毟り取る男、富賀河透流 9
「……富賀河さん、富賀河さん!」
ドンッ、ドンッ
富賀河の名を呼ぶ声とドアを叩く音で、彼は目を覚ました。
顔を上げた富賀河は自分が呼ばれていることに気が付いたが、彼に急ぐ様子はなく、スマートフォンに手を伸ばす。
ネット接続は相変わらずできてない様子に、富賀河は寝起き一番で苛立ちを感じる。ついでに時刻も確認した。
【一月三十日 二十二時五十二分(EST)】
――そのまんま寝ちまったか……。
「富賀河さん! 『パーティー』始めますよッ!」
ドンッ
安芸島の声とノックが、ひときわ大きくなる。
――客相手になんて女だよ……。
富賀河は寝乱れたショートヘアを手櫛で気持ち程度に整えると、今なおノックの激しさを増していくドアへと向かった。
*****
先程食事をとった部屋に入ると、安芸島は手前に座っていた剣ヶ峰の元へと、富賀河から逃げるように近寄っていく。
「富賀河さん、お眠りでしたか」
「ああ……。アンタのカノジョに無理矢理に起こされて、寝起きは最悪。頭がボーッとするぜ」
「でも約束の時間ですから……ね。ダーリン」
「やり方の問題かな。カオルは粗忽なところもあるから……」
「え~ッ! ダーリンひど~い……」
などとやり取りはしていても、安芸島は剣ヶ峰としっかりと手を絡ませている。二人が浮かべる、ニマニマとした顔に富賀河は嫌気が差した。
「どうぞお席におつきください」
促され、食事の時と同じ、部屋の奥のふかふかの椅子に腰を下ろした富賀河は、目の前に真新しいスマホが置かれているのに気付いた。
「それは、一応の念のため、富賀河さんに『パーティー』で使っていただくスマートフォンになります」
「……は? ……こんなの用意して、俺がなんか不正をするとでも思ってんのか?」
「いえ……念のためです。お気を悪くなさらないでください」
富賀河は卓の上のスマホを手に取る。
ホーム画面には「ダウト」アプリのアイコンだけがある。上部ステータスバーの右端には現在時刻と……WiFi接続済みのマーク。
「……おい! ネット使えんのかよ!」
「はい。使えますが……?」
「俺のケータイは繋がんなかったぞ!」
「それは……。ああ、もしかすると……お渡ししたSSIDかパスが間違っていたのかもしれません。すみませんでした」
剣ヶ峰が座りながら謝意を示す礼をする。
――しらばっくれやがって……。
富賀河は手の中のスマホを放り投げる。スマホは縦長のテーブルの上を減速しながら滑っていき、剣ヶ峰の手元で止まった。
「剣ヶ峰サンがそっち使えよ。俺には剣ヶ峰サンが使う予定だったスマホを使わせろ。アンタこそそのケータイに何か仕掛けてるかもしれないからな……」
「……なるほど」
富賀河の言い分に納得した様子の剣ヶ峰は、傍にいた安芸島に自らの手元にあったスマートフォンを届けさせた。
――こっちのスマホも「ダウト」アプリだけだな……。
「ご自身の『リング』とのペアリングと、クレジットカード情報の登録をお願いしますね。今日は『ナマ』だけのつもりですが、それでよろしかったですか?」
「……ああ。そのつもりだ……」
富賀河は手慣れた様子で「ダウト」アプリの設定画面を開き、剣ヶ峰に言われた通り、普段から身に着けたままにしている「アイ・リング」の同期ペアリング設定、クレジットカード情報登録を済ませた。
「では早速『パーティー』を始めましょう。初めは『ゴーサン』、『ナマジュウ』あたりから……いかがでしょう?」
プレイ時間五分、ダウトチャンス三回、現金十万円。
――普段なら俺の必勝パターンの最終段階でやりとりするような額……。
「いいぜ。はじめようか」
「では、入室してください」
「ダーリン、頑張って~」
安芸島が剣ヶ峰の頬にキスをする。
――そんなイチャつき、できなくなるくらい毟り取ってやるからな……。
『ダウト、レディ!』