神の国(1)
「高給につられて神官になったけど、ここまでひどいものを見ることになるとは思わなかった」
巡礼用の装束に身を包んだドミニクが言った。
「そうね」
彼女の隣に立つアイリスは目の前に広がる惨状を見つめ、ため息をつく。
「村1つが1週間で壊滅するなんて」
エミール村の至るところには、つい数週間前まではそこで暮らしていたであろう人たちの死体が転がっていた。
「早く弔ってあげましょう」
二人はそう言うと聖書を手に取り、祈りを捧げた。
◇
神聖アルバティア王国。その国の言葉で「神の国」を意味するこの国は、時折災厄に見舞われた。
そのはじまりは、アルバティアが興るはるか昔のことであった。
聖書によればこの国の祖先は、古来より神により守られていた。彼らのために神が作った土地で、病や怪我などのあらゆる苦痛から解放される祝福を受け、豊かな暮らしを送っていた。
神は無垢な彼らに、悪魔と関わることを禁じていた。悪魔は知恵を持ち、言葉巧みに人間を惑わすものである。決して甘言に騙されてはいけない。彼らは神にそう教わっていたにも関わらず、悪魔に唆され、その土地の外に出てしまった。
神の祝福を失った彼らは悪魔に穢され、災厄という子々孫々まで続く呪いを受けることになる。
それ以来災厄はアルバティアに幾度となく発生し、多くの人の命を奪い、土地を穢した。その度に人々は神に祈った。
災厄に遭遇した者の証言はさまざまだった。
霧のようなものに包まれて、すぐに村が壊滅した。見たことのない生き物に襲われた。前触れもなく、いきなり町の人達が血を吐いて倒れ始めた…など、関連性に乏しいものであった。
尤も、災厄から生還する人間が少なく、証言そのものが数多く残っていないという背景もある。
アルバティア教会は、これら災厄の原因を悪魔によりもたらされる『穢』であるとした。
◇
「次の災厄が起きるまでには結婚して寿退職してるつもりだったのに」
「そのリスクがあるから高給なんでしょ、神官は」
アイリスは嘆くドミニクの肩を抱いた。
神官とは教会勤務の聖職者のことである。普段は各地の教会での礼拝や、葬儀など、人の命に関する業務を行っている。災厄が発生するとその地に赴き、祈りを捧げる『巡礼』を行うという特殊な業務も受け持っていた。
「そもそも私達が祈ったところで何になるのよ」
「ちょっと」
2人の会話を聞いていたアンナが顔をしかめた。
「テントの外軍人さんいるんだから変なこと言わないでよ」
「大丈夫。軍人にとって巡礼なんて神官のお守りするラッキー業務でしかないだろうし」
「アイリス!」
たしなめるアンナに、アイリスは軽く笑った。
もう1つ、災厄に関わる職業がある。アルバティア国軍の軍人だ。
国軍と言ってもアルバティアは他国と大々的な戦争をするわけではない。主な業務は『悪魔』の討伐による治安維持と、『魔女』という名の異端者の粛清であった。
アルバティアでは神官と軍人以外の民間人が災厄に関わることが禁止されている。
災厄が発生すると、まず国軍による土地の封鎖が行われる。その後、教会と国軍の協力のもと生存者を救助し、犠牲者を弔ったのち、穢を浄化するためにその土地や死体の全てを聖火で燃やした。悪魔の穢れは聖水および聖火でしか浄化できないためである。
災厄の生存者は保護されたのちに、教会により行われる『異端審問』という特殊な裁判にかけられる。裁判により無罪と判決が下ればそのままもとの生活に戻ることができるが、穢れに汚染された、いわゆる『悪魔憑き』であると判決が下ればとして火刑の対象になる。
無断で封鎖地区に踏み入ったものや、悪魔憑きを匿ったものは、悪魔に与する『魔女』とされ、多くの場合同様に火刑となった。
魔女の火刑は首都付近では公開されることもあり、市民は罵声を浴びせ、石を投げるのが慣例である。
「それだ、軍人だわ」
ドミニクはひらめいた、と言わんばかりに目を大きくした。
「こんな東部の田舎まで来て手ぶらで帰るわけにはいかないでしょ。どうせなら巡礼期間中に軍人と知り合って寿退職してやる」
「いいんじゃない?こういう職業同士だから、巡礼きっかけで軍人と結婚して辞めていく神官多いらしいよ」
「ドミニクもアイリスも不純すぎるわ」
呆れた顔でアンナは言うが、ふたりの会話は止まらない。
「ドミ、狙いの人いるの?」
「東部軍となるとアモン少佐かしら」
「カトリーヌ・アモンの息子?また凄いところ狙うね」
カトリーヌ・アモンとは若くして亡くなった、アルバティアの伝説の歌姫の名だ。その息子であるジルベール・アモンは母親譲りのシルバーブロンドの髪と青い目を持ち、その美しさは軍の外でも名前を聞くほどであった。
「やっぱり?実際の狙いはチャールズ軍曹とかかな。アモン少佐はクセのある人らしいし、遠目で見るだけ見てみたいかも」
「超がつくほどの潔癖って聞いたことある」
アンナがそう言うと、「なんだぁアンナも興味はあるんじゃん」とドミニクが返した。
「興味っていうか、あまりにも有名でしょ。昔アモン少佐に触ろうとした女性が銃で撃たれたって話」
「何それ怖すぎ」
「やっぱり見るだけにしとこうよ、そういう人は」
「3人とも、そろそろ消灯時間よ」
この隊をまとめる神官長の声に返事をすると、三人はそれぞれの寝袋に潜り込んだ。
軍人とシスター(ちょっと違いますが)っていいな、から思いつきました。ディストピアモノです。
6/18
表現修正しました。