1 俺は世界の敵です
「久しぶり」
砂が巻き上がるほど強い風が吹いていたのに、倒壊した石の柱や、それに絡みつく生命力の強い植物などが阻んでお互い姿が良く見えていないのに、久しぶりに聞く彼女の声は耳にはっきり届いた。
この神殿の廃墟には、俺と彼女、二人しかいない。他のみんなは戦いに巻き込まれるのは御免とばかりにいない。
元から俺側には味方なんていなかったが、彼女側にも誰一人として傍にいないのを知った時は少し驚いた。だが、同時に納得した。彼女らしいなと。
柱の影から現れた彼女の姿は意外にも自分の記憶にあったものとそこまで差異はなかった。白くて長い手足も、長くて艶のある黒髪も、星の瞬く夜空のような瞳も、凛とした雰囲気も幼い頃から知っている二つ年上の幼馴染のままだった。
だから分かるのだ。彼女は、俺の幼馴染は強くて優しい人だから、誰かを巻き込むような真似を避けたのだろう。俺みたいな化け物じみた奴に勝てる見込みは少ないから置いてきたのだろう。
そんな負けると分かっている戦いに何故幼馴染が挑むか、それも彼女の優しいからだろう。
俺みたいなやつを放置していたら、みんなが怯えるから、みんなが普通の暮らしが出来なくなるから、幼馴染として、世界の守護者として、希望として、勇者として俺を倒しに来たのだろう。
そんな悲痛な顔しなくても大丈夫。俺はお前にちゃんと倒されるから。
***
「あれが討伐対象の××だ」
知らない誰かがまるでモンスターの名前かのように俺の名を呼ぶ。
「意外と普通の見た目をしているんだね」
「騙されるな。あれは歩く災厄だ。人の形をしているからと言って同情も油断もするんじゃない」
人の形か……つまり俺は人間じゃないらしい。まあでもそうか、最近の俺のことを考えればそう思われても仕方ない。おかしいな……あの村に居る時は、幼馴染と寝込んで目覚めるまでは普通の、どこにでもいるような弱い人間だったのに。
とりあえず逃げなきゃ。いつ自分の魔力が暴走するか分からない。人のいない方へ行かないと、被害がなるべく少なく済むようにしないと。しばらく人が来ないからって油断して移動しなかったのが駄目だった。
そう考えながら必死に俺のことを討伐対象だと追ってくる連中から逃げていると、その内一人が放った風魔法が俺の頬スレスレを通る。
「やめっ――」
やめろという言葉すらも言えない内に、また自分に不相応な魔力が暴走した。
自分の手のひらから勝手に浮かんだ小さな青の球が鈴のような音ともに弾けて、それを中心に砂漠のこの地に一瞬で濁流が生まれる。
自分自身もその水に包まれるが、溺れることも、流されることもない。己の魔力で生成された魔法は己を傷付けないというのがこの世界の理だから。
ゆらゆらとゆらめく視界と、冷たい水の感触の中で「またやっちまった……」と言葉を発すが、水中なので実際そう発音できているかは定かじゃない。
罪悪感で涙も出ていたかもしれない。けど、それも水中で分からなかったし、もう人を傷つけるなんて慣れていて別に出ていなかったかもしれない。
その内、水が引いていって腰くらいまでになる。地平線の向こうまで水に覆い尽くされていて喉が恐怖でひゅっとなる。
ふと違和感を感じて腰のあたりを見れば、誰かのリュックが流されてきていた。俺はそれを掴んであたりを見回す。
誰もいない。さっきの魔法できっと流された。
でも運がいいのか悪いのかよく分からないが、発動した魔法は水魔法。
あれなら多分、溺れないようにか、空気を確保するかを魔法で出来れば助かる。自分を討伐、殺そうとしてきた連中だけれどやっぱ殺してしまうのは嫌だ。
向こうだって仕事だし、実際俺が頻繁に魔法を暴発して、甚大な被害を各地に出しているのも事実だ。
自分に危害を与える可能性が少しでもあるなら、それを排除したくなるというのは生き物の本能だ仕方ない。誰だって安全なのが一番だ。
俺だって村で普通の凡人やっていた時には、村の近くに凶暴なモンスターや獣が出てきたときには国や民間の討伐隊が倒してくれるのを望んでいた。あの時、討伐された彼らもこんな気分だったのだろうか。
なんとも言えない気分で突っ立っていると水はいつの間にか引いていた。持っていたリュックを逆さで持っていたせいか、上の口が空き、何かが水溜りに落ちる。
ぼちゃんと音を立てて落ちたそれは透明な球体だった。
情報玉だ。魔力を込めながら調べたい内容を頭に思い浮かべるとその情報が映し出される魔道具。
人のものを勝手に拾って盗んでしまうのはいけないことだけれど、当の持ち主は俺の魔法でどこに流されてしまったか分からないし、どこかに届けようにも俺は生憎、討伐対象だ。
人と碌に接触できないお陰で情報収集も道具も碌に持っていないので、申し訳ないけれど拝借させてもらうことにする。
つるつるとした球体を手にすれば、俺の魔力に勝手に反応して、情報玉はふわりと浮く。そのまま俺の名前を頭に浮かべると色々と不穏な情報が出てきた。
『人類史上最強で最悪の人物』
『大地を彷徨う最悪の人災』
『人の皮を被った悪魔』
『生ける災厄』
自己制御できない強大な力を持って彷徨い続ける俺を、いつしか人々はそのように呼ぶようになったらしい。
俺のせいで破壊された場所や被害状況。正直見るのが怖かったし、実際見ていて目を逸らしたくなったけれど、驚いたことに死者はいなかった。
それでも村や草原が真っ赤になって燃えてるところや負傷者の姿が映し出されると、気分が酷く沈んだ。悪意を持ってこうしてやろうとか思ったことではないけれど、自分では望んでないことだけれども、俺の魔法で作り出された被害には変わらない。
どうして、俺は自分では制御できない強力な魔法なんて発動するようになっちまったんだろう。
情報玉には次々と新たな情報が映し出されていく、やっぱりこんな魔道具を使うだけでも強大な魔力が反応するらしく、国家機密情報まで映し出されてしまうので俺は苦笑する。
「ははっ、全世界で結託してまで俺は倒されるべきってか」
俺の存在は相当危険な存在だと、あらゆる国の存亡の危機に関わると判断され、今や全世界が俺を倒すために結託してるらしい。組んでいる国々では仲が悪い国同士もあったが、共通の敵である俺がいるとなると協力するらしい。
さっきの連中はその内の一国が適当な嘘を吐いて、倒せるはずもないのに「君らなら倒せる」とか言われて送り出された若い討伐隊の人間らしい。可哀想に情報収集のための捨て駒だ。猶更殺してなくて良かった。
他にすることも無いので、俺はそのまま調べ続ける。そうすると、幼馴染の名前が映し出される。
最初の村の出身者で、俺と深く関わっていたから、何か疑われているのではと心配になり更に調べると。
『世界の守護者』
『災厄を打ち倒す希望』
『未だに死亡者がでない理由』
『世界を救う勇者』
という俺とは正反対な言葉が出てきた。大事な幼馴染が酷い目に遭って無さそうだということには安堵するが、それにしてもどうしてこんな情報が飛び交っているのか不思議で、今度は幼馴染の情報を見ることにした。
すると分かったのは、彼女が俺を追うように移動していること、俺が被害を出した地域で死亡者が出ないのは彼女の守護魔法によるものであるということだ。俺と幼馴染が住んでいた村の住人なんて無傷だったらしい。
「よ、よかった……」
幼馴染や村のみんなのことがずっと気になってたんだ。俺が初めて魔力を暴走させた時、すぐそばにいたから死んでなくても大けがとかしてんじゃねぇかって。
でもあの幼馴染が強大な魔力から大勢の人々を守れるような、守護魔法の使い手だったかと疑問に感じる。だって、俺も彼女もそんな大して魔法を使えるような奴じゃなかった。だから、あの村の近くで罠で動物捕まえて生計立ててたくらいだし。
頭を悩ませていると、とある音声情報が流れる。
耳に入った声は酷く聞き覚えのあるものだった。
『私のこの力は山で偶然会った神に「大切な人を守る力が欲しい」と願ったから手に入ったものです。聞いた話では気まぐれな神が現れてたまに願いをかなえるそうなんで――』
途中で途切れてしまったが、その音声に俺が愕然とする。
「大切な人を守りたい」
幼馴染の隣で俺はその願いを聞いた、夢現ながらも耳にしたそれを聞いて、幼馴染は相変わらず格好いいと感心した。
そしてあの時、俺も願いを口にした。
「強くなりたい」と。




