勇者リハビリテーション
「ねぇねぇ、ショウくん。私と、本気で一緒にいたいと思ってる?」
突然そう聞かれた。
なんとなく上京し、
なんとなく進学し、
なんてことない生活。
なんとなく告白され、
ただ同郷の同級生というだけで
なんとなく付き合っていた彼女に。
「…………」
だから、返事に間をおいてしまった。
それがいけなかったのだろうか。
気がついたときにはもう彼女は後ろに去っていって......
ッッッ!
「ユキ、危ない!」
キキ――――ッ!
ドン
「ショウくん!?」
「もしもし、ショウくん。しっかりして!」
ああ、なんてことない、平穏な日々。なにもないはずの日々から、何もなくなっていく。
孤独死でないだけありがたいか。
最後に側にいてくれてありがとう、ユキ......
「ウゥッ」
「お目覚めですか」
「あなたは......?というか、ここは......?」
目が覚めると、そこは石造りの部屋だった。
所謂「異世界召喚モノ」の始まりの部屋みたいで。
つまり......
これは、あれに違いない。なろう小説とかでよくある、「異世界召喚」というやつだ。まさか自分が当事者になるとは思っていなかったけれど………。
「よくぞおいでくださいました、勇者様。わたくしは、王国の......」
ふむ。テンプレだな。ならば、すこし格好つけて先回りしてやろう。
「フッ。皆まで言わずともわかっている。『魔王が現れ、人類は滅亡の淵にある。貴方の力を人類のために貸していただきたい』とでも言うのだろう。よいとも。不肖ショウゴ、そなたらの星となって見せようではないか!」
「......王国の聖姫士、アリア=ローザンと申します。
この度は、我らの召喚に応じていただきましたこと、重ねて御礼申し上げます。
さて、ここに貴方様をお呼びいたしましたのは、我らの文明が危機にあるからでございます。北の荒野に、凡そ700年ぶりに魔王が復活し、すべての人族が悪意にさらされました。
我らの懸命の応戦も虚しく、敵勢力は目下版図拡大中でございます。そこで、我らはいにしへより語り伝えられし
『異界より英雄至りて、悪しき者の力は共はその御身を避けて通り、魔を統べし者は是滅びぬ』
というおとぎ話に藁をも掴む思いで希望を託し、召喚をするに至りました。故に、これから、貴方様には一騎当万の福音となっていただきたいのです。
あ、もちろん、魔王を倒していただいた後は元の世界にお送りいたしますよ」
あれ、なんだか......
話が通じてないんじゃ?
「お力をお貸し願えるでしょうか」
まあ、いいか。
「もちろんです。」
「ありがとう御座います。それでは、こちらにどうぞ」
「それでは、まず剣の扱いから……」
それからは、特記すべきことはなかった。
俺は無心に訓練した。
無心に。無心に。
剣を振るっては習得速度に驚かれ、魔法戦闘では魔法耐性の高さに驚かれ、チュートリアル期間は終了した。
長かった気がするけど気のせいかな。
そして、
「お疲れさまでした。いよいよ本物の魔物と戦うことになります」
「あのー、姫様ですよね。なんでついてくるのですか」
「あなたを召喚したのは私です。ですから、私は責任を取らなくてはなりません。あ、貴方様が私と婚約をするというのであれば私はついてくる必要はないのですよ」
ちょっと強引すぎやしないか。
そして論理が破綻していることに気がついているのだろうか。
「ありがたいお言葉ですが、元の世界に恋人がいるのでお受けいたしかねます」
恋人に不義理はいけないからな。
そんな会話もありつつ、無事に俺たちこと勇者御一行は無事、魔王の城の手前まで来ていた。
もうその頃には、俺もすっかり超人的な身体能力を手に入れ、魔王を滅ぼすのは時間の問題だった。
それは、突然だった。
「そういえば勇者様、前の世界での恋人はどんな方なのですか?」
「えっ、恋人のことですか。いや、この状況で惚気けるのは少し......」
「うんうん」
「だって、姫様だってそんな話聞きたくないでしょう」
「うんうん」
「それに、気が緩んだらいけませんし」
「うんうん」
「ねえ、姫様、ちゃんと聞いてます?」
「うんうん」
聞いてないね。うんうん。
まあ、あいつが聞いているわけでもないし、耳に入ることもないと思えば、恥ずかしくは.......
なくはないが。
でも、まだマシだろう。
「はぁ、まあいいや。彼女は、ずっと前からの知り合いでした。俺の視界の端に、ひっそりと、しかし確実に映っていました。付き合いだしたのは、周りもみんな付き合ってからです。
同郷でもあり大学が同じだったので、付き合うならユキかなあくらいの気持ちでした。あいつも同じだと思います。
でも、一緒に過ごす時間が長くなるうち、それが日常になったんです。それで、離れるなんて考えられなくて......。
きっと、『好き』ではないんです。でも、この思いは、この想いは、なんと言えばいいのか。
とにかく、ユキは俺の暮らしの中にあり続けた、あり続ける筈だった人なんです。
そう、例えば、家族、みたいな……」
『んんッ』
「あれ、なにか聞こえました?」
「いいえ」
「もしかしたら、ユキは俺にとっていちばん大切な存在なのかもしれません。もう、彼女なしの人生なんて考えられなかったから。
向こうではねられて、こちらに来て、その思いに漸く気が付きました。
俺は、ユキが『当たり前』にいるものだと思っていた。『当たり前』がどれほど貴重で、得難いものなのか、最後まで気が付かなかったんです。
もしも時間をやり直せるのなら、俺はユキにきちんとこの思いを伝えたい。『ずっと一緒にいてほしい』と伝えたい」
そうやって、思いっきりのろけた次の日、俺たちは無事、魔王を斃すことに成功したのだった。
*** *** ***
「ショウくん......」
私をかばって伏す、彼の姿に世界が渦巻く。
彼は、ただひとつ。
ただひとつ、私が守れないもの。
ただひとつ、私の弱点。
ただひとつ、私の誇り。
私をかばって伏す、彼の姿に世界が褪せる。
「キャーッ」
「大丈夫ですか、しっかりしてください」
誰かの声に意識は覚醒する。そうだ、救急車を呼ばなきゃ。
救急車が来て、彼は病院に運ばれていった。
幸い命に別条はないが、体の機能が大きく傷ついているらしい。
社会復帰にはリハビリが必要とのことだった。
「そこで、です。いま、XXX社が新しいリハビリ方法を開発しているのですが、その臨床試験の被験者になっていただきたいのです」
へ?
「もちろん、効果が上がらないようでしたら途中から通常療法に切り替えます。」
「それは、どのような方法ですか」
「いわゆるVRMMORPGを想像していただけたらよろしいかと存じます。」
え?いま、なにかおかしな単語が聞こえたような......
「ゲームの操作のために体を動かすことで、体の動きを回復しようという治療法です。あ、受けていただけるのでしたら補助金も出させていただきますよ」
うーん。どうしようかしら。
というか、そもそもこういうのって、本人に確認しなくても良いのだろうか。
「あのー、そういうのって、本人の同意なしにやっちゃってもいいものなのですか?」
「えっと、ユキ様のご協力があれば可能です」
「何も心配がいらない、というのでしたらお願いします」
「フフっ。まあまあ、ご安心を。うまくやりますので。フフフ......」
…………
私は、なにか間違えたのではないだろうか。
ショウくんが意識を取り戻す前に、機械を取り付けられた。
なんでも、臨場感をできるだけ上げることで、効果が高まるのだとか。
その日から、ショウくんのリハビリを眺めるのが私の日課になった。
ある日のことだった。
今日も彼の側にいて様子を見ている。
時折り中二病じみた発言をしているのはご愛嬌だ。
また、彼が口を開いた。
「はぁ、まあいいや。彼女は、ずっと前からの知り合いでした。俺の視界の端に、ひっそりと、しかし確実に映っていました。付き合いだしたのは、周りもみんな付き合ってからです。同郷でもあり大学が同じだったので、付き合うならユキかなあくらいの気持ちでした。あいつも同じだと思います」
ふーん。まあ、そうね。私も、付き合うならショウくんしかいないかな―くらいの気持ちだったわよ。
だって、友達がみーんな恋人を持つ中で、私だけいなくて焦っていたもの。
(彼じゃなくてよかったんじゃない?)
それはないわね。なんでかしら。
なんだか、しっくりこないのよね。
「でも、一緒に過ごす時間が長くなるうち、それが日常になったんです。それで、離れるなんて考えられなくて......」
そうね。互いに「いること」に慣れてしまうと、失うのは怖くなるわよね。
「きっと、『好き』ではないんです」
ほうほう。そうですか。
まあ、察してはいましたよ。
だって、私のことを、全然、顧みてないもの。
でも、そう言われると......
なんだか寂しい。
「でも、この思いは、この想いは、なんと言えばいいのか。
とにかく、ユキは俺の暮らしの中にあり続けた、あり続ける筈だった人なんです。
そう、例えば、家族、みたいな……」
「んんッ」
あぶない。思わず叫びそうになった。
家族……
それは、その、プロポーズ、ということかしら。
「もしかしたら、ユキは俺にとっていちばん大切な存在なのかもしれません。もう、彼女なしの人生なんて考えられなかったから。」
あら、奇遇ね。私もよ。
「向こうではねられて、こちらに来て、その思いに漸く気が付きました。俺は、ユキが『当たり前』にいるものだと思っていた。『当たり前』がどれほど貴重で、得難いものなのか、最後まで気が付かなかったんです。
もしも時間をやり直せるのなら、俺はユキにきちんとこの思いを伝えたい。『ずっと一緒にいてほしい』と伝えたい」
…………
…………
そう。私のことを、そんなふうに思ってたんだ。
私も、ショウくんは当たり前に近くにいる人だと思っていたからおあいこね。
その後、病院を出た私は、その足で市役所に向かった。
*** *** ***
目が覚めた。
白い天井に柔らかい光がにじむ。
「ここは......?」
「お疲れさまです、ショウゴさま。主治医の岩村と申します」
「えっと、ここは、どこでしょうか」
「病院です。ショウゴ様は、道路ではねられたことは覚えておいでですか」
「はい。そこまでは」
「その後、こちらの病院に搬送され、外科治療の後にリハビリを行いました。『勇者リハビリテーション』という方法です」
「つまりどういうことですか」
「VRMMORPGによって、運動能力を回復させようというものです。ゲーム内の時間を加速させることで、より短期間でのリハビリを可能にしました」
「つまり、俺はいつの間にかゲームをさせられていたということですか」
「はい。救急車を呼ばれたユキ様のご許可は頂いております。ユキ様は大変律儀にも、毎日ショウゴ様のお見舞いにやってこられましたよ」
つまり……
「俺が喋ったことを、ユキはみんな聞いているってことですか?!!!!」
拙い文章をお読みいただきありがとう御座いました。
補足ですが、ショウゴが無心で訓練したのは、ユキとの日常と決別しようとしたからだったりします。
はねられる前までは全く意識していなかった日常を失い、その大きさを忘れようと無心になりました。
それから、ユキははじめからショウゴが好きです。
ご意見、ご感想のほどよろしくお願いいたします!!!