第一話 新たなヴァウル
「悪霧」
漆黒の翼を広げて天を舞う小柄な少年がそう言葉を放つ。途端に、周囲は黒い濃霧に包まれた。
そして、内部から響く兵士たちの悲鳴。それを後ろで見ている少年少女たちの中の一人が、戦場を見回し呟く。
「んお? なにが起こってんだ?」
その表情は心底楽しそうであり、右手にはボロボロの刀が握られている。今にも飛び出してしまいそうな勢いだが、指示があるまではこの場に留まっているだけの理性はある。
「……おなかすいた」
「我慢ですよー」
白く長い髪を携え、腹を空かせて待つ少年を、茶髪の好青年……否、少年が宥める。
空から濃霧を発生させた少年が降りてくると、皆興味津々と言ったように彼に問い詰める。
「なあ、あれなにしたんだ?」
「悪夢を見せてる。周りにいる生き物全てが怪物に見えるようにしたから、そのうち同士討ちし始めると思うよ」
「マジ? すげえー」
刀を持つ少年は、しみじみと呟きながら戦場を振り向く。
「……それって、さっさと行かねえと俺らの狩る分なくならね?」
「あ! やっべ! 行くぜ、いいな⁉︎」
「あ、う、うん、いいよ」
「っしゃあ!!」
少年の言葉を合図に、半分以上の少年少女が一斉に飛び出して行ってしまった。
「えっ大丈夫なんですか⁉︎」
「大丈夫。味方には効かない攻撃」
茶髪の少年が、霧の効果が自分たちにも現れるのではないかと心配したが、術者である少年が即座に否定する。
「……なるほど」
「安心して、この子の腕は私が保証するわ」
語尾にハートマークがつきそうな口調で現れた細身長身の男は、茶髪の少年に向かってそう話す。
「さ、あなたも暴れたければ、いってらっしゃい」
「……行ってきます」
その言葉を口にすると、茶髪の少年も背に翼を生やし、戦場へと向かって行った。
戦場に在る光景はまさに阿鼻叫喚。黒い霧に包まれ怪物の幻覚を見、仲間討ちをする人間と、それを横から狩る化け物。
鉄の臭いが地面に染み込み、あっという間に出来上がる地獄。
それを高みの見物とばかりに、恍惚な表情で眺める細身長身の男と、遊撃の少年。その顔に感情などなく、まるで、仲間が部屋の掃除や片付けをしている光景を眺めているかのような顔をしていた。
「……あなたもそんな顔をするのね」
「意外?」
「いいえ? 別に」
男は嬉しそうに体をくねらせた。
程なくして、次々に仲間たちが戻ってくる。気がつけば黒い霧は晴れ、視界は良好。荒れた土地に広がるのは人間の死体、死体、死体。
そこはまるで本物の地獄。周囲には鉄の臭いが立ち込め、慣れないものは吐き気で倒れ込みそうなほど。
その場に立っている者は一人もおらず、恐らく人間側は全滅だろう。
「子犬ちゃん、平気なの?」
「大丈夫」
人間より感覚の鋭い化け物の仲間達よりもさらに五感の鋭い遊撃の少年に話しかけた男だったが、彼の周囲にわずかに存在する魔力と、無理をしている様子のない顔を見て微笑む。
「……そう」
帰るわよ、と合図を出し、全員が一斉に変化を解く。
「あーあ。なんかあんま手応えなかったや」
「あいつら逃げるだけで、ほとんど抵抗してこなかったからな」
「なあセンパイ、帰ったら一発やろうぜ」
「……あー、うん、そうだな。いいぜ」
「やったぜ」
刀を持つ少年が、茶髪の黒衣の少年に手合わせを申し込んで話は終わる。
一つの軍隊を壊滅させた化け物たちは、戦場を赤く染める夕焼けの空へと静かに消えて行った。
*
『…………』
「…………」
部屋中に沈黙が立ち込める。先程まで喧嘩していた二人の少年も、片付けをしていた少年も、手を止めて入り口付近に立つ白髪の少年を黙って見つめている。
他にも興味なさそうに読書を続ける少年や、手を止めずにおやつをつまむ少女の姿もある。
「……えっと、久しぶり……」
少しだけ気まずそうに、白髪の少年の前に立つ茶髪の少年ーーエルヴァから一言放たれると、三人の少年が少し動き出す。
「……お久しぶりですね、エルヴァさん」
エルヴァよりも少し小柄で、エルヴァにそっくりな少年が真顔でそう返す。初めて見る白髪の少年を警戒するように見つめながら。
「センパ〜イ!」
「うわっ」
嬉々として飛びかかってきた銀髪の青年がエルヴァに向かって刀を振り下ろすと、エルヴァはそれを変化させた腕で受け止める。
「なになにこれからはセンパイもここに住むってこと? じゃあ毎日センパイ殺しに行けるわけだ! なあセンパイ一発やろうぜ」
「おいこら待て、シュラ! オレは暇じゃない!」
「あ? どー見ても暇だろっ!」
シュラと呼ばれた青年は心底楽しそうに笑みを浮かべながら刀にさらに力を込める。バチバチと音を立てながら電気が走り、やがて周囲にも影響が出始めそうになった頃。
「もー、シュラくんったらいつ見ても元気なんだから」
エルヴァたちの背後から現れたのは、細身長身の白衣の男ーーアリーだった。常に楽しそうな笑みを浮かべ、白髪の少年ーーアルの肩にそっと手を添えて、皆に紹介する。
「この子はアルくん。エルのお友達よ。仲良くしてあげてね」
語尾にハートマークがつきそうな口調で話すこの男は、この場にいる者たち全員の親のような存在であり、絶対的存在である。故に、今まで興味なさそうにしていた者たちまでもが、彼の言葉に耳を傾けていた。
「だが父さん、そいつ、目の色が違うぞ」
顔や首、手にまで大きなやけどの痕をもつ、目つきの悪い少年がアルを指差し抗議する。
彼の名はツヴァルフ。この場にいる者のほとんどが持つ、エルヴァと同じ金色の目を至高としており、今の自分の待遇を誇りに思う少年だ。
アルのように、得体が知れないどころか金色になど掠りもしない青目など、とても歓迎できなかったのだろう。
「ふふ、安心してツッくん。この子は悪い子じゃないわ」
「……ちっ」
尊敬する父の言うことには逆らえないのか、苛立った様子で舌打ちをしてそのまま部屋から出て行ってしまった。
「…………」
アルは再びエルヴァの影に隠れてしまう。知らない土地で、知らない者ばかりで、不安で仕方がないのだろう。
「父さん、エルヴァさんはこちら側に帰ってきてくれたということですか?」
「ええ、そうよ。アルくんを引き込んだらついてきてくれたのよ」
「へえ……」
エルヴァそっくりな少年が、試すような視線をアルへと向けた。そして、礼儀正しく少しだけ頭を下げ、自己紹介をする。
「初めまして、クロウと申します。よろしくお願いしますね、アルさん」
「……よろしく」
口にだけ浮かべられた笑みは、どう見てもアルを歓迎しているようには見えない。むしろ警戒するように様子を伺っていた。
「じゃあ、僕はこれで」
片付けの続きがあるからと、クロウと名乗った少年はその場を去った。
「私も戻るわね〜、エル、アルくん、またね」
終始笑みを絶やさないアリーは、エルヴァとアルに手を振って部屋から出て行った。
「俺はシュラ、勝負しようぜ」
この中で最も友好的に話しかけてきたのは、先程エルヴァに切りかかってきた青年。常に刀を携えているというあたり、かなりの戦闘狂なのは見て取れる。
「え」
「やめろシュラ、お前とこいつじゃ相性が悪い」
「えー?」
「……オレが代わりに手合わせしてやっから」
「言ったな!! んじゃ表出ろ」
「はいはい……悪いなアル、少し待っててくれ」
「うん」
エルヴァは愛おしそうにアルの頭をひと撫ですると、シュラと共に表へと向かって行った。
居場所のないアルも一緒に行こうと思った時、アルの服を後ろから引っ張る者がいた。
「シノア」
「?」
「シノア、だよ」
頭に白い小さな花の髪飾りをつけた少女が、アルに話しかけていた。
アルと大して変わらない身長のその女の子は、シノアと名乗った。現在この場にいる者たちの中では、最年少である。
「あそこにいるの、ニア。あとメアっていう子がいるよ」
特に興味はなさそうにソファに座って読書をするメラニズムの少年は、エルヴァとアルをこの場所に連れてきた張本人だ。
残りの片方、メアというのはおそらく、昼間はニアの影に潜んでいる双子の兄だろう。
「来て」
「あっ」
シノアはアルの手を引き、先ほどまで自分が座っていた椅子の隣に座らせ、自らも隣に座る。
「いっしょに、たべよ」
そう言って差し出してきたのは、エルヴァとシュラが部屋を出て行く前まで夢中で食べていたナッツの詰められた皿だった。
「……ナッツ?」
シノアはどこか期待するような目で自分を見つめるので、アルはそのナッツを口に放り込み、美味しいなと一言。
「もっと、食べていいよ」
「うん、ありがとう」
シノアは、普段全く動かない表情筋を全力で動かし、嬉しそうに少しだけ微笑んだ。
*
「アルくん、今日はちょっとお遣いを頼んでいいかしら」
「うん」
「これをお願いしたいのだけど。いいかしら?」
アリーはアルを研究室に呼び出し、一枚の紙を渡す。
そこには、目的の人物の顔写真と、その人物の情報に関する詳細が書かれていた。
「……潜伏?」
「違うわよ。邪魔だから、ちょっとその子消してきて欲しいの。あわよくば、上手に、軍に濡れ衣を着せてきて欲しいのよね。そうねぇ……噂程度でいいわ」
「……軍に」
「できる?」
「うん」
暗殺の依頼。要は、他人に罪を擦りつけつつ人を殺すという行為を頼まれているにも関わらず、アルは全く躊躇う様子も、迷う様子もなくうなずく。
「期限は?」
「数日以内。できなくても私ならあなたを庇ってあげれるから、安心して行ってらっしゃい」
「うん」
アルは表情ひとつ変えることなく、アリーに渡された紙を眺めながら部屋を出て行った。
「……アル?」
アリーの屋敷を歩き回り、アルを探す者がいた。
エルヴァだ。アリーの屋敷に連れてきた翌日にいきなりいなくなって、迷子にでもなったのだろうかと心配そうに屋敷中を歩き回っている。
「……エルヴァさん?」
「あ、クロウ」
「どうしたんですか?」
アルを探す途中で話しかけてきたのは、片付けの途中だったクロウ。両手にはガラクタの入ったダンボールを抱えていた。
「ああ、いや。アルがいなくなったんだ、知らないか?」
「あー、昨日の白い人ですか? 知りませんねぇ」
エルヴァが問うてみるが、クロウはあまり興味なさそうに呟く。
「……そういえば、昨日父さんに呼び出されていましたよ」
「……父さんに?」
父に呼ばれた。
アリーに呼ばれたということは、アルは研究室にいるということだろうか。そう考えたエルヴァは、気は進まないが確認のため行った方がいいだろうと歩き出した。
「逃げたんじゃねえの? 放っとけよ、あんな奴」
二人の会話を聞いていた通りすがりのツヴァルフに声をかけられたエルヴァは、少しむっとしてツヴァルフに返す。
「あいつは逃げるような奴じゃない」
「ちょっといなくなったって聞いたと思ったら、すぐに帰ってきやがって。出会って大して時間経ってないんだろ? なぜそこまで言える?」
「アルは信頼できる。それに、アルはここから逃げることはできない」
「……?」
訝しげに顔を顰めるツヴァルフを一瞬だけ睨むように目を細めながら言うと、エルヴァはアリーの研究室に向けて歩き出した。
「……父さん」
「あら? エルじゃない、珍しいわねぇ〜」
研究室に入ると、嬉しそうに声を上げるアリー。エルヴァとしてはあまり会いたくない相手なのだが、アルがここに呼ばれたとなると、アリーに聞いた方が確実だと思ったのだ。
「アルはどこにいるか、知りませんか」
「あら、子犬ちゃんを探しているの?」
「……はい」
「子犬ちゃんなら、今お遣いを頼んでいるところよ。明日には帰ってくるんじゃないかしら」
顎に手を当てながら、相変わらずの笑みを浮かべて答える。
「お遣い……?」
「ええそうよ。ちょっと簡単なお遣い。だから心配しないで」
にこにこと笑みを浮かべながら体をくねらせ、エルヴァの肩にそっと手を添えた。
「ふふ、アルくんが心配なのね。可愛い子」
「……どこにいるんでしょうか。お遣いって?」
「大丈夫よ、気にしなーい気にしなーい」
頑なに教えてくれない父の姿に、エルヴァは逆らうことができずにいた。
「エル、ちょっと手伝ってくれないかしら?」
「……はい」
「こっちよ、ついてきて」
話を逸らそうとしたのか、特に狙ったわけではないのか。アリーはエルヴァを連れて、研究室のさらに奥の部屋へと行ってしまった。
*
すぐに策を練ると、それは夕方から深夜にかけて実行された。
アリーに外出の許可を得ると、軍の者に化けて内部へ侵入し、しばらく様子を伺った。機会を伺って、司令官クラスのいる部屋へと赴き、一兵士として上司にある報告をする。
「失礼します。地方の貴族の動きに関して、緊急の報告があります」
「入れ」
扉を開き、中に入る。
中には、何かを話し合っていたのか、ソファには三人ほど、地位の高そうな男たちが座っていた。
ここに来る途中で組み上げた、ある術式をここで展開。部屋中に、人間は気づかない程度の微量の魔力が充満する。
「それで、緊急の報告とは」
「はい。西の反軍事勢力派の貴族が、どうやら動きを見せたらしいとのことで、その報告に」
「何?」
奥に座っていた老人が手に持っていた書類から顔をあげる。
「詳しく話せ」
その書類を机に放り、自分たちが今話している相手が、まさか偽の軍人だとは微塵も思わずに耳を傾ける。
しかしアルは、表情ひとつ変えずに報告を続けた。
「はい、ここ数日、カタロフに少しずつ人が集まっているとのことです。貴族も、その勢力も。下っ端の兵士などは一般人に扮して都入りしているため確実な証拠はありませんが、ここ数日でカタロフの人口は奇妙な増え方をしたと」
「ふうむ、それは見逃せませんな」
「……詳しく調べろ。三日以内にカタロフに入った者たちの身元と経歴を調べ上げ、明日までに報告するように」
かかった。
本来ならば、部下の話など書類を見ながら聞くのに机に置いて部下の話に集中するなどという行為自体が異常なのに、無茶な命令は変わらないものの、確実にアルが施したものは効果を発揮している。
「……は」
下がれ、という言葉に、アルは一礼し、その場を後にした。
軍の基地から上手く抜け出した頃には、すでに遅い時間帯になっていた。だが、アルのやることはまだ終わっていない。
「さて……カタロフ、は、っと」
アリーにもらった地図を頼りに方角を割り出し、人目のない場所で黒翼を生やし、空へと飛び立った。
夜の暗闇の中では、それは地上からカラスが飛び立ったようにしか見えないのであった。
カタロフの街の城壁はとっくに閉まっているが、空を飛べる者にはほぼ意味をなさない。まあ、もちろん城壁の上に監視役の兵士は複数いるのだが。
アルは光学迷彩を発動して街へと近づき、すんなりと街の中へ上陸した。
どちらにしろ正面から入るには、この世界では怪しすぎる容姿だし、ちょうどよかった。
アルは軍人の姿をしたまま、目的地へと向かう。そして、酒に酔い、市民に乱暴を働いている軍人の男を見つけ、声をかけた。
「おい、こんなことをしている場合じゃないぞ」
「ああ!?」
かなり苛立った様子でアルにそう返すが、上級の者の紋章をつけていることに驚き一瞬身を引く。
「上からの通達だ。明日までに、ここ三日以内にこの街に入ってきた者たちの身元と経歴を調べ上げろと。全員に伝えろ」
「は、はい……」
見たこともない上司の姿に少し呆然としていると、明日までに、という言葉を思い出し、男は酒の代金も払わずに走り出すのだった。
「了解した、明日までに、だな。……にしても、なぜ急に」
「ここ三日間の人口の不自然な増え方が気になったんだと。とにかく明日までだから、頼むよ」
「ああ、わかった」
そう告げ、アルは帽子を深く被りその場を後にする。
ここまで、下準備は終わった。あとは軍が勝手に動いて、勝手に混乱してくれることだろう。
しかしカタロフの街に反軍事派の勢力が集まって、不自然に人口が増加しているのは事実であり、これはアリーが掴んできた情報だ。
反軍事勢力が動き出したので、いい機会だと思ったのだろう。
そこでアルは、軍もこの情報は掴んでいないと聞き、それを上手く利用してやろうと考えたのだ。
放っておいても対象は死ぬだろうが、それも確実とは限らない。それなりに大物の人物故、上手く罪を逃れるか、戦場から逃亡して生き残ってしまうかもしれない、それを危惧して、今回のお遣いとしているのだろう。
そして司令官クラスの人間のいる部屋へ報告をあげるときに発動した術式。それは、アルの世界でいうところの、闇属性魔術。
対象の精神、思考、頭脳を操作するという特殊なものだった。今回の術式は、あの場にいた者の思考力と判断力をほんの少しだけ下げることで、相手にされなくなるのを防いだ。
アルほどの実力があれば上手く言葉で言いくるめられるが、正直時間はかけたくなかったし、よく知らない相手に下手に出て彼らを不愉快にさせては取り返しがつかなくなる。それは面倒なので避けたかった。
何より一番は、自分が怪しまれないようにするためだった。
見たこともない者がいきなり司令官クラスの人間に近づけば、間違いなく怪しまれてしまうからだ。それだけは避けねばならなかったが、流石に経験が豊富なだけあるのか、なんの問題もなく成功してしまっった。
あとは、本格的に貴族が動くよう誘導するだけ。そのあとは、朝まで様子を見て機会があればアルが直接手を下し、実行に移すだけ。
「……疲れたな」
時間帯はすでに深夜。仮眠をとってきたとはいえ、流石に見知らぬ土地に一人で数時間もいて、疲れた。
帰ったらぐっすり眠れるだろうか、そんなことを考えながら、アルはひとり仕上げに取り掛かるため最後の目的地に向かっている。
「ここかな……」
遠目に目標の屋敷が見え、アルは小さく呟いた。
するとすぐに、平民の身なりをした男がその屋敷に近づいて行くのが見えた。だいぶ慌てている様子で。
「なんだ、お前か。どうしたんだ、こんな時間に?」
「た、大変な情報掴んじまったんだよ、旦那にすぐ会わせろ」
「要件をこの場で言え。旦那様はおやすみ中だぞ、内容によっては出直し……」
「軍が妙な動きをしてんだよ! もしかすると、ここに勢力が集まってることが嗅ぎつけられたかも知れねえんだ!」
「なっ!?」
かなり小声で話していたが、常人よりも遥かに鋭い聴覚を持つアルには聞こえていた。どうやら男は情報屋らしい。
アルの仕事がひとつ減った。これでお互い、朝には動き出すことだろう。
「なんだ。つまらない」
それでも、アルは心底つまらなそうだった。
日の出と共に屋敷内から早馬が放たれた。おそらく、援護や緊急の知らせか何かだろう。
それと同時に、屋敷の裏の塀から、何かが出てきた。アルだ。
丈の長いローブを身に纏い、フードを深く被り顔を隠して塀を越えてきたのだ。しかし、それを目撃したものはいない。
早朝の貴族街は非常に静かで、アルほどの腕の者が気配を完全に絶ってしまえば、背後にいても人は気づかない。
「さて、帰ろう」
たった今抜け出してきた屋敷の中が慌ただしく動き出す音を聞きながら、アルはその場をゆっくり離れ、カタロフを後にした。




