を殴った。


 酒でべろんべろんだとしても、ガタイの良い大の男に小さな女の子が碌に相手が出来る訳がない。

 抵抗できずに幼馴染は親父に暴力を振られてしまう。


 俺は必死に「誰か! 誰か!」と叫ぶが誰も来てくれない。


 でも、このままだと幼馴染が死んでしまう。


 そう思った俺は――テーブルに置かれた酒瓶を手に取ってクソ親父の側頭部を大きく振り被ってぶん殴った。


 ガラス瓶が割れる軽い音と、硬いもので人を殴った鈍い音が酷くアンバランスだった。中身に入っていた度数のキツい酒が飛び散り、匂いが部屋に充満する。


 親父の行動は停止し、そのまま吹っ飛んで倒れる。



 そのままぶっ倒れた親父を放置して、幼馴染の様子を伺えば「あ、えと……無事?」とうっすらと目を開けていた彼女は俺に問いかける。




 無事って……どう考えても今、クソ親父にぶん殴られてボロボロな彼女が言うことじゃない。だけど彼女がそういうから俺はなんとか声を絞り出した。



「無事だよ。君が助けに来たから俺は無事だよ……」

「良かった」


 嬉しいと笑う彼女にまた涙が溢れてきた。その涙を幼馴染は下から手を伸ばして指先で拭う。


「私も助けて貰ったから無事だよ」

「無事じゃないよ……俺のせいで」


 思いっきし殴られて腫れた頬が痛々しくて仕方がない。なんだかんだで良いとこの子ではあるので、殴られることなんてもしかして初めてかもしれない。


 クソ親父は服で隠れない場所は殴らない傾向があった。近所の人々には恐怖で黙らせていたけれど、大勢にバレたら厄介だと思っていたのだろう。

 でも今日はよっぽどタガが外れていたのか容赦なく殴っていた。彼女の体や顔に一生を揺さぶるような醜い怪我の跡が残ったりしたらどうしよう。


 俺を助けてくれた優しい彼女が、俺を助けた所為で酷い目に遭ってしまった。俺が弱い所為で傷ついてしまった。


「違うよ。私が介入下手くそだっただけだよ」


 それでも失敗しちゃったよって照れくさそうに彼女が笑うものだから、状況にそぐわないが俺もつられて笑ってしまった。


 それから少しして俺はあることに気づく、


「親父が動かない……」


 微動だどころか呼吸音すらしてない。頭からは血がだらだら流れている。


 幼馴染は俺の発言に目を見張った後、倒れている親父に近づいて何かを確認した。


「……生きてるよ。でも、このままここにいるのはきっと良くないから。私んちで荷物整えたら、夜が明ける前にこの村を出て二人で旅しようか」

「旅?」


 急な彼女の提案に俺は唖然とする。


「そう旅。どうせ、私の親なんて私なんて家にいてもいなくてもどうでもいいし、その親父のそばに居たら殴られるだけでしょ。だったら一緒に旅しようよ。そっちの方が楽しいよ」


 有言実行とばかりに彼女は俺を彼女の家にまで連れて行くと、大きなバックを手渡して水や食料、衣服などを詰め込ませる。

 彼女自身も同じことをすると最後に「誰もいない家に置いてあったって盗まれるだけだし」とありったけの金目のものを持って、生まれ育った村を俺と一緒に発った。


 子供二人で旅だなんて相当無茶苦茶なことだったけれど、自分の前で迷いなく進んでいく彼女を見ていると不安は減った。あそこでずっと耐えているより生きている感じがした。


 どんな困難が訪れようと、彼女は俺の手を握って「大丈夫」と笑うから、切り抜けられた。


 彼女の揺るぎない歩みが、前を歩く彼女の背中が、ひどく頼もしかった。



 ***



 ………………ああ、そっか。俺があの時「強くなりたい」と願ったのは彼女のようになりたかったからだ。


「俺って馬鹿だなぁ……」


 情報玉の上に水滴が落ちる。その所為で映る彼女の姿が歪む。


 ずっと一緒に居てくれた幼馴染に憧れて口にした願いで、まさか彼女と別れ、彼女と正反対の称号を周りから与えられるようになるなんて。


 それもそっか、彼女は「強くなりたい」だなんて自己中心な願いじゃなくて、「大切な人を守れる力が欲しい」なんて優しい願いを口にしたんだから。かなう筈もない。


 情報玉に映し出される彼女の情報は、良いものばかりだ。

 世界の希望で、強くて弱き人を守ってくれる優しい存在で、でも芯がしっかりしていて強い。俺が憧れた、大好きな彼女が世界のみんなに好かれるのは当然だ。


 俺が世界を混乱に突き落とす災厄で、彼女はそんな状況から人々を守る勇者。


 一緒に幼い頃星を追いかけて夜遊びして、一緒に生まれた村から旅だって、一緒に優しく温かい村に住み着いたけれど、今はこんなにも遠い。



 今回のきっかけはよく分からない神様に簡単に願い事なんてしまったせいだけれど、それでも性根が優しい彼女と自己中心な俺はあんなことが無くてもいつか離れていたかもしれない。


 情報玉にまた機密情報が映し出される。



 ひたすらに俺と言う存在を消すにはどうするかという議事録で、心がどんどん削れていく。


 殺さないで

 俺は世界を壊そうだなんて思ってない

 自分じゃこの力はどうしようもないんだ

 なんで俺なんだ

 だから殺さないで


 何べんも何べんもそう願った。


 けど、細かな議事録からは被害状況や人々の苦しみや不安までも伝わってきた。

 例え俺がこうなることを予想していなくて、偶然こうなってしまったとしても、俺が今、強力な魔法を暴発させる存在である限り、この世から消えた方が世界の為だとひしひしと伝わってくる。


 きっと俺があの時「強くなりたい」だなんて願わなければ、俺も世界のみんなも誰も困らずにいたのに。


 ごめんなさい。そう心の中で唱えながら読み進める。


 最新の議事録のページの内容に俺は硬直する。


 その内容は、強力な守護の力の持ち主である幼馴染に、俺を討伐するように依頼するというものだ。


「はは、嘘だぁ……」


 もう訳が分からずそんな笑いが零れる。


 詳細を食い入るように見る。

 彼女はその強力な守護魔法で多くの人を今まで俺の魔法から守って来た実績があり、その強力な守護魔法を自分にも使いながら戦うことで数多の凶暴な獣やモンスターを無傷で葬って来たらしい。

 だから俺へ接近し殺すことも可能という算段がされ、世界が彼女に俺の討伐依頼を出すという。


 加えて彼女が俺を倒した場合、莫大な財産と栄誉が与えられるらしい。

 そりゃそうか、世界の敵を倒すんだから。




 幼馴染に倒される。幼馴染に殺される。


 本当は嫌だし、優しい彼女も嫌がるだろう。でも、俺がこのまま生きていても世界に混沌をもたらすだけだ。壊し続けるだけだ。


 だったら倒されよう。


 幼馴染にはもう充分助けて貰った。あの親父のところから連れ出して貰って、一緒に旅して、一緒に暮らして貰って、もう充分に助けて貰った。


 俺を倒した幼馴染は英雄となって、世界のみんなに称賛される。幸せに、たくさんの人に囲まれて生きていける。そのきっかけになると思えば、少しは俺も彼女に何かしてやれたかなと思える。


 少なくともこのまま被害を出し続けるより、知らない誰かに追われて倒されるより、大切な幼馴染の幸せの糧となって死ぬ方がいい。




 どうやっても世界に俺が必要ないのなら、俺が排除されるのが正しいのならば、せめて俺は最期に大切な幼馴染を幸せにしたい。



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