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2 俺が世界の敵になった訳

 

 俺と『勇者』である二つ上の彼女は同じ村出身の幼馴染だった。


 幼馴染の両親は幼馴染が幼い頃から金だけ渡して、あちらこちらに飛び回って商売していた。幼馴染は村の中では割と大きな家に一人で住んでいた。

 村の子供は「あんな大きな家に住めるなんて羨ましい」と言っていたが、彼女にとっては独りぼっちのあの家はがらんどうの箱に過ぎなかっただろう。


 俺は母ちゃんが既に亡くなっていて、親父は飲兵衛のクズだった。

 親父は俺の事が眼中になければまだいいものの、機嫌が悪いとすぐに躾だと暴力を振るうもんだから、出来るだけ家に帰りたくなかった。


 同世代の奴らがみんな遊んだ後に、軽い足取りで家に帰っていく姿をいつも俺らは突っ立って見ていた。

 最初のうちはお互いしばらくすると重い足取りでそれぞれ帰っていたが、その内、理由は違えど、家が望ましくない俺と幼馴染は夜遊びするようになった。


 その頃はまだ世の中のことなんて分からなかったから、真夜中に地平線に近い星を指さして「あの星を捕まえに行こうよ」なんて言う彼女の言葉に頷いて、夜明けまで歩いたことがある。

 真っ暗な道は怖かったけれど、幼馴染と一緒なら怖くなかった。


 星を捕まえられなかった所為か「ごめんね」と朝焼けの中、泣く彼女を見て世界は美しいと思った。


 幼馴染と一緒なら怖くなかった。幼馴染と一緒なら世界が何倍も美しく思えた。だから、俺らはある日、二人でそのまま村を出て行って新しい居場所を探しに行くことが出来たのだ。


 ――生まれた村から出て行って、ある村に住み着いて数年経った日のことだった。


 偶然だったのだ。俺と彼女がそいつに出くわしたのは。


 村の近くの山に仕掛けた罠に獲物が引っ掛かってないか確認しにいった時に、彼女が崖から滑り落ちて、それを助けようとした俺も一緒に落ちた。


 不幸中の幸いで二人とも大きな怪我などなく無事だったが、その先が問題だった。


 落ちた先には、そいつが眠っていたのだ。


 そいつは俺と彼女が自分の上に落ちた衝撃では目が覚めなかったのだが、俺らが自分の下にいた大きな生き物に驚いてあげた声には目を覚ました。


 動き出したそいつから転げおちた俺と彼女は、茫然とそいつを見上げることになった。


 真っ白な艶やかな毛並みの毛に、鋭い牙と爪に、青白く光る角に、銀色の瞳の獣。体の大きさは熊の2、3倍あった。何に似ているかと言われれば狐に近いと思った。耳は三角っぽかったし、しっぽの形も狐と同じだった。しかし、しっぽは三本もあったし、他の獣とは雰囲気もどこか違った。


 そんな見たことのない獣だ。


 みょうちくりんなことが起こっていたせいか、なんかふわふわと夢心地だったし、目もチカチカとした。


 久しぶりに起きた時に目の前にいたからという、なんとも適当な理由で俺達に「願いを何でも一つ叶えてやろう」という妙な獣に夢でも見ているのかと思いつつ、冗談半分で俺らは適当に願いを口にした。


 なんで口にしたのか、分からない。でも、あの空間では多分言わない方が不思議だった。


 俺は「強くなりたい」と、


 幼馴染は「大切な人を守れる力が欲しい」と、


 また、その獣はすぐに眠ってしまったものだから、その時は「なんだったんだ?」と二人で困惑した。


 そんなことがあってどうにか崖以外から帰り道を探して村に戻った数日後、俺と幼馴染は高熱を出して二人して寝込んだ。


 村のみんなは伝染病か何かと警戒し、俺と幼馴染を隔離した。治癒師もいないし仕方ない。俺も幼馴染もこの村のみんなにうつすようなものであったら、困るとそれを承知した。


 一人だったら、寂しかったが、同じ部屋の中で幼馴染もいるとなると寂しくなかった。


 高熱でしんどかったけど、それでも俺は今より幸せで、今思えばあれが最後の幸せな時間だった。


 高熱が引いて、久しぶりに屋外の地面を踏んだ瞬間、何か違うことが分かった。

 それが何かは分からないけれど、とにかく違った。

 同じく外に出た幼馴染もその感覚を感じたのか、妙に真剣な顔で俺と目を合わせたものだ。


 何かがおかしいとはその時点では気付いていたのに、俺達はそれに戸惑うことしか出来なかった。なにか、分かっていれば、俺達は、俺はもう少し他の道を進めたかもしれないのに。


「おう、お前ら元気になりやがったのか。そのまま寝込んでればいいものを」


 そうこうしている間に、村の捻くれたじいさんが数日ぶりの俺達の姿に目に止めてそんなことを言ってきた。


 この、じいさんは口こそ悪いが、親切な人だったりした。口の悪さからカチンとくることはあるものの、慣れればこれも彼なりのコミュニケーションなのだと分かった。


 「若いもんがふらふらしおって」とか最初は行き場のなかった俺達をさげすんでいる者かと思いきや、なんだかんだ俺達の事情を聴きだして、この村の村長と会わせて、村に住むきっかけを作ってくれたのもこのじいさんだ。


 おそらく「元気になったのか、無理はするなよ」と言ったところだろう。


 それが分かってるから、じいさんに駆け寄って「大丈夫だよ、ありがとう」と言おうとした時だった、眩暈がして幼馴染とじいさんがいる丁度真ん中あたりで蹲った。


「まだ駄目じゃないか! まったく自分の体調すら分からないとは。さっさとベッドに戻れ軟弱もんが」


 血が沸騰するように熱かった。頭がぐるぐるして、胃がひっくり返ると思った。視界がぼやける、焦点が合わなかった。思うように体に力が入らず、それなのに痙攣はした。


 よく分からない強烈な感覚が俺は怖くてたまらなかった。




 幼馴染が心配するように俺の名前を呼んでくれた気がした。



 ――ようやく落ち着いてきたと思ったら、目に映ったのは炎だった。


 焦げ臭い、眩しい。


「なんだこれ……」 




 よろよろと俺は立ち上がった。先ほど感じた凄まじい体調の不具合は今は綺麗さっぱり消え去っているので、その眼にはしっかり炎とそれに燃やされているものが映っていたし、他の感覚でも認識出来た。


 村が燃えていた。あたり一面、火の海だった。


 幼馴染は、じいさんは、他の村の人たちは無事なのだろうか?


 そんなことが心配になり、足を踏み出したその時だった。強風に煽られ、炎が俺の腕を襲った。


 当然、俺は火傷するかと思ったのだが、熱くなかった。一瞬だったから分からなかったのかもしれないと炎が触れた部位を確認してみるが、何の異変もない。いや、火傷しなかったのは良いことだけれども。


「なんで……?」


 当たったと思ったけど、当たってなかったとかか?


 ――それとも、目の前の炎で俺が傷つかなかったのは、この炎が俺の魔力で構成されているから……?


 そんな考えが頭をよぎった瞬間、血の気が一気にひいた。


 魔法と言うのは、凶暴なモンスターや動物がいるこの世界で、人間が生き抜くための進化の過程で得た力のことである。人によって魔力保有量も、魔力の属性や特徴も違うが、共通していることもある。


 その一つが、己の魔力から構成された魔法は己の身体を傷つけることは無いということだ。


 俺が目の前の惨状を作り出したのか? 

 いやでも俺の普段の魔力量は全然ちっぽけなもので、こんなこと出来っこない……でも、俺はこの炎で傷つかなかったし、この炎から感じる魔力は俺のものと似ていた。


 次々と最悪な予想が頭に浮かび、俺はそれを否定したくてたまらなくなった。


 だから確認の為にちょっとした炎を出そうとしたんだ。




 ――しかし、次には轟音。


 空に届く勢いの火柱があがった。


 腰が抜けた。手を後ろについて雲まで貫いた炎の柱を見つめることしか出来ない。


「何だよ……何だよこれぇ!」


 今までの自分の魔法からは考えられないような凄まじい魔法を使ったことと、この自分で作った火柱と周りの炎がまるっきり一緒だと分かって、混乱した。


 ここまで強力な魔法なんて使ったつもりなかったのに、使えなかったのにと言い訳のように心が叫んでいた。


 村が、村が、俺たちを受け入れてくれた優しい人達の村が、俺の魔法で焼けてる。


 意図的にやった訳じゃないけど、俺の魔法だった。


 たとえ、魔法の暴発で、俺の望んだものでは無かったとしても、俺がやったことには変わらなかった。


 誰かが俺のこの炎で死んでたりしたら。いや、死んでなくてもみんなの大事な村が焼けてる。俺がやった、俺が燃やした。


 そんな恐怖と罪悪感で頭が埋め尽くされて、灰で目が痛くて、涙が溢れる。手足がガクガクと震える。喉が干上がる。



 そんな時に、耳に必死に俺の名を呼ぶ幼馴染の声が届いた。




 幼馴染が生きていることに俺は安堵したが、その後は自分のしでかしたことや、これ以上にも何かしてしまうんじゃないかって怖くなって、俺は一人で燃え盛る村から出て行った。



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