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第三話 命を作る

 ひとしきり笑った後、シュテルンは材料を集めてから別の部屋に入り、そこで地面に二つの魔法陣を描いた。

 片方の魔法陣に人間が四、五人は入れそうな水槽を設置する。基部に魔法の道具をいくつか組み込んだ特別な水槽だ。保管庫の一角で使われることもなく眠っていたコレクションの一つである。

 シュテルンの足元には材料の入ったガラス瓶や紙の包み、樽、宝箱などが並べられている。先程暗記した工程を思い出しながら、シュテルンは水槽とは別に用意した大釜の前に立った。


「まずは大釜に純度九十九パーセント以上のエーテル液を入れ、そこに三日月の夜露をコップ半分、黄金樹の葉を六枚、粉末状にした虹胡椒を大さじ三杯、水晶砂糖を小さじ四杯、紅蓮葡萄のワイン一瓶……」


 幸い必要な材料は代替品を含めて保管庫で全てを揃えられた。シュテルンの長年の収集の成果である。

 そうして材料の最後に返り討ちにした戦士の血を入れて、それを特大の純銀製の撹拌棒でかき混ぜる。


 焦がさないように、また温度を一定に保ちつつかき回し続けると、その内に人工生命の素となる小さな肉の塊が出来上がる。

 それを培養液で満たした水槽に移して、成長を見守ればいずれシュテルンの求める戦乱を終わらせる英雄の誕生となる。


「ふふふ、よく育てよ。お前の働きによって、俺の平穏が取り戻されるのだからな」


 ムッフッフッフッフ、と大釜の中身をかき混ぜながら笑うシュテルンは、最後の材料である自分の血を勢いよく入れる。

 不思議な血だった。シュテルンの血は人間や獣のような赤ではなく、蜂蜜のような粘度を持った金色の液体に見える。他の龍や竜の血は赤いというのに、シュテルンは例外であるらしかった。

 予め皿に移していたその血を、それはもうドバっと音を立てて入れたものだから、シュテルンは


「あ」


 と思わず一言漏らして、直後、数々の神秘的な材料の持つ霊的な力が反発し合い、巨大な爆発を起こしてシュテルンを飲み込んだ。

 爆発は作業場から大洞窟内部にまで広がり、入り口からもうもうと煙が立ち込めるほどだった。爆発の中心部に居たシュテルンだが、怪我らしい怪我など一つも負わず、ゲホゲホとせき込むだけで済んでいる。


「げっほげほ、しまった、つい調子に乗って手を滑らせた。むむ、ふむ、水槽と大釜は無事か。まあ、あれだな。久方ぶりの錬金術だ。失敗はつきものだとも。よし、次だ、次」


 シュテルンは良く言えば前向きだった。多少の失敗には懲りずに成功に邁進する前向きな性格をしている。

 これから作り出す人工生命にはシュテルンの平穏な未来が懸かっているのだ。いつにも増して多少の失敗くらいではへこたれない積極性が、今の彼にはある。

 そうしてシュテルンは諦めず、懲りず、人工生命を作り出すべく実権を重ねるのだが、ある時は材料が劣化しているのに気付かずに爆発。


「あ」


 ある時は無くなった材料を新たに取りに行ったら、よく似た別の材料だったのに気付かないまま大釜に入れて爆発。


「あ」


 またある時は実験を行う時刻や気温、星の位置といった要素も不可欠であったのを忘れ、不適切な状況だと気付かないまま実験を行って爆発。


「あ」


 とこのように何度も失敗を繰り返したシュテルンだが、彼を諦めさせるには足りず、更に失敗を重ねてから大釜による人工生命の素の錬成に成功して、水槽での培養にまで作業を進める事に成功した。

 実験を開始してからいったい何日経過したものか、幸いにして新たな襲撃者はなくシュテルンは実験に専念できていた。

 シュテルンは人間の赤ん坊のように見える人工生命がぷかぷかと浮かぶ水槽を、感慨深げに眺めていた。ここに至るまでの数々の失敗と失った材料の数々、自分を飲み込んだ数えきれない爆発を思い出し、少しばかり感慨に耽っていたのである。


「とりあえずここまで漕ぎつけられたか。うーむ、我ながらここまで不器用だったとはなあ」


 材料はあと一、二回分しか残っておらず、これ以上失敗を重ねたら、再び材料集めにかなりの時間を割かなければならなかったところだ。

 これまで失敗続きだった大釜での作業と異なり、水槽の中の赤ん坊の成長は順調だ。この段階に来たら、後は水槽の中の温度や溶液の成分の意地に気を配ればいい。


「後は名前と武器も用意してやらないと。予定通りの性能を発揮すればいいが、ああ、それに世情に明るい奴を従者なり仲間なりが居るに越したことはないか。用意するものが多いな。ふーむ」


 作業が進み、ひと段落という状況になって、シュテルンはただ人工生命を作ればそれで終わりというわけではなく、色々と用意しないといけないものがあることに今になってようやく気付いた。どうにもシュテルンは迂闊というか、詰めの甘い性格をしているようだ。

 装備に関してはシュテルンのコレクションから適当なものを見繕えばいい。従者の方はどうにかしてシュテルンが見つけるか、あるいは自力で見つけてもらうか。


「従者か。そういえばこの近くにシバ族が住んでいたな。確かあそこの一族とは、俺に協力する契約を交わしていたから、一人、コレに付けさせるか。

 そういえばこれの名前を考えていなかったな。英雄にする予定なのだから、下手な名前は付けられん。さて、どんな名前を付けてやろう。この国風にするか、それとも異国風の方が名が広がりやすいか?」


 新しい生命を作り出す事への躊躇などはないシュテルンだったが、これまで苦労してきたせいもあってか目の前の新しい生命に名前を付けるのが、どこか楽しくなってきていた。

 この小さな生き物はどんな瞳の色をしているのだろう。どんな顔立ちになるのだろう。どんな声をしているのだろう。そして、どんな英雄に育つのだろうか。


「なにより俺とお前自身の為に強く育てよ。きっと敵は多く、そして強いだろうからな」


 ふふふ、とシュテルンが笑い声を零し、その反響が部屋の中から消えるころ、不意にシュテルンが視線を頭上へと転じた。

 先日の襲撃者のような例を除けば、人間の足が及ばぬ峻険な星降山にある大洞窟の付近に、強い力を持った何かが近づいているのを彼の感覚は鋭敏に察知していた。

 見えない圧力が全身に襲い掛かり、そのまま圧し潰そうとしているかのような錯覚。シュテルンをして強大だと判断しなければならない相手だ。


「どこのどいつだ? 狙いは俺の命か? 人間ではないだろうが……」


 シュテルンは水槽の中の小さな命を一瞥し、すぐに踵を返す。

 万が一、感知した存在が敵であった場合、このまま主導権を握らせて戦いが始まらないように、迅速に打って出るべきだと彼はこれまでの戦闘経験だと判断していたからだ。

 折り畳まれたままの翼の隙間から白い光の粒がゆっくりと放出されると、それに合わせてシュテルンの体がふわりと浮かび上がる。


 そこからシュテルンが前傾姿勢を取ると翼から放出される粒子の量が一気に増して、彼は流星の如く大洞窟の中を飛翔する。

 夜の空を切り裂いて進む流星のように飛ぶシュテルンはあっという間に大洞窟の外へと飛び出し、まだ太陽が輝いている筈の空の異常を見た。


「ふん、狙いは俺か。お前達の邪魔を何度もしてきた俺だ。始末出来るものならばしたかろうな!」


 空中で刃の如き翼を展開し、シュテルンは頭上に広がる裂け目に挑戦的な視線を向ける。

 青く晴れ渡った空を憎むように広がる裂け目は徐々に広がり、そこから黒い霧のようなものを周囲に広げている。

 裂け目の向こう側の大気、あるいは法則というべきものがこちら側の世界の法則そのものを侵食しているのだ。放置すればこちら側の環境はあちら側に上書きされてしまう。


(どうやら俺のやろうとしている事を嗅ぎ付けてきたわけではないようだな。多少予定は変わったが、ここでこいつを仕留めれば、後々楽になる)


 裂け目の奥、黒く染まった世界からこちらを見る何かが居た。こちらを覗き見る瞳!

 まるで太陽の如く絶対的な力を感じさせる、途方もない存在感の瞳だ。

 虚空の果て、裂け目を作って世界を広げた何か。シュテルンは見知った相手であるソレに向けて、刃の翼を広げて天に昇る流星となって挑みかかる。世界に刻まれた傷の奥、闇の中よりこちらを見る瞳へ!


「お前との決着をつけてやろう! もちろん、俺が勝者としてな!」


 それから三日三晩に渡り、星降山近隣の空が異常な色彩に染まり、天変地異の前触れかと近隣の住民達が恐れおののき、後に結成された調査隊が赴いた際には星降山近隣の地形が変わるほどの戦いの跡があるばかりで、竜の骸などは一切見つからなかったという。

 人間の赤ん坊のような作られた生命の骸も見つかりはしなかった。この山に棲んでいた竜の住処も星降山の崩壊によって場所が特定できなくなり、調査は早々に打ち切られることとなる。

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