剣なんでも屋店主、剣ヶ峰涼 3
「始めは自己紹介がてら、『ゴーサン』でいこうか。条件は『ナマイチ』かな。クレジットカード登録、してるよな?」
富賀河が操作しているスマホから目を離さずに問いかける。
「してますが……『ナマイチ』って何ですか?」
「ハッ……ホントに初めてなんだな」
富賀河が嘲るように鼻を鳴らす。
「『ナマ』ってのは現金。『ピー』ってのはポイントとか仮想通貨。『イチ』は『ナマ』の時は一万円で、『ピー』の時はそのまんま一ポイント。現金三万円なら『ナマサン』、三万のLAPポイントなら『ラップピーサンマン』ってカンジ。だから『ナマイチ』は現金一万円……わかった?」
「はい、わかりました」
「じゃ、ルーム入ってくれよ。俺のプレイヤー名は『トオル』な」
時を経るごとに富賀河の口調は馴れ馴れしいものになっていく。
剣ヶ峰は手の中のスマホを操作し、プレイヤー名「トオル」でルーム検索をした。その操作の手際だけは、ここしばらくの安芸島とのユルい特訓の成果でなんとかサマにはなっている。
入室ボタンを押すと、ポップアップに「この部屋への入室には『一万円』が必要です」と表示された。
剣ヶ峰が「OK」ボタンを押す。ポーン、と入室音が鳴った。
『ダウト、レディ!』
剣ヶ峰の入室に間を置かず、「マイライ」の設定フェーズに入った。富賀河はどうやらセッカチな性分らしい。
ここでまたポーン、と入室音が鳴る。
「ん? 観戦か……」
「……観戦?」
「はーい。カオルだよ~!」
安芸島が手を上げる。
「ダウト」ではゲーム開始後にルーム入室したプレイヤーは「観戦者」となることができる機能がある。これを防ぐ「ロック」の機能もあるが、他者の「ダウト」プレイをただ観戦だけのもの好きがなかなかいないため、「ロック」をしないことがプレイヤー間での通例となっている。
「ダーリンの勝負、録音しとこ~と思って!」
マイライ設定フェーズ以降、ゲームが決着するまで、「プレイヤー」のスマホ端末はアプリが全画面表示され、ステータスバーが非表示になる。設定画面呼び出しや他のアプリの起動もできない。これらをするためには一度「リタイア」をする必要がある。
だが、「観戦者」は可能である。安芸島は音声を他のアプリで録音するつもりらしい。
「録音してもいいけど、変なことに使わないでくれよ」
「はーい」
富賀河の釘刺しに安芸島は陽気に答えた。
――さて、「マイライ」設定か……。まずは、この辺りだな。
剣ヶ峰のスマホ画面では、入力された文字が映し出される。
「桃太郎の家来はネコ」
大抵の日本人なら即座にウソと見抜けるモノを剣ヶ峰は「マイライ」に設定した。もちろん、設定時のアプリAI判断も通過。
――三ツ路さんから三十万も持ってくようなヤツだ。さっきの女もあんなに喚くくらいだから、同じ様な金額以上やられたんだろう。コイツが一万くらいで悔しがるわけないな。
剣ヶ峰は今ゲームは負けるつもりなのである。それをテコに、賭け金を吊り上げやすい場を作る。それを目論んでいた。