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読み切り小説

貴き血に値せぬ咎人は死によってその罪を償うべし

「心臓を短剣で一突きか」


 ジークリア殿下は目の前に転がる貴人の胸に広がる血の跡を見てそう言いました。


「シェリー、これを見てくれ」


 私はジークリア殿下に呼ばれ、机を回り込み床に転がされた死体の側を覗き込みました。


「これは……」


 其処には一枚のカードが凶器の短剣で床に刺し止められていました。

 ジークリア殿下はカードを手に取ると書かれていたメッセージを読み上げました。


「『貴き血に値せぬ咎人は死によってその罪を償うべし』か」

「また『彼』なのですね」

「ああ、この屋敷を徹底的に調べさせよう。

 おそらく何かしらの犯罪の証拠が見つかるだろう」




 私、リンドル公爵家の長女、シェリア・フォン・リンドルは通っている高等学院の高位貴族用のサロンで人を待って居ました。


「待たせたね、シェリー」

「いえ、私も今来たばかりですわ」


 サロンに現れたのは、背中まで伸ばした艶やかな漆黒の髪を、私の髪の色で有る銀の飾り紐で纏めた貴公子でした。

 彼はこのリズファルド王国の王太子ジークリア・フォン・リズファルド殿下、私の婚約者です。

 私の侍女であるマリアにお茶を用意して貰い、テーブルを挟んでジークリア殿下と向かい合いました。


「早速で済まないが昨日の事件の詳しい資料だ。

 シェリーの意見を聞かせて欲しい」

「拝見致します」


 ジークリア殿下から受け取った資料を数分掛けて読みます。

 資料に書かれているのは、昨日王都にあるタウンハウスの自室で遺体となって発見されたリットバーグ子爵の検死結果と、屋敷の捜査報告です。


「死因は短剣で心臓を貫かれた事ですか。ほぼ即死ですわね」

「ああ、凶器はやはり現場で発見された短剣で間違いない。

 それにあのカードのメッセージ、犯人は『黒貴族』だな」

「そうですわね。これで何件目だったかしら」

「32件目だな。初めの事件は40年前、犯人は既に50歳を超えていると思うんだけどな」


 私達が話す『黒貴族』とは、40年前から王都に出没する連続殺人犯の事です。

 王都に出没しては不正を働く貴族を殺し、その犯罪を白日の元に晒すのです。

 故に黒貴族は民衆や一部の貴族から義賊として扱われ、ダークヒーローとして人気を博しているのです。


 黒貴族は悪人しか殺さないので、やましい所の無い貴族には嫌われていません。

 しかし、ジークリア殿下は王族としての責務により、黒貴族を捕らえる為に捜査しており、私もそれに協力しております。


 例えそれが正義を成す為の行いでも、法によってなされるべき事柄を無視する事は出来ないのです。

 ジークリア殿下も御立場さえ無ければ黒貴族を題材にした演劇を楽しめるのに、とボヤいて居ました。


「リットバーグ子爵の屋敷の捜査の方は如何でしたか?」

「騎士達に徹底的に子爵邸の調査を行わせたら案の定だ。

 リットバーグ子爵が違法薬物の売買に関わっていた事を示す資料が出てきたよ。

 ご丁寧に黒貴族が仕分けして栞やメモ書きまで残してくれていてね」


 黒貴族はこうやって貴族の犯罪を暴いているのだ。


「次に狙われるのは誰なのでしょうか?」

「さぁね。かの黒貴族が現れてから40年、我が国で悪事を働く貴族は大分減ったからね。

 やり方は間違っているかも知れないが、これは確かな功績と言えるだろう」

「……ジーク様は、黒貴族を捕らえてどうするつもりなのですか?」

「…………法に照らし合わせれば死罪だろうね。だが、彼が国の為に行動しているのも分かる。

 もし対話が叶うなら死罪にした事にして下に置くのも悪くないかな」


 ジークリア殿下は肩を竦めて仰りました。




 数ヶ月後、私達はセイブルス男爵の屋敷に居た。

 リットバーグ子爵の屋敷に有った資料からセイブルス男爵が悪事に関与している可能性が浮上した上、セイブルス男爵の屋敷の周辺で怪しい人物の目撃情報が報告された事から、ジークリア殿下は黒貴族が次に狙うのはセイブルス男爵だと予想したのです。


 セイブルス男爵は屋敷を訪れた私達を疎ましそうにしており、悪事への関与も決定的な証拠はないので否定されれば強くは出られない。

 しかし、黒貴族に狙われているかも知れないと知ると、一転してジークリア殿下に王族の責務として守って欲しいと言い出して私達を呆れさせた。


 それから数日、セイブルス男爵の屋敷にジークリア殿下の私兵を配置したり、警備を見直したりと忙しく過ごしました。

 そんな中で、私はセイブルス男爵の屋敷の一室が気になっています。

 その部屋は、男爵家の機密が有るとかで入室させて貰えません。

 いくら王太子であるジークリア殿下と言えど、正式な捜査令状が無ければ強制的に踏み込む事は出来ません。


 屋敷の警備を強化して数日、私達に媚びを売ろうと懸命に持て成すセイブルス男爵をやり過ごし、今日はもう帰ろうとした時です、突然警備の兵士達が慌しくなりました。

 すると大きな破壊音がしました。


「あっちだ!」


 ジークリア殿下が破壊音がした方へ走り出し、私も後を追います。

 騒がしい場所に到着すると其処はあのセイブルス男爵が頑に入室を拒んでいた部屋でした。


「何だ!何が有った!」

「殿下!わ、分かりません。突然壁が崩れて……」

「わ、わしの屋敷が⁉︎」


 セイブルス男爵も大きなお腹を揺らしながら現れます。

 その時、土埃が舞う部屋の中に人影が見えた私は、兵士の報告を聞いているジークリア殿下に声を掛ける。


「ジーク様!誰か居ます!」


 崩れた部屋の中に居たのは上品なタキシードにシルクハットを身に付けた紳士だった。

 しかし、その素顔は仮面で隠されている。


「黒貴族!」


 ジークリア殿下が叫ぶ。

 私達が黒貴族と遭遇するのはコレで3度目です。


 黒貴族は私達を一瞥すると、手にしていた書類を放り投げて窓からその身を踊らせました。


「待て!」


 ジークリア殿下が窓に駆け寄りました。


「ダメだ、何処にも居ない」

「ジーク様、コレを見て下さい」


 悔しそうに窓の外を見るジークリア殿下を呼ぶ私の手には先程、黒貴族が投げた書類が有ります。


「そ、それは⁉︎」


 セイブルス男爵が慌てて書類を奪おうとしますが、私は男爵の腕をスルリと躱し、ジークリア殿下に書類を手渡しました。


 ジークリア殿下がそれに目を通すのと同時にセイブルス男爵の顔が真っ青に変わります。

 黒貴族が持っていた書類はセイブルスがリットバーグ子爵による違法薬物の売買に手を貸していた事を証明する物でした。


「なるほど、セイブルス男爵。貴方には色々と話を聞かなければいけない様だな」

「で、殿下!わ、わ、私は……」

「男爵を連行しろ!」

「「はっ!」」


 こうして、黒貴族には逃げられてしまいましたが、セイブルス男爵を捕らえる事が出来たのです。




 セイブルス男爵を捕らえた数日後、私は侍女のマリアを連れて王城に近い一等地に有るマイセル侯爵の屋敷の廊下を歩いていました。

 薄暗い廊下の先に、一箇所だけ光が漏れている部屋か有ります。

 そっと中を伺うと、マイセル侯爵が幾つもの報告書を机に広げて頭を抱えて居ました。


「くそっ!役立たず共め!」


 髪を掻き毟りながら悪態を吐くマイセル侯爵が居る部屋に静かに踏み入りました。


「誰だ!」

「お久しぶりですわ、マイセル侯爵様」

「リンドル公爵令嬢?何故こんな時間に我が屋敷に?」


 私の姿を見て表情を取り繕ったマイセル侯爵が問いかけます。


「リットバーグ子爵やセイブルス男爵を使って違法薬物の取引を行っていたのはマイセル侯爵、貴方ですね?」

「なっ⁉︎何をいきなり⁉︎

 いくらリンドル公爵家の御令嬢で、殿下の婚約者であろうとこの様な無礼は看過できぬぞ!」

「既に証拠は揃っておりますわ」


 私はマリアから資料の束を受け取りマイセル侯爵の前の机に投げ出した。

 マイセル侯爵はその資料を見て顔を青くしました。


「で、殿下はこの事を……」

「殿下はご存知有りませんわ」


 そう伝えると、マイセル侯爵は安心した様に息を吐き出しました。


「リンドル公爵令嬢、何が目的なのだろうか?

 金や地位では無いだろう?殿下の派閥の強化、と言った所か?」


 私がジークリア殿下に伝えずに接触した事で、何らかの取引が目的だと思った様です。

 勘違いなんですけどね。


「貴き血に値せぬ咎人は死によってその罪を償うべし」

「え?」


 私の言葉にマイセル侯爵は目を見開いた。


「く、黒貴族」


 マイセル侯爵は私の顔から視線をずらし、私の手に握られた短剣を見て飛び上がる様に立ち上がった。


「馬鹿な⁉︎黒貴族は40年も前から居るんだぞ!」

「それは私の祖父ですね。世間で言われる黒貴族とは、私で3代目です」

「くっ⁉︎」


 机の上に有った置き物を私に投げつけて出入り口目掛けて走り出しました。


「どけぇ!!!」


 マイセル侯爵は扉の近くにいたマリアを突き飛ばそうとするが、その腕を取ったマリアに投げ飛ばされる。

 マリアは、偶に私の代わりに黒貴族の格好をして私や殿下の前に姿を見せて貰ったりしている実力者です。


「うぅ……ぐぅ」


 私はもがいているマイセル侯爵の胸に足を置き、重心を傾けると、口を塞ぎ短剣をゆっくりと胸に突き立てました。

 数回痙攣した後、動かなくなったマイセル侯爵の脈を採り、死んだ事を確認した私達は、何時ものメッセージカードを残し、こっそりと侯爵邸を後にするのでした。





「シェリー、大変だ!マイセル侯爵が黒貴族に殺された様だ」


 翌日、学院の休日に早朝から公爵邸にやって来たジークリア殿下そう告げました。


「分かりました。早速捜査に向かいましょう」


 マイセル侯爵は王国の犯罪界の中でもかなりの大物でした。

 コレでまた少し王国は平和になるでしょう。


 そう思いながら私はジークリア殿下と共にマイセル侯爵邸に向かうのでした。

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― 新着の感想 ―
[一言]  きっと王太子殿下が王位を継ぐ最終試験として「これは先代国王が決められた、国王と公爵家のみの秘事だ」って感じでパパ国王から知らされるんだろうなぁ。  それを飲み込むことが出来れば無事国王の座…
[一言] リンドル公爵家は国王公認の「必殺仕事人」なんでしょうね。
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