依頼主、三ツ路桜音 2
「その……『ダウト』って普通、いつ『ウソ』を暴くか、暴かれるかっていう緊張感の中でやるはずなんですけど、ここ一番、大きいお金がかかっている時でもアイツ、余裕しゃくしゃくで、難なく勝ち逃げしたんですよ。なにかイカサマでもしてるんじゃないかって……思うんです」
「ふーん……」
剣ヶ峰が考え込むように宙を見つめる。どうやら興味を持ち始めてきたようだ、と三ツ路は気持ちが少し落ち着いた。
「そいつがイカサマしてたとして、そのタネ、判ってないんでしょ?」
「はい……」
「負けたからってイチャモンつけてるだけじゃねえの?」
「そんなことないです。あとでゲーム仲間に訊いたら同じように富賀河の相手した子たちがいて、同じように、大金かけたプレイでそんな印象を持ったらしいんですよ」
「なんだよ、負け犬の慰め合いかよ」
フンッ、と鼻息を鳴らし、剣ヶ峰はソファの背もたれに身を倒した。
「負け犬」という言葉に三ツ路も何か言い返したくなる。
だが実際のところ、被害者の間でもイカサマ云々の話は共感を得られたが、その手口について確度のある種明かしのできる者はいなかった。
「お茶、淹れ直してくるね~」
「おう、カオル。わりぃ」
「桜音ちゃん、またコーヒーでいい?」
安芸島が三ツ路の前のコーヒーカップを手に取りながら訊ねる。
三ツ路が「なにか、落ち着きそうなモノ、あるかな」と言うと、安芸島はふふふ、と笑って、「じゃあハーブティ、淹れてくるね」と部屋の奥へと消えていった。
それを見送ると、三ツ路はあらためて剣ヶ峰に向き直った。
「富賀河に仕返し、してくれませんか?」
ソファにもたれかかって上を見上げている剣ヶ峰に、三ツ路は今回の用向きをあらためて言った。
「……気乗り、しねえなあ……」
三ツ路はチラリと、壁掛けのホワイトボード・カレンダーを見る。
「どうせ、ヒマなんでしょ」
「……ヒマじゃねえよ。俺はそういう、人の事情を勝手に決め付けるヤツは嫌いだ」
「……私もちょっと、剣ヶ峰さんが嫌いになってきてます」
「結構だね」
「……何でもいいんですよ。どんなやり方でもいいんです。ただ、アイツを……富賀河ばかりが調子に乗ってるのが許せなくて……」
「じゃあ、三ツ路さんが夜中、バットでも持って背後からぶん殴ればいい」
三ツ路は唖然とする。
安芸島の話では剣ヶ峰は情に厚く、頭が切れ、何より弱い者の味方とのことだったのに、これでは全く逆ではないか。
「はぁい、お待たせ~」
カチャカチャと盆上の椀を鳴らせながら、安芸島が二人の元に戻ってくる。
目の前にカップが置かれると、抜けるようなハーブの香りが三ツ路の気持ちの昂ぶりをいくらか鎮めてくれた。
「大体なぁ、そのゲームってのがピンとこないんだよなぁ」
剣ヶ峰が安芸島の持ってきてくれたカップを持ち上げて言う。ふわりと立ち昇った香りからすると、中身はココアのようだ。
「……ピンとこない?」
「トランプの『ダウト』ではないんだろ?」
「あの……もしかして、『ダウト』アプリ知らないんですか?」
「知らないのがわりぃのかよ」
「ダーリンはねぇ、そういうのダメなの。疎いの。ケータイもいまだにガラケーなんだよぉ~」
「……いいじゃんか。電話できれば十分だろ」
三ツ路は少し、ひらめきを感じた。
これまでの言動からすると、剣ヶ峰はどうやら「負けず嫌い」の気質があるように感じられる。これを上手く突ければ。
「じゃあ、試しに『ダウト』してみませんか?」
「試しに……今?」
はい、と三ツ路が頷く。
「それで私が勝ったら、今回の話受けてください」
「だから言ってるだろうよ。気乗りがしねえって」
「あ、負けるのが怖いんですね」
三ツ路の挑発に、ピクリ、と傍目にも分かる反応を見せる剣ヶ峰。隣に座る安芸島は三ツ路の魂胆を知ってか知らずか、ニコニコと微笑んでいる。
「私みたいな負け犬に負けるのが怖いと言うのなら、仕方がないですね」
「……判ったよ。やってやろうじゃないか、その『ダウト』。おい、カオル」
「はぁ~い」
安芸島は傍らの自身のバッグからスマホを取り出すと、テーブルの上、剣ヶ峰の目の前に置いた。
「さあ、教えてくれよ。カオル」
「うん。手取り足取り教えちゃうよ~」
バカップルだけど、まあ持ちつ持たれつの二人なのかな、と三ツ路はハーブティを啜った。